約束

 翌日の昼ごろ、アビゲイルはあの食堂へとやってきた。

 後ろに警戒心むき出しのララとリリを連れて。

 グレイアムに直接頼まれたこともあるのだろうが、なかなかに殺気立っている様子の二人を優しく宥めた。


「ララ、リリ。そんなに気を張らなくても大丈夫よ」


「いいえ! アビゲイル様のことは当主様より任されましたので!」


「ええ、そうです! 必ずやお守り申し上げます!」


 ふんふんと鼻息の荒い二人に苦笑いしつつも、アビゲイルは足を進め、食堂の前で待っていたエルを見つける。


「――エル」


「よお! アビゲイルが来たってことは、俺の文字もなかなかだったってことだな!」


「そ、そうね……。なかなかだったわ」


 解読に時間がかかったことを考えても、確かになかなかだったと言えるだろう。

 なんともいえない顔で頷いたアビゲイルに、エルは鼻を高くした。


「完全独学なんだぜ! さすが俺。才能あるなぁ!」


「……よくあんなミミズが這ったような文字で……」


「しっ!」


 リリの呟きに、静かにするよう人差し指を唇につけ黙らせたアビゲイルは、食堂へと体の向きを変えた。


「ごはんでも食べながら話しましょ? なにか用があったんでしょう?」


「そうだな。腹も減ったことだし!」


 食事にありつけることが嬉しいのか、ニコニコとしているエルにアビゲイルもまた微笑みを返す。

 率先してテラス席に座ったエルは、またしてもあれこれと注文していく。


「アビゲイルはなに食べる?」


「適当につまむから気にしないで」


「ちゃんと食べねぇとナイスバディになれないぞ?」


「よ、余計なお世話よ!」


 気にしていることをまたしても……っ!

 とエルを睨みつけるが、彼が気にした様子はない。

 適当に追加でいくつか料理を頼み、満足したように頷いた。


「人の金で食う飯は最高だよな!」


「いいけれど……別に」


「その分いろいろ情報持ってきたからさー!」


 早速届いたワインを豪快に飲みつつ、エルは自身ありげにニヤけていせる。


「探し人らしきやつを探し出したぜ?」


「――本当!?」


「もちろん! へへ、俺ってば優秀だろ?」


「素晴らしいわ!」


 これでサラスヴァティよりも先にレオンを探し出せるかもしれない。

 希望に瞳を輝かせたアビゲイルを見て、エルは鼻を高くした。


「だろぉ? 俺ってばチョー優秀! あ、とは言っても本当に探し人か見てもらわないとわかんないんだけどな」


「もちろんよ! でもよく見つかったわね?」


 アビゲイルたちも探してはいたのに、痕跡すら見つからなかった。

 それなのにエルはたった数日で見つけ出してきたのだ。

 やはり土地の利というのは侮れないなと、深く頷いた。


「そりゃ俺だからな! ……まあ、実際あんまり素行がいいとは言えないやつで、ほとんど地下にこもってるようなやつだったよ」


「……そう」


 追われているのなら身を潜めて手当たり前かと、見たこともない弟を思う。

 心のどこかに小さな不安が広がっていることに気づき、アビゲイルは小さく首を振った。

 あまり深入りするのはよくないだろう。

 彼はただの復讐のためのコマなのだから。


「いろいろ女に身の回りの世話させてるみたいで、本人はほとんど外に出てねぇ。だから見つからなかったんだろうな」


「そうなのね。誰に聞いても知らないって言われたから……」


 本人が外に出てないなら、確かに誰一人として知らなくてもおかしくはないのかも知れない。

 アビゲイルが考え込む中、エルは次々と届く料理へと手を伸ばしていく。


「俺も直接会ったわけじゃない。噂でそいつが綺麗な青い髪をしてたって聞いてな。だからもしかしたら……って思ってな」


「それだけでもじゅうぶんな情報よ。ありがとう」


 アビゲイルのお礼に気をよくしたのか、エルはあれこれ食べながらも胸を張った。


「だろぉ? まあ、アビゲイルには世話になってるしな。今後もこうやって飯奢ってくれるっていうなら、男を連れてきてやるよ!」


「ごはんを奢るくらいならいいけれど……」


 アビゲイルは束の間考える。

 このままエルに頼むのは、彼を危険な目に合わせてしまうのではないだろうか?

 ただでさえなにやら問題を抱えていそうなのに、これ以上厄介ごとに巻き込むのは流石に気が引ける。

 そう思い断ろうと顔を上げたアビゲイルを、エルはまっすぐ見つめていた。


「――アビゲイルだってわかってるだろ? 日々の飯が俺たちにとってどれだけ大切か。……心配すんな。俺なら上手くやる。だから――俺から飯を奪わないでくれよ」


 からかうように笑うエルだけれど、その声には真剣な雰囲気が滲んでいた。

 アビゲイルを心配してくれているのだろう。

 ご飯だなんだというが、そんなのはアビゲイルを納得させるための言い訳だ。


「たまにこうやって人と飯食うの、気に入ってるんだぜ? 腹も膨れるし、気分もいい」


 ワインを掲げたエルに、アビゲイルは肩から力を抜いた。

 ここまで言ってくれているのだから、ここは甘えるべきなのだろう。


「――わかったわ。でも、無理はしないでよね?」


「おう。その代わり約束を果たせたら、また腹いっぱい飯食わせてくれや」


「……もちろんよ。好きなものを好きなだけ食べさせてあげるわ」


 そういうアビゲイルに、エルは嬉しそうに微笑んだ。

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