第19話 裏の裏

「そうだっけ? いや、そりゃまあ一言一句同じ言い回しじゃないだろうけどさ」

「学園長はこう言いました。『これは皆さんにとって真にアクシデントであり、テストが中断したことは私――学園長の長門の名において保証します。アクシデントに見せ掛けてテスト続行中である、というようなことは決してないので、安心してください』です」

「……アクシデントと言っている。けど……」

 音無さんが言ってくれたおかげで、僕も注意喚起されたようだ。引っ掛かりを覚えた。

「『皆さんにとって』『アクシデント』という表現には、丁寧に言っただけ、では済まされない違和感があるような」

「はい。裏を返すと、『私達教師サイドからすればアクシデントではない』と読み取ることもできなくはありませんよね」

「音無さんの言う通りだ。でも……『アクシデントに見せ掛けてテスト続行中』ということも否定しているんだよな。仕組まれたアクシデント、ハプニングだとして、テストじゃないのであれば、何のために試験を中断したんだって話にならないか?」

「その点に関しては――一番に気が付いた志賀さんに、説明をお願いします」

 前置きして、音無さんは一度受け取った会話のバトンを、委員長に返した。

 志賀さんはほんのちょっぴり面食らったようだけど、瞬時に落ち着くと、「ロジカルに考え、意味を幅広く取ってみることね」とアドバイスめいた言葉を口にする。何となく、女子みんなからテストされている心地になってきたよ。

「意味を幅広くって、つまり、推理小説の叙述トリックにたまにあるダブルミーニングみたいな?」

「そうね。考えてみれば、学園側の意図はそこにあるのかもしれないわ」

 得心した様子で首を縦に振る委員長。学校や学園長が何を意図しているか知らないけど、僕はとりあえず目先の問題に答を出さなくちゃ。

「えっと、アクシデントは仕込まれたものだけど学園長のあの言葉が嘘にならない、しかもテストを中断してまでやる意味のある……これら全部を満たすには、やはりテストでないとおかしい。言い換えると、模擬殺人のテストは中断したが、それとは別の新たなテストが始まった――こういうことかな?」

「ええ。私、いえ、私達の仮説も今その段階にあるの」

 どうにか同じ答に辿り着けたらしい。ほっとする。

「厄介なのは」

 六本木さんが頭の後ろで両手を組み、天井を見上げながらぼやく。

「この仮説がまったく外れている可能性だって充分にあるってこと。決め手に欠ける」

「そこよね」

 中江さんも嘆息混じりに同調する。

「模擬殺人の試験を受けている間は、みんなヘッドセットをして目も耳も仮想世界に集中していた。外界、っていうか本来の実世界に対しては目を閉じ、耳を塞いでいたも同然。残る感覚で望みがありそうなのは、嗅覚ぐらい? でも誰も場にそぐわない臭気や血の匂いを嗅いだ、なんてことにはなってない。深海君は?」

「あ、いや、僕も没入していたから」

 そもそも、普段の生活においても、あまり鼻を利かせることをしてないなと気付かされる。今後、探偵活動をするときぐらいは、匂いに敏感でいるように努めるべきかも。

「ワトソン君もだめか~」

 六本木さんが再び天を仰ぐ。それにしても模擬殺人のテスト中じゃないんだから、ワトソン呼ばわりはやめてほしい……。

「仕方がないわ」

 志賀さんが時計を見やった。

「じきに三十分が経過する。念のため、これまでしてきた話は他の班には内緒ね」

「でもさりげなく、『試験中に変な匂いがしなかった?』とか『人の出入りする気配を感じなかった?』なんて話題を振ってみるのもいいかもしれませんよ」

 にこにこ笑顔で音無さんがそう言うのを見ていて、僕ははたと思い当たった。

 ICレコーダー。

 意識せずに録音を始めたのがいつだったのかはまだ分からない(確認していない)が、試験中のかなりの時間が当てはまるはず。だとすると。

「あの」

 僕の声の調子が改まったのを感じ取ったのだろうか、女子四名の目が集まる。僕は一度咳払いをして、小さな声で切り出した。

「あの。みんなの話を聞いてて、思い出したんだけどさ」


             *           *


「これはいったい……」

 学園地下の医療施設にて、長門は呻き声を上げた。

 手元には、死因に関して簡易的な所見の書類。少し離れた所には、剖検台――遺体を解剖するためのベッド――があり、教師の太田黒まことが横たえられている。異常事態の発覚からまだ一時間足らずとあって、解剖そのものはこれからだ。

「長門学園長。聞くまでもないこととは思いますが」

 内密な通報により駆け付けた警部の男沢おとこざわが、やや関西弁を感じさせるアクセントで尋ねる。

「この仏さんは、学園長のシナリオにはなかったことなんですよね?」

「無論です。今年も模擬事件の試験の最中に、別の騒動を起こすことにしていたのは認めますが、こんな死人が出るなんて冗談にもならない」

「推真を養成する深潭学園内で人が死ぬ、それも殺人の可能性が極めて高いとなりゃ、前代未聞です。何から聞いていいか、正直、戸惑っておるんですよ。手始めに、防犯カメラの類は?」

「教室内を映す物はありません。表と裏二つの校門と、その中間点辺りの塀を映すのがあって」

「それで四台ですな。他には? 廊下にあればありがたいんですがね」

「校舎の廊下にはありません。エントランスに一台、講堂裏に一台、あとプールの全景を捉えた一台があるくらいだったと」

「ふん。それらの映像すべて見せてもらいますよ」

 同僚の刑事に目配せする男沢。それから手帳を繰って、次の質問を探す素振りを見せたかと思うと、不意に「あっ」と大きめの声で言った。

「何ですか」

「真っ先に聞くべきことを忘れてました。今回の件、うちらが主導権を握るということで構わないんで?」

「それは……」

 返事に窮した長門。

「謎好の仕業であるか、その疑いが濃厚となれば、私どもの領分ですが、現時点では何とも。仰りたいことは承知しているつもりです。学園内で起きた殺人なら、学園の関係者が犯人である可能性が高い、故に学園関係者は何人なんびとたりとも捜査にタッチさせない、と」

「分かっておられるなら話が早い。あ、でもね、ご安心くださいよ」

 男沢は本人が気に入っている微笑を作ってみせた。周りからどう見えるかは関係ない。

「自分は、これでお理解のある方でしてね。謎好の絡んだ事件であなた方には随分世話に、いや助けてもらったと感謝している。なので、今回も謎好絡みと疑いが出て来れば、素直にお力を借りますんで、そこんとこよろしく」

「――無論ですとも」

 片手を差し向けてきた警部に対し、長門は深潭学園の長として応じた。力強く。


 第一部.了

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帝国少女探偵団 小石原淳 @koIshiara-Jun

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