あなたの隣には。
暁流多 利他
息が白くなる頃に
ゆっくりと訪れると思っていた冬は唐突にやってきた。ほんの一カ月前には想像もつかなかった寒さは今、容赦なく私の体温を奪っている。歯がガタガタと震えるのを奥歯で抑えて、じっと堪える。明日はマフラーと手袋を持ってこようと決心すると、改札がピッ、となるのが聞こえた。
七時十分。今日はいつもより遅めだな、とやってきた人物を見た。そして視線を外す。知らないふり、というと誤解が生じるが、そういう、気にしてないよ。という態度で待った。
定期券をポケットに突っ込みながら、グレーのロングコートをきた人物は、ゆっくりと。でも確かに近づいていた。私はローファーのつま先を見て、一貫して気にしていない素ぶりをする。待っているのに。我ながら意地っ張りだな、と思うけど、そういう性分なんだから仕方ない。
スニーカーの踵が地面にぶつかる、柔らかいコツンとした音が、私の後ろを通って、私の側で止まった。見ると、やはりその人物は私の隣に立っていた。
約束してはしていない。なんとなく、そういうルーティーンが私達に生まれている。今日は私の方が来るのが早かったけど、私の方が後から来ても私の隣には彼がいるし、彼の側には私がいる。
「……おはよ」
言ってから、ゆっくりと彼の方を向いた。グレーのロングコートの裾を目でなぞってから、顔を見る。いつもと変わらない、
何と言わず見つめていると、遙が「なんだよ」と言った。何か用ですか? という表情だったので、それに対して私が「何よ」と返す。
「お前がまじまじと見てるからだろ」
「自意識カジョー」
――あぁ……! バカ! と言ってから後悔する。
だが時既に遅し。「はあ?」と遙の八重歯が剥き出しになって口角が上がった。笑っているのではない。どちらかというと、引きつっているに近い。
また可愛くないことを言ってしまったと思っていても、訂正はできないし、また言ってしまうだろう。どうしていつもこうなんだ……! と自分を責めても言ったことが消えるわけじゃなく、何も言わないわけにはいかなくて困って困って困って、私はフッと笑った。挑発の笑み。
「なにさ」
お前なぁ、と遙が言いかけるが、破顔した。それにつられて私も笑う。
これ、いつもの軽口。
会話を続けようとして、アナウンスと共に電車が着く。私達は二人並んでやってきた電車に乗り込んだ。車内は外と違って暖かくて、冷えた指先を溶かしていくようだった。
二人隣り合わせで吊り革を握ってスマホをいじる。会話をしないのに、私達は一緒だった。
短い沈黙。
「……今日、宿題あったけ」
つぶやくように聞かれた質問に「うん」と答えた。
「英語。ワークの八十一から二まで」
「まじか。見せて」
「いいよ」
いつも意地を張ってしまうクセに、頼られた時だけ気持ちが早って素直に了承してしまう。即答すぎてキモいかな、と思って「お金取るけど」と付け足した。あぁ、また可愛くない。
「チョコボール」
「喜んでお貸しします」
別に対価が欲しかったわけじゃないのになぁ、とちょっと寂しく思う。ただ、君に喜んで欲しいんだ。
徐々に電車の揺れが激しくなって、私の軟弱な体幹が仕事をしなくてなってくる。フラフラとしていると、遙が何も言わず、腕を足し出してきた。視線が合わなくて、照れてるんだとわかった。私は恐る恐る彼の腕を掴む。さっきまで揺れていた体が遙に支えられた。彼の体は微動だにせず、それでいて肩が張ってぎこちなかった。なんとなく、かっこいいところを見せようと頑張っている、そんな感じがした。
嬉しくて、むず痒くて、バクバクとけたたましい音を立てなり始めた。聞こえてやいやしないかと心配になるが、電車の走行音がかき消してくれた。
後ろに座っていた私と同じ女子高校生の二人が「カップルかな?」と囁く。それが私達二人に聞こえて、お互い目を合わせなかった。言いたいことはわかる。わかるが。
生憎、私達はそうじゃない。
アナウンスがなって遙が「降りるぞ」という顔で私を見た。名残惜しく思っているのが伝わらないように、だけどゆっくりと手を離す。
私達は乗った時と同じで、二人で降りた。電車を降りてすぐ、冷たい風が吹きつけたけど全然寒くなかった。柔らかいコートの感触が、まだ掌に残っている。
改札を出てそのまま、何も言わず並んで歩く。なんとなくだ。約束もしてないし、カップルじゃないし、友達と言うのも微妙な関係だけど、私達は今日も並んで歩く。本当になんとなく側にいた。
私は何も考えずに、のんびりと歩く。遙はゆっくりと大股で歩いた。私は知ってる。遙と私の歩幅は全然違う。そして遙は、私と一緒じゃない時はもっと早く足を動かす。それに気づいて、私は猛烈に嬉しくなった。
私は、私に合わせて歩いてくれる遙が好きだ。
曲がり角を曲がると、振り向いて、私の存在を確認する遙が好きだ。
ほら、今も。私を見て微笑む。その優しい瞳が。
流れる前髪の一本まで愛おしい。
でも、言わない。遙も言わないから。
私達は臆病だ。お互いに恐れている。この心地よい関係が、たった一言で壊れてしまうかもしれないことを。
お互いに淡く好意を感じながら、霞のようなそれをつかめずにいる。
これだって、ぜーんぶ私の勝手な思い込みかもしれないし。こわいな、踏み込むのは。でも、たまらなく愛おしいんだ。君の存在が。花が綻ぶような優しい笑顔が。歩幅が。
だけど、言わないからね。
だから。微妙だけど、私達は友達。
あなたの隣には。 暁流多 利他 @Kaworu0913
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