探偵師はもふもふ妖精の依頼で動く

小石原淳

探偵師はもふもふ妖精の依頼で動く

 第二王女ルメが死んだ。王室医師団によると病死。夏休みに家族揃ってご旅行した際に、不運にも毒性のある花粉を吸い込んだものと推察された。

 宮廷付の探偵師、カモン・ラ・ロトンドは第二王女急逝の報せを受けて、粛々と職務に当たることになった。

 宮廷付ではあるが、捜査に関しては独立性を担保されており、妨げる者はいない。――ただし、探偵活動によって突き止めた真相を、みだりに口外する権利は有さない。調査結果を報告する先は宮廷、もっと言えば王族及び重臣に限られる。

 職務の特性上、表沙汰にできない秘密を知る機会も多々ありそうだが、ロトンドの身分は保証されており、それだけ強く信頼されているとも言えよう。

「今回、探偵師の出番はなさそうだよ」

 ロトンドが訪ねたのは、医師のゲルラだった。若いくせに顎髭を伸ばした医者は、重要事件での検屍のダブルチェック役を担う。王室にはお抱えの医師団がいて、診察や治療以外にも、重要人物が亡くなった際には死因の特定を任される。そこで(陰謀を含めた)間違いを防ぐ目的で、死者に対する“セカンドオピニオン”を施す仕組みが構築されているのだ。

「では医師団の見立て通り、病死と」

「そういうこと。鳥や虫の媒介する、毒性のある花粉をお吸いになられている。王都一帯には生えていない植物だ。時期を考えると恐らく夏休み、ヤパンディッシュへのご旅行の折に、運悪く……」

「医師団の見解も同じでした」

「そりゃ何より。だが、君はどこか浮かない顔をしているように見える」

 検査に用いた極小の刃物で指し示すゲルラ。先端恐怖症の気があるロトンドは、目線を外した。俯く動作をそのまま続け、コートの胸元を開いて覗き込む。

「実はお願いがあります。この件で別の依頼がありまして」

「別の?」

「ええ、ここに」

 ロトンドは俯き、コートの前をさらに大きく開くと懐に「出て来て」と呼び掛けた。

「やっとかー」

 現れたのは、全身薄ピンク色の羽毛を持つ妖精フワールだ。羽毛と言ってももふもふっとした見た目・感触で、飛ぶのにはあまり役立ちそうにない。いや、妖精だからなのか、羽とは関係なく飛べるのだが。もふもふの羽毛に覆われているため、楕円の球体に見える。しかし本体はリスと人のあいのこと表現するのが近いかもしれない。

「確かルメ王女のペット、いや、お友達か」

「うん、フワールのキャウ」

 当のフワールが名乗った。声は女の子っぽいが、実のところ性別は不定だ。

「キャウが、亡くなったのはルメ様じゃない、多分第一王女のルク様だと」

「大それたことを。何故そう思う?」

 ゲルラの問いにキャウは喰い気味に答える。

「匂いが違う。今朝、第一王女が近くに来たとき、ルメの匂いがした」

「つまり、本当に死んだのはルク様なのに、ルメ様が死んだことにし、なりすましたと主張するのか。それはまた大胆な発言であることよ」

「ルメが今、ルクになりすましてるのは事実だよ。死んだのが誰かは知らない」

「ゲルラ先生、判断できますか」

「王女姉妹は十月とつき差で、外見はそっくり。細かな違いはあるんだろうが、極近しい者にしか見分けられまい。それこそ王様を始めとするご一家か、王女らの世話係」

「そういった連中は隠蔽に積極的に関わってるよ、きっと」

「『連中』呼ばわりはやめておきなさい」

 キャウの口ぶりに探偵が渋い表情をしつつ尋ねる。

「ルク様の匂い、分かるのかい? 確かルク様は君達のような妖精とは距離を取るお方だ。双子みたいなものだし、匂いも似ているのでは」

「ルクは妖精ももふもふも嫌ってたというか、遠ざけてたね。鳥が苦手だって聞いた覚えあるから、そのせいかもしれないよ。加えて、ぬいぐるみ一つ与えられることなく、王道教育を叩き込まれてさ。だから私も近付けた回数は少ないけど、でも、ルクとルメの匂いは確実に違った」

「教育と言えば」

 ゲルラが切り出した。声が潜められている。

「跡取り候補の王女姉妹の内、教育や対外的な評判から実際に継げるのは現状、姉のみ。なのに姉が死んだなら、妹を姉に扮させるってのはありかも、な」

「実は友好国の王子だか貴族だかを迎える話も進んでいるらしいです。ご対面はまだでしょうし、入れ替わりは不可能じゃない」

「ほら、動機あるじゃん」

 もふもふの中から右腕を伸ばし、さらに親指を立てるキャウ。

「仮説が真実を射抜いているとして、キャウはどうしたい? 王様達が隠すと決めたら、きっともう覆せないよ」

「私は、ルメと今まで通りに過ごしたいだけ。なのに、急に相手にしてくれなくなった。明らかに遠ざけようとしてる」

「仮に君の見抜いた通りだとして、もふもふ愛好者じゃないルク様が、急にもふもふな君を好きになると不自然だもんな」

 腕組みし、うんうんと頷くゲルラ。探偵は取りなす風に言った。

「ルメ様に直に話せば、分かってもらえそうかい?」

「もちろんさ。突然もふもふ好きになってもいいじゃないか。『妹を急に失いショックだったが、キャウの存在が慰めになった』とでも言ったらいいんだよ。名案だろ?」

「なるほど。それならなおさら、御遺体が誰か確定させないとね。先生、僕は法医学の専門家ほどじゃないが、探偵としての嗜みで知識はあります。キャウを見ていて閃いたのですが……御遺体の鼻腔を今一度、念入りに調べてみては? そこになくてはならない物が見当たらないかもしれません」

「鼻の穴……そうか」

 ゲルラは頷いた。


「まさか、あなたが証拠になるなんて」

 面会に一人で応じた第一王女は、キャウの訴えとロトンドの理屈の前に、あっさり認めた。

「ルク姉とは逆に、私の鼻の中は細かな羽毛だらけなのかしら」

「数日離れた程度では、まだだいぶ残存していましょう」

 ロトンドは言わずもがなの返事をした。

 第二検屍の折、ゲルラが遺体の鼻腔を調べると、フワールの羽毛は一切なかった。キャウと常日頃から接していたルメであれば、フワールの毛をそこそこ吸い込んでいるはず。鼻腔内を少々洗った程度では落ちまい。

 もしこの理屈を第一王女に突き付け、それでも相手が真実を認めなかったときは、遺体にまた刃を入れ、肺を調べることになっただろう。そうならなくてよかったと探偵は密かに思い、胸をなで下ろす心地だった。

「ひどいよ、ルメ。どうして無視したのさ?」

 キャウが抗議口調で訴えると、ルメは涙目になって両腕を開いた。

「ごめん、キャウ。ルク姉が亡くなって、私も“大人”にならなくてはいけなかったの。分かって」

 ルメにぎゅっと抱きしめられたキャウは、「しょうがないなー、分かったよ」とツンデレな反応を見せた。

「これからはルクと呼ぶように気を付けるよ」

「お願いね。――ロトンドさんも、すべては内密に」

「無論、承知しております。この辺で邪魔者は退散するとしましょう」

 恭しくお辞儀した探偵は、静かにきびすを返した。そして、羽が生えたようなとまでは行かなくとも、来たときよりは軽い足取りで帰途につく。


 終

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探偵師はもふもふ妖精の依頼で動く 小石原淳 @koIshiara-Jun

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