あまい

 アビゲイルは結局、謎を頭に浮かべたまま翌朝を迎えた。

 その間グレイアムはベッドへ戻ることはなく、彼は本当にソファで寝たようだ。

 朝顔を合わせたグレイアムは普段通りで、アビゲイルは首を傾げた。

 昨夜のやりとりは一体なんだったのだろうか?

 不思議そうにしつつも、グレイアムと一緒に朝食を取る。

 エレンディーレよりも甘味の強いパンにバターを塗って食べていると、同じように食事をしていたグレイアムが口を開く。


「今日もシリルに会って案内を頼むつもりだ」


「……そう」


 もぐりと口を動かしつつ、アビゲイルは頷いた。

 フェンツェルの裏事情に詳しいらしいシリルに、案内を任せるという。

 無事見知らぬ弟に会えればいいのだがと、アビゲイルは窓の外を眺める。


「……レオンは、なにも知らないのよね? 家族や自分の生まれのこと」


「もちろん。彼の母親がエレンディーレの王太后だとバレたら、面倒なことになるだろう。巻き込まないためにも、口止めはかなり厳重にしているはずだ」


 孤児院にいる子どもが、実は他国の王族の血を受け継いでいたら……。

 もちろんカミラの血では、レオンは王族とはいえないだろう。

 しかしアビゲイルやヒューバート、アリシアとは半分同じ血が流れているのだ。

 赤の他人ではない存在。

 確かに面倒だなとフォークを置いた。


「もしバレてたら……」


「利用されるだろうな。王太后の愛情が深ければ深いだけ、それはただの弱みになる」


 王族とは言えないのに、王族と同じくらいの利用価値がある存在。

 彼を使えばきっと、カミラはなんでもいうことを聞いてしまうだろう。

 たとえそれが、エレンディーレを滅ぼすことになろうとも。


「存在をチラつかせただけであの様子だ。子どもの命と引き換えに、国王を殺せと言われてやるかもな」


「……そうね。私もそう思うわ」


 カミラはヒューバートを愛している。

 アリシアのことももちろん愛している。

 それは確かに母としての愛情ではあるけれど、しかし少しだけ普通ではないもの。

 それは愛と呼ぶには少しドロリとした、欲に塗れた存在。

 独占欲や執着、そして支配欲だ。

 ヒューバートは未来の王として。

 アリシアは自らの自尊心を高めるモノとして。

 二人とも都合がいいから愛しているのだ。


「……お母様にとってレオンだけは特別なのよ」


 愛した人との間に誕生した愛しい命。

 慈しみ育むはずだったその子を手放したことを、今もなお後悔しているのだろう。


「だからそこ、見つけなきゃ」


 裏でひっそりと暮らしている弟には悪いが、彼には表舞台に出てもらわなくてはならない。


 ――アビゲイルの復讐のために。


「……それにしても、グレイアムはどうやってレオンを見つけたの? 隠されてたんでしょ?」


「ゲームの知識でな。実は隠しキャラとして出てくるんだ。本編中は隠されてたけれど、スタッフの発言でわかるんだ。アリシアには父親違いの弟がいたってな」


「…………うん?」


 よくはわからなかったけれど、つまりは前の世界での記憶ということらしい。

 そんなことまでわかるのかと驚きつつ、逆を言えばその知識がなければこの手は打てなかったことになる。

 相当念入りに隠したのだなと、当時のカミラのことを思う。


「まあ、だから死んでないだろうという漠然とした保証のようなものがあったんたが……。アビゲイルと俺が出会ったことで未来が変わった。その代償がどう動くかはわからない」


「……レオンが死んでしまうかもしれないってこと?」


「それくらいで済めばいいけどな」


 グレイアムが知っている未来。

 それはアリシアが女神の生まれ変わりとして、自らの命と引き換えに死の神を封印するというもの。

 最後には生き返り、愛するものと結ばれるというが。

 それを邪魔するのがアビゲイルだったのだが、今のところそんなことをするつもりはない。

 死の神とやらに執着することもないだろうから、確かにそれでは未来が変わるというのも頷けた。


「……グレイアムにとって、未来が変わるというのは怖いこと……?」


 グレイアムにとってゲームとやらの知識が重要なら、少し行動を考えなくてはならない。

 そう思っての発言だったのだが、とうの彼はきょとんと小首を傾げた。


「いや? むしろあんなクソエンディングを変えるために俺はここにきたと思ってる。アビゲイルが幸せじゃない未来なら、そんなもの消し去ってしまえばいい」


 微笑みながらいう言葉はあまりにも強くて、アビゲイルは思わず口を閉ざしてしまう。

 今朝までの不穏な空気はどこへいったのだろうか?

 結局こうして節々に彼からの愛を感じられるだけで、今はじゅうぶんな気がした。

 それこそもう少し時が経てば、二人の関係なんて如何様にでも変わる。

 今はただ、その時ではないだけなのだ。


「――グレイアムは私を愛してくれるのね」


「もちろん。――俺の全てをかけて愛している」


 なら今はもういいかと、改めてフォークを持つ。

 今はまだ、この心地よい微睡のような愛の中で寝ていたい。

 温かくて甘い、蜜のような。


「……こんな気分なのね」


「どうした?」


 グレイアムからの問いに軽く首を振って、改めてパンを持つ。

 なんだか舌の上が甘い気がして、なにもつけずにパンを口に入れた。

 体にまとわりつくような愛情は、受け止めれば受け止めるだけ重くのしかかってくるようだ。


 ――なのに、止めたくない。


 受け止めたい。

 与えて欲しい。

 もっと、もっと――。


「…………あまい」

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