びたみんゆう

藤泉都理

びたみんゆう




「キャベツ。あぶらな科。ヨーロッパの地中海、大西洋の沿岸が原産地。紀元前六百年頃、ケルト人によって栽培された野生種のケールがキャベツのルーツ。日本、江戸時代末期から作られはじめ、明治時代になって本格的なキャベツの栽培が始まり、大正時代に広く食べられ、昭和二十五年頃から消費が急増。種類。冬系、春系、グリーンボール、芽キャベツ、紫キャベツ、コールラビ。栄養。胃や十二指腸を治すのに効果があるビタミンUを含む。ビタミンUはビタミンではなく、ビタミンと同じような働きをする「ビタミン様作用物質」。外葉と芯の周りにはビタミンCも豊富、外葉の緑の濃いところにはビタミンAも豊富………ビタミンCとビタミンAは後で調べて書いて貼り付けて。参考文献『独立行政法人 農畜産業振興機構』と。よし。あとは、キャベツの料理を作って、感想を書いたら、OKっと」


 ふう。

 画用紙に調べた事を書き終えた小学五年生男子の大知たいちは、おでこを腕で拭った。

 キャベツについて調べて料理をするという今日の宿題の半分を終えて、すでに達成感に満ち満ちていたのである。


(あっ。もう暗くなりそう。洗濯物を入れておかなくちゃ)


 用事があるから洗濯物を取り込んでおいて。

 在宅ワーカーの母親から頼まれた大知は二階の自室から出て、短い廊下を挟んで、反対側の誰も使っていないがらんどうの部屋へと入り、ベランダへと出た。その瞬間。両腕を大きく上げて、ぎゃあっと思わず叫んでしまった。

 ドッドッドッドドッドッドッドドドッドッ。

 心臓が仰天のあまり喚き散らす様は、まるで大太鼓を生命の限り打ち叩き続けるおじさんのようだった。


「おおおおおおじさんっ!! いつの間に来てたのっ!? って言うか何してんの!?」


 暗黒大魔王。

 長い顎髭を生やすおじさんは黒の服を好んで外出するので、大知たち子どもの間でひそかにそう呼ばれていたおじさんは大知の母親の弟で、小説家。近所のアパートに住む。名前は洋二郎ようじろう

 何でも小説を書いていると、不思議と顎髭が伸びるのが速いらしく、切って綺麗に剃ってもすぐに伸びて来るので、仕事がひと段落着くまで放置しているらしい。

 つまり、顎髭を伸ばしたままという事は、まだ仕事が終わっていないという事である。


(何か、おじさん。よくうちに来るし、アパート代もったいないような。一緒に住めばいいのになあ)


「日光浴だよ。日光浴」

「もう陰ってるよ」

「ああ。通りで寒いわけだ」

「寒いよだってまだ最高気温が七度だよ」

「知ってる。けど今日は風もそんなに吹かないし、太陽は燦々と照っているし、これはもう日光浴しかないだろうってお邪魔したわけだ。俺のアパート、日当たりよくないし」

「とりあえず起きなよ、おじさん。風邪ひくよ」

「………起きる気力が湧き出る言葉をくれたら起き上がれる」

「今日はぼくがキャベツのお好み焼きを作るよ」

「………よし。起きよう」


 おじさんは淀みなく立ち上がると、軽く全身を叩いてベランダから室内へと入って行った。大知は洗濯物を取り込むと、おじさんの後に続いたのであった。











「最悪だ」

「何が最悪なの?」

「何がって、キャベツの切り方が。でかすぎる。お好み焼きは千切りキャベツだろ。これじゃあ、栞切りだ。栞切り。おまえ。栞が分かるか? 本の間に挟む長方形の栞だ。いや。っつーか。これ。切ってなくないか? おまえ、手で千切っただけじゃないか?」

「うん。千切った。栞も知ってる。でもそんなにでかくないじゃん」

「い~や。それぐらいでかい。っつーか。包丁使えないのか?」

「洗うのが面倒くさい」

「包丁ぐらいなら面倒じゃないだろ」

「まな板もあるよ」

「美味しいものを作る為には時に面倒な事をしなくちゃいけない時があるんだよ」

「ええ~」

「ええ~。じゃありません」

「そんなにキャベツの切り方に文句があるなら、手伝って言った時手伝ってくれたらよかったじゃん」

「何を言う。おまえの宿題を温かく見守ってやろうっていうおじさんの親心が分からんのか?」

「見守ってないじゃん。寝てたじゃん」

「じゃあ。仕切り直しだ。俺も半分切るから」

「最初からそうしてたらよかったのに。ま。いいや。ちゃんとおじさんが手伝ってくれたって感想を書くからね」

「おう。ところで他の具材はどこにあるんだ? 豚、イカ、エビ、ネギは?」

「ないよ。だって、キャベツ料理だもん。キャベツだけだよ」

「………姉貴はいつ帰ってくるんだ?」

「お母さん? そろそろ帰って来るんじゃないかな?」

「よし。金をもらって俺が具材を買いに行くからな。安心しろ」

「え~~~。別にキャベツだけでいいじゃん」

「嫌だ。俺はここにアイディアと栄養をもらいに来てるんだ。キャベツだけは嫌だ」

「一昨日のミルフィーユ鍋の時、お母さんに豚肉をいっぱい食べ過ぎだって怒られてたよね? お母さん。もう肉は当分出さないって言ってたよ」

「………そういやあ。今日家に来た時、なんか、姉貴に言われたような………しょうがねえ。これ以上機嫌を損ねて出禁になるよりましだ。キャベツお好み焼きだ。な」

「うん」

「じゃあ、切るぞ。いいな。千切りだ。千切り」

「百切りにまけて下さい!」

「………おう。しょうがねえなあもう」











(2025.2.20)



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びたみんゆう 藤泉都理 @fujitori

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