誇り
「それじゃあ、次のターゲット。王妃の息子について、だな」
「ええ」
即位式の翌日。
アビゲイルはあれだけの人数の前に出たのに、思ったよりも疲れを感じていない己の体に驚いた。
朝ごはんもきちんと食べることができたし、なにより体がちゃんと動く。
朝のお散歩も行けたし、今はこうしてグレイアムとお茶も楽しめている。
ちゃんと成長してるのだ……!
と自身の変化に喜んでいると、グレイアムから話を持ちかけられた。
「消息がわからなくなってもう五年近いな」
「……そんなに?」
「ああ。王太后はもう死んだものと思っていたようだが……」
「生きてはいるのよね?」
「少なくとも一年前までの足取りはつかめた」
つまりこの一年で彼の身になにかあったことになる。
「彼の容姿に似た遺体は出ていないから、裏にでも流されてない限り生きてはいるだろう」
「……そう」
とはいえ王妃ですら追えなかった彼の消息を、グレイアムの部下は探り当てたのだ。
そんな優秀な人間が、ここ一年の動きはわからないという。
「……ただごとではない、わよね?」
「そうだな。一応伝えておくと、十五で孤児院を出て一年間は奉公先にいたらしい。その後女のところを転々としていたようだ」
「お、おんな……?」
「見た目がいいらしいな」
まあ確かに自分の母ながら、カミラは見目が良いと思う。
その子の父親はわからないが、カミラに似たのなら女性人気は高そうだ。
だがまさか、半分とはいえ血のつながった弟がそんなことをするなんて……。
なんとなくショックを受けたアビゲイルだったが、ふと思いついたことがあり口を開いた。
「そういえば、父親のほうはどうなの? 仮にも自分の息子でしょ……?」
「今でこそフェンツェルの伯爵位を持ってはいるが、どうやら婿養子らしい」
「……婿養子?」
「元は男爵の次男坊らしい」
「大出世ね?」
「女のほうが一目惚れして、大恋愛の末結婚したようだ。彼と結婚できないなら、死んでやる! ってな」
基本婚姻は家同士のことで、双方に利益があるから執り行われることが多い。
恋愛結婚もなくはないが、決して多くはないだろう。
そんな大恋愛を繰り広げておきながら、裏ではカミラと通じているなんて……。
信じられないなと顔を歪めた。
「だから男のほうも子どもを引き取ることができないんだ。婿養子というのは立場が弱いからな」
「……なるほどね」
顎に手を当てて考える。
つまりその息子は、母には会えず父にも認知してもらえず。
寂しい思いをしてきたのではないだろうか?
――アビゲイルのように。
だから温もりを求めたのかもしれない。
たくさんの人に愛されたいという思いも、アビゲイルにはわかった。
もしかしたらどの兄妹よりも、アビゲイルは彼の気持ちを理解することができるかもしれない。
「父親のほうはそこでノータッチ。母親は探してはいるが手出しできない状態。息子はいつのまにか行方不明。……前途多難だな」
「……探し出すしかないわね」
顔を上げ告げたアビゲイルの言葉に、グレイアムはにこりと笑う。
「その通りだ。面倒だけれど、探し出すより他にない。そこで提案だ」
「提案? なにか策があるの?」
「旅行も兼ねて一緒に行かないか? フェンツェルに」
「……え?」
旅行……?
と小首を傾げる。
そもそもフェンツェルとは関係が悪化しており、交通も規制されているという。
だからこそカミラも手紙のやりとりができず、息子の足取りがつかめなかったというのに。
そんな中旅行なんてできるわけないだろう。
「今はフェンツェルに行くこと自体難しいのではないの……?」
「本来なら難しいだろうが、向こうに親しい友人がいる。彼に身分の証明をしてもらえれば、入ることはできるだろう」
「……そうなの?」
「もちろん戦争になったら即帰国だが……。現国王は戦争なんてしないだろう」
「そうね。お兄様が戦争を仕掛けるなんてこと、ないと思うわ」
さすがに王としての仕事はするだろうし、ヒューバートが戦争をふっかけるなんてことしないだろう。
「聞いた話だが、フェンツェル側も戦争は望んでないらしいから……これ以上は悪化しないはずだ」
「そう。なら向かっても大丈夫そうね」
自分が他国に行くなんて……。
想像もしていなかった。
この小さな国で一生を終えると思っていたアビゲイルにとって、これは大きな一歩になるだろう。
「どちらにしても、アビゲイルを一度フェンツェルに連れて行きたいと思ってたんだ」
「私を? どうして?」
「フェンツェルでは赤は神聖な色なんだ」
ぽかん、とアビゲイルの口が開く。
赤が神聖な色とはどういう意味だろうか?
訳がわかっていないアビゲイルに、グレイアムが説明してくれる。
「フェンツェルの神は赤を纏っている。だから王族も赤を纏うことが多いんだ。……アビゲイル。君が気にしている瞳の色は、一歩この国を出れば様変わりする」
「……そうなのね」
そっと己の目元に触れる。
これがあるからアビゲイルは苦しんできたのに、一歩国外に出るだけで真逆の意味になるのだ。
「一度外に出て認識を変えよう。君のその瞳は、誰よりも魅力的なんだから――」
ゆらゆらと揺れる赤い瞳は、鈍く光を放ち始める。
この瞳が魅力的なんて……。
「…………ええ。ありがとう、グレイアム」
そうだ。
この先に進むなら、アビゲイルの認識もまるっと変えなくては。
この瞳を恥ずかしく思うのはもうやめよう。
この赤を嫌いになるのはもうやめよう。
アビゲイルとしてこの世に生を受けたことを、誇りに思おう。
だってこれは、他でもないグレイアムが愛してくれるものなのだから。
「――行きましょう。フェンツェルへ」
【一章完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます