協力者

 王族が持つ別荘の中に、大きな池のそばに建つものがある。

 フェンツェル国王との友好を自国他国ともに知らしめるため、そこでささやかなパーティーが開かれた。

 もちろん、記者たちをたくさん呼んで……だ。

 ヒューバートがオルフェウスとともに会場に現れ、親しげに話す姿はとても絵になる。

 これは明日の朝一番の新聞に、大々的に載ることになるだろうなと、アビゲイルは手に持つワインをちびちびと飲んでいた。


「――飲みすぎるなよ。酔わない程度にしておけ」


「わかってるわ。これ一杯だけにして、あとはレモネードでも飲んでおく」


「ならいい」


 アビゲイルは今まで、お酒というものを飲んだことがなかった。

 ゆえに初めて公爵家で飲んだのだが……。

 記憶が全くないのだ。

 グレイイム曰く、絶対に外で酔うほど飲むな、とのことだったので、多分いろいろひどかったのだろう。

 一部始終を見ていたララ、リリ、レオンも、グレイアムの言葉に激しく同意していたくらいだ。

 ゆえに今も、舌を濡らす程度しか口にワインを入れないようにしている。


「――見せ物は終わったようだな」


「……行きましょう」


 記者たちへのサービスは終わったようだ。

 ヒューバートとオルフェウスにアリシアが近づいたのを見て、アビゲイルはワイングラスをテーブルに置いた。

 そのまま彼らの元へ向かうと、軽く挨拶をする。


「オルフェウス陛下、お兄様。……アリシアも。いろいろお済みになりましたか?」


「ああ。これだけ撮らせてやれば、記者たちもじゅうぶんだろう」


「瞬く間に近隣諸国に届けられるでしょうね。我々の思惑どおりに」


 このパーティーは両国の関係良好を見せつけるためのもの。

 ここにいる誰もがわかっていて口を閉ざしているのだ。

 そしてその思惑は成功した。

 一面を大きく飾るだろう、両国王の仲睦まじい姿に民たちも安心するはずだ。


「――オルフェウス陛下。もしよろしければ、ボートにご一緒してもよろしいですか?」


「おや、それはもちろん。素敵なお誘いに断る理由なんてありませんよ」


「――あ、それなら私も……」


「アリシアは僕とだ。……このままだと母上のお小言をもらうことになるぞ」


「…………っ」


 ヒューバートの言葉に唇を噛み締めたアリシアは、悔しそうにアビゲイルを睨みつけてくる。

 オルフェウスと接点を持とうと努力しているようだが、あまりうまくはいっていないらしい。

 そんなアリシアに軽く頭を下げてから、アビゲイルはオルフェウスとともにボートに乗り込んだ。


「…………」


「………………」


 しばしの沈黙。

 ボートがゆっくりと池の真ん中あたりまで行き、水面が落ち着いてからオルフェウスは口を開いた。


「それで? 内緒のお話はなんでしょうか?」


「よくお分かりですね」


「ボートなら周りの目があるので、二人っきりでもおかしな噂は立ちません。しかし内緒話をするのには格好の場所だ。人がいないので」


 確かに周りに人はいない。

 ボートに乗っている人はいるが、みな似たような理由なのか一定の距離を置いてくれている。

 本当に、内緒話をするのには適した場所だ。


「歴史を学びました。……それは、フェンツェルの古い歴史書だったと聞いています」


「歴史……? ああ、創世の物語ですか?」


「そうです。新生の神と終焉の神。そして、癒しの神の物語」


 ギーヴから教えてもらった物語を、頭の中で紡ぐ。

 あの本はなんども読んだから覚えている。


「エレンディーレの神話と、似て非なるものでした」


「……そうですね。わたしもエレンディーレの歴史は学びました。……不思議ですよね。こんなに似ているのに、あまりにも違う」


「オルフェウス陛下はご存知でしたか? エレンディーレ、フェンツェル、チャリオルトにミュンエル。元は同じ国だった可能性が高いと」


 オルフェウスは考えるように顎に手を当てた。

 しばしの沈黙ののち、彼は静かに頷く。


「言ったでしょう? わたしも、歴史は少し詳しいんです」


 アビゲイルはその返答を聞いて、そっと目を閉じた。

 予想していたとおりの返答だ。

 ならその予想のまま話をすればいい。

 アビゲイルは瞳を上げると、そっと己の胸に手を当てた。


「……今から話すこと、他言無用でお願いいたします。私の他には、グレイアムしか知らないことです」


「――わかりました。オルフェウス・フェンツェルの名において誓いましょう」


 国の名を誓いに選んでくれるのなら安心だと、アビゲイルは口端を上げる。

 歴史を学んでいるうちに思ったのだ。

 歴史とは記録であり、さまざまなものが交差しているのだと。

 どうしたってエレンディーレの歴史だけでは偏るし、なにより情報が少なすぎる。

 ギーヴに聞くのも限界があるし、なにより彼は友であって協力者ではない。

 だからこそ、協力者であるオルフェウスには、伝えておきたかったのだ。


「オルフェウス陛下。……あなたは、神を信じますか?」


「……神、ですか? これまた特殊なご質問ですね。意図は――?」


 困惑させてしまったのがわかるが、どうしても聞いておきたかったのだ。

 アビゲイルは息を吸うと、ゆっくりと深く吐き出した。


「――信じてもらえるかわかりませんが、お伝えさせてください。……私は、終焉の神と会ったことがあります。その際彼に言われたんです。――思い出せ、と」

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