違法賭博
「……なぜその話を知っている?」
「お兄様はご存知でしょう? 公爵家の使用人がいかに有能か」
アビゲイルの言葉を聞いて、そばに仕えていた使用人たちの表情が輝きだす。
極力表には出さないようにしているのだろう。
しかし彼らの表情が気持ち嬉しそうに緩み、胸を張ったのにアビゲイルは気がついた。
可愛い人たちだと、心の中で思う。
そんな使用人たちに見つめられながら、ヒューバートは逆に顔色を悪くした。
「……どこまで知ってるんだ?」
「違法賭博で大金を失い、悪いお友達にお金を借りている、と」
違法賭博。
ヒューバートがハマっていたのは人対人の殺し合いらしい。
もちろんこの国では御法度なのだが、実際闇市的な場所では行われている。
そしてそこでヒューバートは賭博にハマってしまった。
闇市ならば表では動かせない金額が動く。
ヒューバートは王太子として国から与えられる金があったが、それだけでは物足りず。
たびたび賭博に出ては荒稼ぎしていたらしい。
そこで出会った少しコワモテな人たちに誘われ、闇市へと出向いたようだ。
「……王太子なんて息苦しい立場、娯楽でもないとやってられないんだ! お前たちみたいな身軽なやつにはわからないだろう!」
自分に非があることはわかっているからか、ヒューバートは逆ギレにも近い対応を見せた。
あれこれと言い訳をするヒューバートを見つつも、アビゲイルは静かに瞼を閉じる。
確かにヒューバートの言うことも一理あるだろう。
王太子という立場は重圧だらけだろうし、なによりあの母親がいる。
アビゲイルを産んだことにより、さらに地位と名誉にこだわるようになった王妃は、王太子であるヒューバートに強く固執した。
優秀な王太子であれ。
未来の王であれ。
そうでなければ生きる価値なし、と。
そんな日々ばかりでは逃げたくなる気持ちもわからなくはない。
もしヒューバートが闇市に出向き、違法賭博をしていたなんて王妃が知れば、ただごとではないだろう。
それが骨身に染みているからこそヒューバートの顔色も変わる。
「僕がどれだけつらく苦しい思いをしてきたか……! 母上はただ己の地位のため、アリシアはなにも考えてない馬鹿だから! どれもこれも僕にばかり押し付ける!」
「……お兄様」
「少しくらい気分を変えたっていいだろう! 僕だって……ただ、楽しみたかったんだ…………」
どすんっと音を立てて、ヒューバートはソファへと腰を下ろした。
それで違法賭博に手を出すのだから、やはりこの兄は愚かなのだろう。
彼の負債は決して払えない額ではないが、動かせば必ず足がつく。
王太子という立場が逆に彼の足枷となっているわけだ。
そんなこともわからずに行動するなんて……。
「……」
アビゲイルは口元に笑みを浮かべると立ち上がり、ヒューバートの元へと向かう。
彼の隣に腰を下ろすと、その震える手を優しく包み込んだ。
「お兄様。大丈夫です」
「…………アビゲイル」
「お兄様のお心、私はわかっています」
嘘だ。
なにもわからない。
なぜそんな愚かなことをするのだろうかと、首を傾げたくなる。
「お兄様はおつらかったんですよね?」
この男にされたことをなに一つ、忘れてはいない。
「なんてかわいそうなお兄様」
「…………」
ヒューバートの瞳が揺らぐ。
仄暗い闇を孕みながらも、その目にはうっすらと涙の膜が浮かぶ。
「王太子としての重圧がおつらかっただけ」
「……そうだ。僕は……っ」
ヒューバートは己の身を守るように、そっと頭を抱えた。
「僕はただ自由に……。ただ母上の言うことを聞くだけの人形なんて嫌だから……」
存在を消されていたアビゲイルにはわからないことだけれど、期待を一身に受けるというのもつらいものがあるのだろう。
自由を求めた結果、彼は不自由を手に入れてしまったわけだ。
「大丈夫です、お兄様。その借金、一度私が肩代わりします」
「――アビゲイルが?」
「ええ、そうです」
ヒューバートが王妃にバレずに動かせるお金なんて、借金の利子程度にしかならない。
国王になったら借金返済できると思っているようだが、彼の考えは甘すぎる。
王太子を罠にハメるような奴らが、大人しくしているはずがない。
「お兄様はご存知ですか? お兄様が借金をしている相手が、八百長をしていたことを」
「…………八百長? ど、どういう意味だ?」
彼らは思ったのだろう。
王太子なんて金のわく泉だと。
実際は支出の管理はしっかりとされ、常に監視の目があるというのに。
だがそんなこともわからないやつらは、ヒューバートを絶好のカモだと思ったのだ。
「お兄様。違法賭博をした際、はじめは勝てたのではありませんか?」
「……そ、そうだ。二勝三勝して、そうしたらあいつらがお前は勝利の女神に愛されてる。次も必ず勝てるから全額賭けろって……」
アビゲイルは知らなかったが、これは詐欺の常套手段らしい。
最初は勝たせて油断させ、最後に全額回収する。
さらには借金まで負わせられれば、彼らは莫大な金が手に入る。
つまり主催者側とグルということだ。
そんなこともわからない生粋のおぼっちゃまは、さぞや美味しいカモだったことだろう。
「それが全て仕組まれていたとしたら、どうです?」
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