あの交差する輝きの彼方で、君の幸せを願うから

江東乃かりん

あの交差する輝きの彼方で、君の幸せを願うから

 猛スピードで迫り来るヘッドライトに、私は静かにまぶたを閉じる。


 ああ、私は。


 私は、何回死んだのかな。


 この柵を乗り越えて地面に叩きつけられたとき?

 横たわる身体が車に跳ね飛ばされたとき?

 それとも……。

 

 私は何度も命を無駄にしている。


 だけど。


 それはただの空想。


 現実の私は生きているから。


 歩道橋と言う安全圏から、滲む視界を臨んでいただけ。


 柵の向こうに身を投げ出せば、空想はすんなりと現実になる。


 生きたくない。

 生きたくない。


 だけど。


 死ぬのは痛くて怖いから。


 まぶたを開いて、何事もなく遠ざかっていくテールランプを見送っていると、隣から声が聞こえた。


「ねえ」


 そこには入院着の男子がいた。

 近くの病院から抜け出してきたのかな。


 私も家に帰りたくなくて。

 塾帰りにずっと歩道橋で立ち止まっていた。


 この時間なら両親はまだ帰っていない。

 いたとしても、成績についてうるさく言われるだけ。

 彼らは私の至らないところを突いて、心ががらんどうになるくらいにズタボロにして。

 満足すると私の前からいなくなる。


 だから、家に帰りたくない。

 このまま生きていたくもない。


「死んだら痛いよ?」

「帰りたくないの」


 誰かに指摘されることを待っていたかのように、私の口から零れた言葉が止まらなくなった。


「ここに、いたくない。生きていたくもない……」

「帰りたくないなら、俺と一緒に遊びに行こう」


 彼の言っていることは強引だけれども、態度はとても優しくて。


「入院で暇していたんだ。だから夜遊びに付き合ってよ」


 そう言って私に手を差し伸べてくれた彼は、王子様みたいで。


 私はつい、手を伸ばした。


「うん!」


 階段からエスコートされて歩道橋から地面へと降り立った瞬間、不思議と世界が変わった気がする。


 カボチャの馬車でお城に辿り着いたシンデレラも同じ気持ちだったのかな。

 行き交う車のランプは、まるでお城と馬車を照らすライトアップみたい。


 やったことは本当に小さなこと。


 コンビニに行って、中華まんを買ったね。

 私はあんまんで、彼はピザまん。

 久しぶりに食べたと言う彼は、すごく嬉しそうだった。

 あんまんは思ったよりも熱くて、彼は半分に割って食べると良いよってアドバイスしてくれた。

 その半分を食べられちゃったけど、代わりにピザまんの半分をくれた。

 コンビニの外で立ち食いするのも、取り換えっこして食べるのも初めてで。

 すごくワクワクした。


 チェーン店のカフェに行って、初めてのフラペチーノに挑戦もしたよ。

 彼は慣れた様子で注文するけど、私は良くわからなかったから、彼がオススメを頼んでくれた。

 レジに並んで立つ制服姿の私と入院着の彼を、店員さんが不思議そうに眺めていて。

 でも、彼がドリンクを堂々と受け取る姿が、カッコイイなって思ったよ。


 道を歩いてフラペチーノを飲んでいると、何の悩みもない普通の女の子になったみたいで嬉しかった。

 こんなに楽しく飲み食いするの久しぶりだって微笑む彼に、胸がドキドキしてくる。


 どんなに小さかったとしても、ひとつひとつの出来事が、勉強ばかりの私にとっては初めての体験で。

 だからこそ、余計に悪いことをしている気分にもなれて。


 私ってこんなに自由に動けたんだねって、思えるひとときに、感動したよ。


 気付いたら私は、彼が病院着だってことも忘れて、彼との時間に夢中になっていた。


 私たちは手を繋いで、病院隣の歩道橋まで歩く。

 最初に彼と出会ったときとは違う意味で、帰りたくない。

 でも幸せなこの時間は、もうすぐ終わっちゃう。

 シンデレラの魔法が解けてしまうみたいに……。


「俺さ、明日手術なんだ。余命僅かと言われていて、手術も成功するか分かんないんだって」

「えっ」


 そんな感じ、全然しなかった。

 だって彼はとても楽しそうで、うじうじしていた私を引っ張ってくれて。

 これからも真っ直ぐに生きていそうなくらい、私が憧れる輝きを持っていたから。


「最期になるならさ、やりたいことがあったんだ」


 なんで、最期なんて言うの?


「ずっと、心残りだったんだ。病室から見える歩道橋で、いつも泣いている君のことが」


 どうして、もう何も叶えられないようなことを言うの?


「どうか、生きて。明日生きられるか分からない俺の分まで、幸せに過ごしてほしいんだ」


 彼は最後にギュッと手を握りしめると、私の手をそっと離した。

 車のランプが照らした彼の瞳は、寂しさと優しさが入り混じった雫で満たされて輝いていた。


 そのあと。

 彼の手術が成功したかは分からない。


 いくら待っても、歩道橋で彼と会うことはなくなってしまったから。


 私はね、幸せだよ。

 生きたいって思えるようになったの。

 やっぱり両親に怒られるのは辛いけど、前より全然平気になったんだ。


 全部あなたのおかげ。

 あなたと過ごした夜遊びと最後の手の温もりを、大切な思い出にして生きているよ。


 だから今日も私は、車のライトが交差するあの歩道橋で、あなたへの願いを呟く。


「あなたもどこかで、幸せに過ごしていますように」


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あの交差する輝きの彼方で、君の幸せを願うから 江東乃かりん @koutounokarin

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