家族

むー社長

家族

 母が言った。


「うちは4人家族なのよ?」


 唐突な言葉に、俺は思わず顔を上げた。


「……え?」


 リビングには、俺と父さん、母さん、そして——。


 もう1人、誰かがいた。


 俺は息を呑んだ。さっきまでソファには両親と俺の3人しかいなかったはずなのに。いや、それが当然だ。俺はずっと「3人家族」だと思っていた。なのに母は「4人家族」と言い、父は何の疑問も持たずにうなずいている。


 そしてソファの端に、確かに「誰か」が座っていた。


 その瞬間、脳が混乱した。視界の端に確かに人影があるのに、その顔がまったく思い出せない。目を向けることすらできないのだ。そこに人がいるという「認識」だけが押しつけられ、視線はどうしても滑ってしまう。


「……お前、大丈夫か?」


 父が怪訝そうに俺を見た。


「いや……」


 何かがおかしい。これは絶対におかしい。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 俺は曖昧に笑い、ソファから立ち上がった。背を向けて部屋を出る瞬間、ソファの4人目が「こっちを見た」気がした。


 でも、どうしても顔が思い出せない。

 洗面所の鏡を見つめる。


 何が起こっているのか、自分でもよく分からなかった。3人家族のはずが4人家族になっている。しかも、父も母もそれを疑問に思っていない。


「……俺が間違ってるのか?」


 脳裏に違和感がこびりついて離れない。


 そもそも、もし4人家族なら、その「もう1人」は俺の兄弟か、祖父母か、誰か分かるはずだ。なのに、思い出そうとすればするほど霧のようにぼやけてしまう。


 スマホを取り出し、家族写真を見ようと思った。カメラロールを開く。何枚かの写真が並んでいる。

 そして——血の気が引いた。


 全部、「4人」写っている。


 でも、明らかにおかしい。写真を見ると、確かにもう1人が写っているのに、その顔の部分だけがぐにゃりと歪み、ノイズがかかったように形が分からない。いや、違う。よく見ると、ブレているのではなく——そこだけ「存在が抜け落ちている」ように見えた。


「……何だよ、これ……」


 記憶だけじゃない。写真にも「4人目」がいる。

 息苦しさを感じ、俺はスマホを閉じた。だめだ、頭がおかしくなりそうだ。とにかく、一旦落ち着こう——そう思って洗面所を出た。


 リビングに戻ると、母がキッチンで料理をしていた。


「……母さん」


 俺は恐る恐る口を開いた。


「うちって……本当に4人家族だっけ?」


 母は手を止め、振り返った。


「当たり前じゃない」


 まるで「何を言っているの?」と言わんばかりの顔だった。


「あなたまで冗談言うのね。この前、みんなで旅行に行ったでしょう? ほら、温泉の写真もあるわよ」


 母はスマホを取り出し、写真を見せてきた。そこには確かに、温泉旅館でくつろぐ「4人」の姿が写っていた。でもやっぱり、その「誰か」の顔は、目を凝らせば凝らすほど滲み、見てはいけないものを見ようとするほどに形が崩れていった。


「……ねえ、母さん」


 俺は喉を震わせながら聞いた。


「その人の名前は?」


 母は一瞬、驚いたような顔をした。そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……忘れちゃったの?」


 背筋が凍った。


「大丈夫よ。ちゃんと思い出すわ」


 母は優しく言った。


「だって、家族なんだから」


 母はにっこりと微笑んだ。しかし、穏やかに弧を描く唇とは裏腹に、その目は何も映していないかのように冷たかった。


 それから、奇妙なことが続いた。

 学校でも、友達に「お前の兄貴って今何してるの?」と聞かれた。


「兄貴……?」


 俺には兄弟なんていないはずだ。なのに、友達はまるで当然のように「兄がいる」という前提で話してくる。教師に家庭調査の書類を渡されても、そこには「4人家族」と記載されていた。


 全員が「4人いるのが当たり前」という態度なのだ。

 俺だけが、その「もう1人」を認識できない。


 そして——ある晩、俺は恐ろしい体験をすることになった。


 夜中、喉が渇いて目が覚めた。

 水を飲もうと台所に向かい、冷蔵庫を開ける。


 その時、背後から足音が聞こえた。ゆっくりと、確実に、1歩ずつ近づいてくる。

 まるで俺が動かないことを確かめながら、じわじわと詰め寄るような足音だった。

 両親は寝ているはずだ。なのに、確かに「誰か」が、俺の背後にいる——。


「……父さん?」


 振り返る。

 そこには——「何か」がいた。


 それが人間なのかどうかすら分からなかった。全身がぼやけ、顔がまともに見えない。ノイズのように形が乱れ、しかし確かに「こっちを見ている」のが分かる。


 頭が割れそうなほどの違和感と恐怖が襲ってきた。


「お、お前……誰だよ……!」


 声が震える。

 すると、その存在はゆっくりと口を開いた。


「……家族だよ」


 頭が真っ白になった。次の瞬間、「それ」は俺の方に手を伸ばした。

 気がつくと、朝になっていた。

 俺は自室のベッドにいた。あの時、何が起こったのか分からない。


 ただ1つ、確かなことがあった。


 部屋の机の上に、見たことのないノートが置かれていた。

 震える手で開く。そこには、こう書かれていた。


「思い出した?」


 ページをめくると、そこには俺と両親、そして「もう1人」が並ぶ家族写真が貼られていた。

 今度は——顔が、はっきりと見えた。


 俺は、声にならない悲鳴を上げた。


 そして、その瞬間、思い出してしまった。

 いや、思い出させられた。

 ——「4人目」が、誰だったのか。

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