第15話
「そう、それで因数分解は出来ている」
「やった。私理系なのかもしれない。文系の教科書読んでるとつまらなくて眠くなるもん」
「単に興味の問題じゃないか、それ。それにしても中国語を覚えるのは早かったじゃないか。勉強していたのか?」
「うん、ラジオでちょっとはね。にーはおとかはおちーとかは覚えてて損がない単語だったし。文法は英語と同じで日本語と全然違ったから、面倒くさかったけれど」
「ああ、日本は独特の並びをしているからな。俺も最初は困ったものだ」
「紅先生ですら。日本語恐ろしい」
「靂巳は最初からペラペラだったな」
「僕元々世界中に貸し出しされる予定だったから、簡単な言葉は元から仕込まれてたんだー。ちなみに紅さんは幸せ? 今」
「そうだな、掃除洗濯料理全部やってくれる子供たちがやって来てくれたし、学校での授業の評判も上々だ。ネットで配信している動画も再生回数がずいぶん増えて良い副業になっているし、幸せ、だと思う」
「えへへー僕もそれなら幸せだよー。みんなを幸せにするのはめんどくさいからやめたけど、近くにいる人には幸せになって欲しいからねっ。霧玄くんはいまだに銃の練習してたりするけど、もうそんなことしなくて良いんだよ? 手の皮も剥けて痛いんでしょ、あの銃。紅さんが驚いてたぐらいヘビーだったみたいだし」
「何が起こるか分からないからな、せめてライフルと拳銃はなまらせないようにしておきたい。ライフルは紅が狩猟用に持っているもので十分だが、M500はすぐに腕が錆びる」
「だからって毎日筋トレして握力上げて、ってしなくても良いと思うけどなー。大体さ、僕がいるんだよ? 僕がいて悪い事なんか起きるはずないじゃない。ねー玄霞ちゃんもそう思うよねー?」
「あーはいはい。あ、そろそろ日本の国会中継の時間だ。兄さん、アプリ使うから携帯端末貸して」
「ほら。しかし意外と電波が拾えるものだな。隣の国だというのに」
「まあ北京でも東の方だからな。ここも。少しぐらいは融通が利く」
『――以上によりオードリィ機関での被検体の八割が「必要悪」としての能力を失っており――』
「あ、赤青斗お兄ちゃんの声だ! オードリィ機関復活してたのかー」
「靂巳うるさい聞こえない」
「はい……」
『ワクチン接種での「必要悪」無力化が確立されたと考えています。これを多くの国民に広く発布すれば、現在「必要悪」とされている人々の救済にも繋がるでしょう。つまり、「必要悪法」は必要なくなるわけです』
『しかし完全ではないのでしょう?』
『その水準を上げていくのがこれからの機関の仕事であると考えております。ワクチンも改良を重ねており、現在は二年間の接種が必要ですが、半年、三か月と期間を短くしていくことも出来ると確信しています』
「……立派になったな、赤青斗」
「それお兄ちゃんに言ってあげてよ、紅さん。赤青斗お兄ちゃんすっごくお父さんの事好きだから」
「そうか……」
『「必要悪法」の消滅によりより犯罪増加が懸念されていますが』
『それはただの「悪」であり、「必要悪」ではありません』
「じゃあ僕たち、良い人になるのかな?」
「さあなあ。さてと、布団干すか」
「黄砂がまだ強い。やめておいた方が良い。洗濯物も機内で乾燥にしておいた方が良いだろう」
「分かった。そうか、中国だものな。黄砂も飛ぶか」
「っくちゃん! うー、アレルギーになったらやだなー」
「さすがにそれはないだろう。そんな『不運』なことは、お前にだけはあり得ない」
「それもそうだね。僕って幸せー!」
『では「必要悪」とは一体何だったのですか?』
『先天的な性質です。物損が多いですね。その結果人を害してしまう事もある』
『性質。そんな夢のような』
『こちらに当時のデータがあります。児増局前身黒白鳥機関のものです』
『これは――このデータの出どころは、』
『琴弾奏前総理の貸金庫です。証拠もあります』
「あ、データ出たんだ」
「奏の名前で俺が預けていたものだ。赤青斗が見付けてくれたんだろう。俺にはもったいない、良い息子だ」
「あれだけ否定していた口が良くも言う」
「人とは変わるものだ。都合良くな」
『兼ねては児増局の閉鎖も、考えています』
『それでは日本人が――』
『あなたたちの言う「日本人」とは何ですか? 現在日本で永住権を取っている元外国人もいます。彼らは日本人ではないと?』
『いやしかし』
『国民としての精神性さえ持っていれば、それは日本人であると私は考えます。ただ黒髪黒目の人間が日本人なのではなく、この国のために働き、骨をうずめる決意をした人のことをこそ日本人と言うのではないでしょうか。そこに髪や目の色は関係ありません。彼らは、日本人です』
「赤青斗お兄ちゃん、堂々と発言するようになったね」
「まあ野党筆頭の弁舌だと言われているようだしな。その辺りは少し、ドクトル・A8と似ているんじゃないか? 紅」
「かもしれないな。だったら俺は中継ぎぐらいにはなれたという事か」
「紅さんの護身術動画だって分かりやすいって評判じゃないー。学校の授業だって。『教える』能力って十分に受け継がれたものだと思うけどなー。僕だって割り算できるようになったし!」
「玄霞も因数分解できるようになったしな」
「お前にも教えてやろうか? 霧玄」
「い、いらん。俺はいらんぞ」
「僕たちには勉強しろって言っておいて、一番勉強嫌いなのが霧玄くんだってどうかと思うなー。でも体育教師にはなれるかもね! 細マッチョ!」
「細くもない……太くもないが。それに俺には教師は無理だろう。下手をすると生徒全員鴨打で殺されるかもしれない。組織の残党に」
「たまに紅さんの動画に映り込んでるもんね、お皿持ってったりしてるの。でも髪切ったから分からないかもしれないよ? サングラスもしてないし、ジャケットだって捨てちゃったし」
「映ってるのか!? 何故すぐに教えない、撮影係はお前だろう!」
「別に良いかなーって。紅さんもここがどこだかは書いてないし、別にばれないんじゃない?」
「その油断が人を殺すんだ……まったく」
「大丈夫だよ、兄さんは私が守るから」
「俺だけ守られても仕方がないという話だったんだが」
「あはははははー。良いから夕食の準備初めよーよ。今日は霧玄くんが当番だよー」
「はいはい、まったく。紅、オイスターソースあるか?」
「あるぞー。何に使うんだ?」
「ちょっと試したい動画があってな」
「本もあるぞ。その辺に」
「ネットの方が便利でつい」
「まあ携帯端末壊さない程度にな。中華鍋に落ちたらさすがに死ぬぞ」
「わ、分かってる。……よし!」
「あ、焼きそばだー。やったー僕霧玄くんの作る魔改造焼きそば大好きー!」
「魔改造言うな! ほら、玄霞、お前も勉強はそのぐらいにしておけ」
「はーい。ねえ兄さん、ワクチンが三か月ぐらいで終わるようになったら、私日本に帰っても良いよ」
「三か月か。耐えられるか?」
「頑張る。一人留守番の靂巳が」
「ああっそうか僕は無くさなくても良いんだった! 三か月も家族の顔見れないの寂しいよー!」
「家族、か」
「紅?」
「お前たちは良い家族だな。な、玄霞」
「……うん」
黒白鳥の優雅な遊び ぜろ @illness24
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます