新解釈 西遊記

御戸代天真

第1話


 ここは地上から遥か遠く、どこまでも高い場所にある天界。 

 ある日、天界で暴れていた頭の悪そうな悪ガキを注意していた、人間の姿をした猿がおった。いや、正確に言えば猿の神様なのだが、まあ細かいことは置いておこう。

 この猿、さすがは神様であって頭ごなしには怒らず、静かに優しく悟すように悪ガキへと説いていた。

「いいかい? もうこんなことはしてはいけないよ。自分がされたら嫌だろう?」

 猿は頭の中で想像してもらいやすいように、優しく語りかけた。なんとも優しい神様であった。

 だが、悪ガキはそんなこともつゆ知らず、ヤダヤダと赤ん坊のように駄々をコネはじめ、しまいには大きな声で泣きはじめてしまいました。

 その声はやまびこのように反射して、どこまでも響いた。さすがの猿も急に泣き出したため落ち着かせることができず、わたわたとしてしまった。

 すると、悪ガキの泣き声に反応したのかどこからか脳天に直接響くような、重低音の野太い声が聞こえてきた。

「だれだ!! 子供をいじめる馬鹿者は」

 その声を聞いた瞬間、猿はビクンと体を震わせた。声の主に覚えがあったのだ。

「お釈迦様、違います。私はこの童に、教えを説いていただけでございます」

 猿は姿のない声の主に、身振り手振りで必死に弁明した。

 すると重低音だった声は、まるでアンプを通したギタ―のように、さらにボリュ―ムが大きくなった。

「孫悟空、また貴様の仕業か!! 何度言えばわかるのだ、今日という今日は許さん!!!」

 孫悟空と呼ばれた猿は、声の大きさに思わず耳を塞ぎながらブンブンと頭を振り

「違うのです。どうか、私めの話を聞いてください」

 と、見えない声の主に懇願した。

「ええい、黙れ。貴様の言い訳など聞きたくないわい」

 見えない声の主は一向に聞く耳を持たず、続けてこう言い放った。

「よいか! 貴様を地上送りとする。地上へ行き、己の罪を償う旅をしてこい」

 見えない声の主が言い放った直後、孫悟空の足元にあった雲が透明になったと思ったら次の瞬間、孫悟空は真っ逆さまにその穴の中へと落ちていった。


 ここは、どこだ? 孫悟空が気づいた時には、とある山の中の大きな巌の下に閉じ込められ、身動きが取れずにいた。

 こちらの孫悟空は斉天大聖という神様であり、真面目で利口かつ勤勉で大変優秀であった。にも関わらず、運が悪く犯人扱いされてしまったり、罪をなすりつけられたり、本人は何もしていないのに謝罪をさせられることも多々ありました。

 今回も例にもれず冤罪だったのですが、釈迦の怒髪天をついてしまったために、下界に落とされてしまったわけではあります。ですが温厚な孫悟空は誰かのせいにするわけではなく、私にも至らぬ点があったのだろう、お釈迦様が私にも反省の機会を与えてくださったのだ。これを良い機会とし、この世界で奉仕をしようではないかと聖人のような悟りを開いた。

 孫悟空は釈迦から共に旅をしろと言われた三蔵法師と名乗る人物がこの地を訪れるまで、己がこの地でどんなことができるか人々のどんな役に立てるのかを、巖をの下で考えながら待つことにしました。

 

 舞台は代わり、ここは日が昇る地の果てにある、聖なる宮殿。 

 その宮殿の最奥に、白金色の神秘的な部屋があった。真中の階段の頂きに、まるで今にも独りでに動き出しそうなおどろおどろしさと、周りの空間が歪んで見えてしまう程の神々しさを放つ、一つの玉座が置かれていた。

 座るもの全てを拒むような佇まいのその玉座に、鎮座を許されているものはただ一人。金の装飾が施された純白の被り物と袈裟を羽織り、全ての嘘を見透かすような鋭い目つきで、いかにも公明で諦念の境地に達していそうな、こちらの僧のみ。

 そんな公明な僧がまじまじと見つめている瞰下の先には、片膝をつき頭を垂れている精悍な顔立ちをしている、若い僧がいた。

 公明な僧は、重い扉をゆっくりと開けるように口を開き、見つめる先の若い僧へ天からの命のように、お告げを述べた。

「……三蔵法師。貴殿に、任を遣わす。

 西の果にあるという天竺へ赴き、そこから聖なる巻物を受け取り、この地へと持って帰ってくるのだ」

 一句一句が、まるで経を唱えているようにとうとうとしているが、重厚で直接胸に響いてくるようだった。 

 全ての言葉を聞き終えた三蔵法師は、ゆっくりと面を開げた。

 まるで雲の上に座り、天界から見下ろす神のように佇んでいる公明な僧に、神妙な面持ちで口を開きこう答えた。

「……嫌です」

 そう言い放った三蔵法師は、上げていた頭を垂れ公明な僧へひれ伏した。

「……この任は極めて難題で、誰しもができるわけではない。貴殿の力量と、天稟を見極めた上でのさいは……え、今なんつった!?」

 三蔵法師は再度、面を上げた。

 雲の上に座り、天界から見下ろす神のように佇んでいる公明な僧に、神妙な面持ちで口を開きこう答えた。 

「……嫌です」

 瞬き一つせずに、三蔵法師はもう一度同じ答えを放った。

「は? いや、え、なんで?」

 一体何が起きてるのか分からず、混乱する公明な僧。

 そんな公明な僧へ、空気をまったく読まずド直球に

「……めんどくさいからです」

 三蔵法師は真顔のまま、一ミリも微動だにせずに答えた。

「いや、嘘でしょ、お前ちょっと。え、いやありえなぜ、なあ。俺偉いんだぜ? なあ? お前もあの―、え―とさあ、まあまあわかってんだろ? 行かなきゃなんねえんだよ。それなのにさ、めんどくさいって。あの―、え―、ど―ゆ―ことなんだよ!!」

 公明な僧は、さっきまでの言動と重鎮さが嘘のように簡素化し、鎮座している神々しい椅子も公明な僧が暴れるから踊っているかのようにバタバタと軋み、別の意味で生きているみたいに見えた。

 そんな公明な僧へ向かい、私は何も間違ったことは言っておりませんと言いたげな顔で、三蔵法師は続けた。

「私……歩くの、嫌いなんです」

 公明な僧の口が、あんぐりと開いた。

「なので、その任は適している者へお告げください」

 三蔵法師はまるで、弱き者を救うためにどうかお恵みをと懇願するような佇まいで、公明な僧に頭を垂れた。ただ、その放つ言葉全てが、自分のことだけを考えての発言であったのは、言うまでもない。

 公明な僧も、自分の下したお告げは流れる水のごとく滾々とし、断られた試しなどなかったために、電池の抜けたロボットのように思考が停止してしまった。

 閑寂としてしまった、宮殿の最奥。

 大局観の感性を持っているはずの公明な僧も、まだ恍惚としている。

「……それでは、私はこれで」

 三蔵法師が、一仕事終えた職人のようによっこいしょと腰を上げ、潔く去ろうとした。

 頭が呆然としていた公明な僧が、それを聞いてはっと起き上がり呼び止めた。

「いや、ちょいちょいちょい、待って待って待って」

 もはや、さっきまでとは別人になってしまった公明な僧。

「なんでしょうか?」

 それとは真逆の、冷静沈着を擬人化したような面持ちの三蔵法師。

「いや、あのね、話終わってないのよ」

「いや、でも。私歩くのが」

「うん、それはもう聞いた。分かったから。んじゃあ、あの……馬使っていいからさ。だからさ、あの―、それでいけ!。もういけ―!」

 もうどうなってもいいわと、全てをぶん投げたようなお告げであった。

「いや……でも」

 下を向き何かを言いたいけど、言えずに我慢しているような顔の三蔵法師に

「え、なに? なんかまだあんの?」

 もうやけになっている公明な僧は、呆れがちに聞いた。

 三蔵法師は至極真面目な顔で、公明な僧を真っ直ぐに見つめた。

 まるで、私のことはどうなってもいいので、この願いを聞き入れてくださいと、救世主へ祈りを込めるように、こう言った。

「できれば、原付きのほうが」

「んなもんねえんだよ、バカァ!!」

 唾を吐きちらしながら、閑散とした宮殿に今日一番の怒声が響いた。


 舞台は変わり、とある山のとある巌。

「う―ん。私はこの世界の人々に、どうやって奉仕ができるだろうか」

 悟空は、冤罪により巌に閉じ込められたあの日から、ずっとこの世界の人々のためのことを考えていた。

「そうだ。水が困っている人のために、川をひいてあげるのはどうだろうか。もしくは、井戸をほってさしあげよう。そうすれば水で困ることはなくなるな。うん、いい考えだ。よし、あとは、どんなことが私にできるだろうか」

 根っから善人の悟空は寝食を忘れ、奉仕のことばかりをずっと考えていた。

 巌に閉じ込められた悟空だったが、この巌は山の中の小さな洞窟の中にあるのだ。そのため、そこを通る人はめったにいなく閑散としていた。

 そのため、通る人が来たとすれば必然的に、自分を迎えに来る三蔵法師であろうと、悟空はどんな奉仕をするか考える傍ら、来るのをずっと待ち焦がれていた。

「さあ、次はどんな奉仕をしようか。飢えに困っている人々を救うにはどうすればいいであろうか。米か、小麦か、それとも」 

 悟空が奉仕について、また考えはじめた。

 すると、どこからか足音が聞こえてきた。

 カラン、コロン。カラン、コロン。

 はじめは遠くの方で鳴っていたため、音が小さかったが、耳の良い孫悟空には聞こえていた。

 カラン、コロン。カラン、コロン。

 だんだん近付いてくるその音に、誰かが来たのだと悟空も確信した。

 きっと三蔵法師様がいらっしゃったのだ。私を迎えに来てくださったのだ。

 カラン、コロン。カラン、コロン。

 足音が、さらに近付いてくる。だが、その音は人の足音ではなく、一歩歩くだけで何か小さく硬いものがぶつかり合うような、リズミカルな音だった。

 悟空もそのことには気づいていたが、巌に閉じ込められているため、何が近づいてくるのかを確認することができなかった。

 カラン、コロン。カラン、コロン。

 音が、もうすぐそこまで迫ってきた。

 カラン、コロン。カラン、コロン。カラン、ボスン!

 音が間近まで来たと思った次の瞬間、悟空の後頭部に、鈍器で殴られたのではないかというくらいの衝撃と重圧が襲いかかった。

 筆舌に尽くしがたい痛みに悶絶する悟空。

 カラン、コロン。カラン、コロン。

 まるで何事もなかったように、足音は流れるようにその場を通り過ぎた。

 悟空は思わず問いた。

「あの、三蔵法師様ではございませんか? 私です。孫悟空ですぅ」

 足音が止んだ。気づいてくれたのか。

 悟空は安堵し、ふうと息を吐いた。

 数秒だけ沈黙が流れたが、また、カラン、コロン。と足音が鳴り始めた。

「あれ、法師様? 違うのですか? 私ですよ。孫悟空です」

 更に大きな声で、悟空は三蔵法師と思わしき人をを呼び止めた。

 足音が止んだ。やはり三蔵法師様なんだ。悟空は心の中で確信した。

「ん? やっぱなんか声がするんだよな?」

 悟空の予想通り、音の主は三蔵法師であった。が、訝しげに周りを見て、一言呟いた。

「……何もなくね?」

 何もない、という声が聞こえ反応した悟空は、再度大きな声でアピ―ルした。

「三蔵法師様ぁ、私ですぅ。」

 見えない相手から、自分の名前を呼ばれた三蔵法師は

「え、何、なんかめっちゃ怖いんだけど」

 またカラン、コロン。と足音を鳴らし始めた。その音は先程よりも早く、悟空からどんどん遠のいていく。

「法師様ぁ。ここですぅ。私はここですぅ」

 孫悟空が、自分の場所を懸命に伝えた。

 三蔵法師が、また止まった。

 あたりを見渡しながら、左右の腕を組むように擦り

「え、なんなのまじで? 声するんだけど。怖いんですけど」

 キョロキョロと左右を見渡し、なにもないことを確認した。まさかなと、恐る恐るゆっくりと後ろを向いた。三蔵法師の目には、何も映っておらず、とりあえず、迫ってくる系のおばけの類じゃなかったと、安堵する三蔵法師。

 もう早くここから出よう思った時、後方にあった石が妙に気になった。やけに変なところに転がっているし、変な形をしている。

 三蔵法師がよくよく見てみると、石に毛のようなものも生えていて、ブルブルと揺れている。

「え、なんか石が動いてんだけど」

 三蔵法師が気味悪がりながら、一応孫悟空を見つけた。

「違います、石じゃありません。私です。孫悟空ですぅ」

「え、まじで?」

 三蔵法師は、その名前に聞き覚えがあった。そう言えばお供に誰かを連れていけとか言ってたな。

 三蔵法師は原付きを借りれなかったので、公明な僧から借りた馬で渋々旅をしていたおり、視界が高くなっているため、巌の下に閉じ込められている孫悟空に気づかずでいたのだ。

 三蔵法師は馬から降り、おそるおそる近づいた。

 子供が得体のしれないものを、木の棒でツンツンとするように、杖でつついたみた。

 孫悟空はそれに反応し、頭をブンブンとこれでもかというくらい振りまわした。

「うわ、動いた」

 暗闇に目が慣れた三蔵法師がよくよく見てみると、ようやく輪郭がはっきりと見えた。

 そして一言。

「え、猿じゃん」

 と呟き、続いて

「君誰?」

 と言った。

「ですから、孫悟空ですってばぁ」

 何回目だよと言いたそうな悟空が、泣き声混じりに言った。

「それに猿って、一応私斉天大聖という神なんですが」

 あまり大きな声では言わなかったが、指が自由に動かせていれば、きっとモジモジさせていたであろうとわかるくらいに、言葉が弱々しかった。

「まあ、一人で行くのもだるかったし、連れてけって言われてたしな~。ん~、どうしよっかな~」

 三蔵法師がそう呟き、小さく呆けた声であ~と言いながら考え込んだ。

 ポク、ポク、ポク、チ―ン。三蔵法師の頭の中で答えが出た。まあ、実際はそれっぽいことをしたかっただけで、特段何かを考えていた訳でもなく、何も閃いていないのであった。

「ま、いっか。それじゃあ、行きましょうか」

 今日の晩ごはん? ああ適当でいいよと言うような感覚で、三蔵法師にお供に悟空を誘った。相も変わらず、この三蔵法師は適当である。 

「かしこまりました。あなたとともに行きましょう。私もこの世界の役に立ちたいのです」

 こちらも相も変わらず、この孫悟空はお人好しというか、いい人すぎる。

「じゃ、行きますよ」

「はい! ゆきましょうぞ」

 三蔵法師のだらけた声に、悟空が威勢よく答えた。

 ふたりとも、微動だにしない。

「行きますよ。先は長いんですから」

「はい! 私もこの美しい世界を、早く見てみたいです」

 三蔵法師は少しだけ呆れ声に、悟空は先程よりも声が大きくなった。

 ふたりとも、微動だにしない。

「早くいきましょうよ。ここは熱くてたまりません。新作のアイスコ―ヒ―を飲みに行きたいんですから。

 三蔵法師が暑い暑いと、手をうちわのようにして仰いでいる。

「この世界の食物は、大変美味と聞きます。私もぜひ味わいたいです」

 悟空は熱血教師のように、やる気に満ち満ちている。

 だが、ふたりとも、先程からずぅっと変わらない。

「いや、ですから早くしてくださいよ。行くって言ってるでしょ!」

 三蔵法師が、買って買ってとダダをこねまくる子供に、いい加減にしなさいと説教する親みたいにブチ切れた。

「いや、だったらここから出して助けてくださいよ。私待ってるんですから」

 さすがの悟空も、待ち合わせに二時間遅れた人にいつまで待たせんだと説教する感覚でブチ切れた。

「どうやって助けろって言うんですか。私重いものなんてませんよ。」

 腕立て伏せが五回位しかできなそうな、ガリガリに痩せてる三蔵法師が言うと、その言葉に説得力しかなかった

「お坊様ならこう、御経とかを唱えて助けたりとかできないんですか?」

 悟空が尋ねた。

「そんな便利なこと出来るわけないじゃないですか。青い猫型ロボットじゃあるまいし」

 何を言っているんだと言いたそうに、呆れ混じりに三蔵法師が言った。

 すると、砂埃が入ったのか急に鼻が痒くなった三蔵法師は、大きなくしゃみをした。

 暗くて誰も気づかなかったが、悟空の上にドスンと座っている巌に貼られていた小さな御札が、三蔵法師のくしゃみの勢いでどこかへ飛んでいった。 

「あれ?」

 何かに気づいた悟空。

「どうかしたんですか?」

 鼻をぐしゅぐしゅさせている三蔵法師が聞いた。

「体が、軽い」

 そう言った悟空が、よっこいしょと言うと同時に、ぼこりと音を立てた。そのまま手が出て足が出て、あれよあれよと言う間に巌から抜け出した。

「なんだ、出れるじゃないですか。出来るならはじめからやってくださいよ」

 気だるげそうに、三蔵法師が言った。

 見るからに自分の何倍もの重さの巌から抜け出せば、普通ならば絶句するか発狂する場面であろう。だが、この三蔵法師にはそんなことすらどうでもよかったようだ。というか、何も考えていないだけか。

「あの、助けてもらっておいてなんですが、本当に法師の職の方なんですよね?」

 疑って当然だろう。人が良い悟空も流石に聞いてしまうほど、ひどい気だるさ具合だ。

「当たり前じゃないですか、何を今更。ほら、免許証だってちゃんとありますよ」

 三蔵法師が袖から、四角い何かを取り出してみせた。

「そんなものあるんですか? ちょっと見せてください……て、これ原付きの免許証じゃないですか!」

 もしめんこ勝負をしていれば、相手のめんこが二回転位する勢いで悟空が地面に免許証を投げつけた。

「なにするんですか、私の大事な免許証に」

 そう言った三蔵法師は、気だるげそうにゆっくりと動いて免許証を拾い、そのままのそのそと動きながら馬に跨った。

 そして何事もなかったかのように佇んだ表情で、こう言った。

「それじゃあ、行きましょうか」

 先程までの姿が嘘のようで、今は優しさと誇りを持った顔つきが、まるで歴戦の戦士が旅立つ瞬間のようだった。

 普段は堕落していても、やるときはやる方なのだな。そう思った悟空は、忠誠を誓う家臣のように力強く答えた。

「はい、お供いたします」

 歩き出す二人が見据えた先に、光が見えた。洞窟の出口だ。あそこを抜けた先で、幾多の冒険が始まろうとしている。これから何が待っているのだろう。

 二人の冒険はこれから……


「あれ?」

 突然、三蔵法師が呟いた。

「どうかしました?」

 悟空が尋ねた。

 三蔵法師が右手を見つめ、ニギニギさせながら言った。

「私の杖は、どこに行きました?」

「あれ? さっきまで持ってましたよね」

 後ろを振り返りながら、悟空が尋ねた。

 三蔵法師も振り返り、二人で歩いてきた箇所を一マスずつ辿って行くように見てみた。

 目が出口の明かりに慣れてしまったため、認識まで時間がかかったが、悟空が閉じ込められていた場所の近くに、棒のようなものが落ちているのが見えた。

「あ、あれじゃないですか?」

 先に見つけた悟空が答えた。

「え、どれです?」

 まだ見つけられてないのか、三蔵法師が暗闇を凝視している。

「ほら、あそこですよ。私がいた場所の近くです」

 悟空が指さして、三蔵法師に教えた。三蔵法師も遠くを見つめるように薄めで探し、ようやく見つけた。

「あ―、あれです、あれです。いや―、よかった。はっはっは。もう、忘れるなんて、おっちょこちょいさんですねぇ、ほんと」

 三蔵法師が似合わないのに、休日に優雅に過ごす富豪のような笑い方をしてみせた。

「まあ、忘れることは誰でもありますよね」

 悟空は、特段いつもと変わらず答えた。

「ほんと、次からは気をつけてくださいね」

 ぽんと悟空の肩を叩き、三蔵法師がそう言った。

「はい? わたしですか?」

 なぜ自分が悪いのか分からない悟空に、三蔵法師は続けて言った。

「いや、あなた私のお供なんですから、あなたがこれから持ってくださいよ。ほら、早く持ってきて―」

 三蔵法師が杖を指さし、あれが欲しい、ママ買って―と駄々をこねる子どものように、馬に跨っているのに危なっかしく全身を使ってバタバタさせている。

 今更だがこの三蔵法師、顔に似合わず中々幼稚である。というか、だめな大人の教科書のようなダメっぷりだ。

「いや、あなたのものなんですから、あなたが持ってくださいよか」

 悟空も反論する。というかこちらが普通に正論である。

 だが、間髪入れずに三蔵法師は、

「嫌です。あれ地味に重いんで、あなたに任せます。これは命令ですよ」

 と言う始末。

 なんて理不尽なんだ。俗に言う上司ガチャに外れた気分だ。そう思いつつも、なんやかんや人が良い悟空は、はぁとため息を吐きながら、とぼとぼと歩いて杖を拾い上げた。

 戻ってきた悟空は、ほら、持ってきましたよと言わんばかりに、杖の先の方を持ち、柄の部分を自分の肩にポンポンと叩いてみせた。

 それを見た三蔵法師も、自分の言う事を聞いた悟空に満足したのか、すかした顔をしながらと両手を上に向け、同時に両肩を上げ、まるで外人のコメディ番組のようにこう言った。

「全く、先が思いやられますね」

「どの口で言ってんですか!!」

 悟空が、生まれて初めてブチ切れた瞬間であった。

  

 その後なんやかんや色々あって、体脂肪率一桁の筋骨隆々の猪八戒と、頭の皿を鏡代わりにして化粧をしていたオネエの沙悟浄を仲間に加わえて、天竺へ向かうことになった。


 一行は、広大なとある砂漠を横断していた。

「おい八戒、水を取ってくれ」

 三蔵法師が今にも倒れそうなつらい顔で、八戒に手を伸ばした。

「はい、どうぞ」

 八戒は、三蔵法師に水筒を手渡した。

 三蔵法師は蓋を開けて、中身を乾いた口に含んだ。が、飲み込む手前で、ぶはっと吐き出した。

「え? なんだこれ。水じゃないぞ」

 三蔵法師が、予想外の物が口に入ってきて驚いていると

「え? プロテインですけど」

 八戒が、何かおかしいですか? と言いたげな顔で答えた。続け様に

「いや、何してんすか法師様。もったいないじゃないですか」

 と、若干逆ギレ気味に言った。

「いや、あの……水は?」

 歩くのが嫌いな三蔵法師だったが、砂漠のためうまく馬に乗れずに、仕方なく歩いていた。かつ、この暑さの中で水分補給をしそこねたので、若干恨めしそうに聞いた。

「ありませんよ」

 なぜか清々しい顔で、八戒は答えた。

「え? ないって、どゆこと?」

 事の次第を理解しきれていない三蔵法師が、プロテインでベトベトな口元を拭うこともそっちのけで、再度八戒に聞いた。

「全部プロテインに溶かしましたんで、水はないっす」

 三蔵法師を含め、杖を持っていた悟空と馬を引いていた沙悟浄の思考も止まった。少しの沈黙の中、三人の思考回路が、どういうことだ? から、こいつ何してんだ、に切り替わったあたりで、悟浄がおそるおそる尋ねた。

「ひょっとして、あんた。あたしの預けた水も全部ないってこと?」

 悟浄は、あたし重い物もてないからあんたに預けるわと、八戒に水を預けていたのだ。

「もちろん、全部混ぜました」

 主人公の決めポ―ズのように親指を立てて、胸を張って答えた八戒。

 悟浄はそれを聞いた途端、八戒の胸ぐらをまるで獲物をつかむ猛禽類のようにガシッと鷲掴んで、振り回すように揺さぶった。

「ふざけんじゃないわよあんた。この先のあたし達の水はどうすんのよ」

 悟浄は、汗で分厚いメイクが崩れても、疲れでしんどくなっても、乙女の気合よと言って何とか保っていた。だが、水を失うという命の危機に瀕し、気合という堤防が決壊した今や、鬼の形相になって八戒に襲いかかった。肌を白塗りしてたことも相まって、顔が般若の面にしか見えなかった。

「大丈夫ですよ。安心してください」

 その後の言葉に、履いてますよ、と続くような決めゼリフを言って、八戒は少し落ち着きを見せた顔をした。

 流石は元は天蓬元帥と呼ばれ、かつて天界の兵士達を導く存在であり、幾重の困難も打ち払った勇敢な男だ。この問題解決のための秘策がきっとあるのだろう。

「プロテインの味は、バニラです」

 いや、ただの筋肉バカであった。

 そもそもこいつが天界を追放されたのも、筋トレをしすぎて仕事をしなくて、お釈迦様がブチ切れたからであった。

「そういうことじゃないでしょ。筋肉バカのあんたと一緒にしないでよ。なんで全部混ぜたのかって言ってんのよ」

 家の中に虫が入ってきて悲鳴をあげるように、悟浄は先程から出せる限りの高い声で叫んでいるが、その声は枯れているせいかガラガラで、ちょいちょい地声が混じっていた。 

「なんでって……何言ってんですか! プロテインは水に混ぜないと美味しくないでしょうが」

 キレ気味に、というか完全に逆ギレをかます八戒に対して、悟浄はこう思った。こいつ……まじで何を言っているの?

「それに、二時間ごとにタンパク質を取らないと、筋肉分解しちゃうじゃないですか。せっかく磨き上げた筋肉をこんなところで失うとか、死んだほうがマシですよ」

 逆ギレして捲し立ててくる八戒に我慢できなかった悟浄は、頭にガツンとゲンコツを振り下ろした。

「あんた、脳みそまで筋肉なんじゃないの。タンパク質補給の前に水分補給しないと、本当に死んじゃうでしょうが!」

「あ……」

 頭を押さえるようにいたがる八戒の目が、何かを察したように一瞬虚ろになった。

 少しの沈黙の後、シ―っと歯の間を空気が通る時の音が漏れる位息を吸い込み、首を動かして周りをみた。砂漠だ。

 自分の手に持っているものを確認した。プロテインだ。

 八戒は悟浄を覗くように見て、一言。

「やばくね」

「やばいわよ」

 悟浄は脊髄反射で答えた。

「やべ―じゃねえかよ、どうすんだよ。俺ら死んじまうじゃんかよ」

 やっと状況を理解した八戒は途端に叫びだし、慌てふためいた。恐らく状況の深刻さを表現しているのだろうが、上下に手を振るその揺れで、手に持っているバニラ味のプロテインは、さらにシェイクされて段々泡が多くなってきた。

 一応、本来プロテインでも水分補給はできなくもないが、八戒がいつも粉を多く入れるためプロテインが粉々しくなり、こんな非常事態には飲めたものではないのだ。

「どうすんのよ―。もう、あんたのせいなんだから、あんたが考えなさいよ―」

 悟浄は、振られた乙女のように手で顔を覆い、もうやだ、男なんて信じられないという感じで、泣き崩れた。そんな悟浄の今の顔は中々に酷く、汗と涙で崩れたアイシャドウとリップが、ホラ―映画に出てくるピエロのようになってしまい、子どもがギャン泣きするレベルで普通に怖くなっていた。

 こんな沙悟浄でも、元は捲簾大将という有望な天界の役人だったのです。が、ある日女装の趣味があることがバレてしまい、職場に居づらくなってしまったため、やけになってオカマバ―を開いて毎日のようにドンチャン騒ぎをしていた。

 ある日酔った勢いで、寝ているお釈迦様の顔にギャル風のメイクをしたことでブチ切れられてしまい、追放されてしまったのです。

 それからというもの、頭の皿が乾こうがメイクが崩れなければあたしは死なないわよと言って、メイクだけは欠かさなかったが、今それが大ピンチだった。

 そんな中々の曲者の二人を、家来にする三蔵法師はというと、言い争っている二人を、落ち着いてくださいとなだめている悟空の後ろで、物憂げに傍観していた。

 そして何を思い立ったのか、ふと空を見上げ、こう呟いた。

「も―さ、なんかめんどくね」

 三人が、何を言い出すんだ? というような怪訝そうな顔で、一斉に三蔵法師を見た。

「もう暑いしさ、ここらへんに俺らで村作って、それを天竺って名前にすればよくね?」

 三蔵法師が、巻物とかまじ知らねえし―、とけたけた笑ってるのを放っておいて、三人が示し合わせたように、互いの顔を見た。

 八戒がプロテインの蓋を開け一口飲むと、悟浄に渡した。悟浄も一口飲んで悟空に渡し、悟空は最後まで飲み干した。

 その後、悟空は二人の目を見てからタイミングを指示するように頷くと、二人はそれを了解したように頷き返した。

 暑いわ~と手をうちわのようにあおいで、あそこが天竺一丁目ね。んで、あそこが二丁目でと、勝手なことを言っている三蔵法師に向かい、息を合わせてこう言った。

「いいわけねえだろバカァ!!」


 とんちんかんな一行の旅は、これから始まる。






ここは地上から遥か遠く、どこまでも高い場所にある天界。真っ白な雲の上には、荘厳な宮殿が立ち並び、神々が気ままに日々を過ごしていた。


ある日の午後、その天界の一角で、何やら騒がしい声が響き渡っていた。声の主は、見るからに頭の悪そうな悪ガキ、天界のプリンスことナタ太子である。彼は今日もお気に入りの火尖槍を振り回し、無駄に高価な白磁の壺を片っ端から叩き割っていた。


「こら、ナタ太子! もうこんなことはしてはいけないよ。自分がされたら嫌だろう?」


注意していたのは、人間の姿をした猿。いや、正確に言えば猿の神様なのだが、まあ細かいことは置いておこう。その猿こそ、斉天大聖孫悟空である。彼はさすがは神様であって頭ごなしには怒らず、静かに優しく悟すように悪ガキへと説いていた。頭の中で想像してもらいやすいように、手振り身振りで優しく語りかける。なんとも優しい神様であった。


だが、ナタ太子はそんなこともつゆ知らず、「ヤダヤダ!」と赤ん坊のように駄々をこねはじめ、しまいには天界中に響き渡るような大きな声で泣きはじめてしまった。その声はやまびこのように反射して、どこまでも響き渡る。さすがの悟空も、急に泣き出したため落ち着かせることができず、わたわたとしてしまった。


すると、ナタ太子の泣き声に反応したのか、どこからか脳天に直接響くような、重低音の野太い声が聞こえてきた。


「だれだ!! 子供をいじめる馬鹿者は!」


その声を聞いた瞬間、悟空はビクンと体を震わせた。声の主に覚えがあったのだ。この天界で、この声の持ち主はただ一人。最高権力者であるお釈迦様である。


「お釈迦様、違います。私はこの童に、教えを説いていただけでございます!」


悟空は姿のない声の主に、身振り手振りで必死に弁明した。しかし、お釈迦様は聞く耳を持たない。重低音だった声は、まるでアンプを通したギターのように、さらにボリュームが大きくなった。


「孫悟空、また貴様の仕業か!! 何度言えばわかるのだ、今日という今日は許さん!!!」


孫悟空と呼ばれた猿は、声の大きさに思わず耳を塞ぎながらブンブンと頭を振り、「違うのです! どうか、私めの話を聞いてください!」と、見えない声の主に懇願した。


「ええい、黙れ。貴様の言い訳など聞きたくないわい!」


見えない声の主は一向に聞く耳を持たず、続けてこう言い放った。


「よいか! 貴様を地上送りとする。地上へ行き、己の罪を償う旅をしてこい!」


見えない声の主が言い放った直後、孫悟空の足元にあった雲が透明になったと思ったら次の瞬間、孫悟空は真っ逆さまにその穴の中へと落ちていった。


ここは、どこだ? 孫悟空が気づいた時には、とある山の中の大きな巌の下に閉じ込められ、身動きが取れずにいた。


こちらの孫悟空は斉天大聖という神様であり、真面目で利口かつ勤勉で大変優秀であった。にも関わらず、運が悪く犯人扱いされてしまったり、罪をなすりつけられたり、本人は何もしていないのに謝罪をさせられることも多々あった。今回も例にもれず冤罪だったのだが、釈迦の怒髪天をついてしまったために、下界に落とされてしまったわけである。だが温厚な孫悟空は誰かのせいにするわけではなく、「私にも至らぬ点があったのだろう。お釈迦様が私にも反省の機会を与えてくださったのだ。これを良い機会とし、この世界で奉仕をしようではないか」と、聖人のような悟りを開いた。


孫悟空は釈迦から共に旅をしろと言われた三蔵法師と名乗る人物がこの地を訪れるまで、己がこの地でどんなことができるか、人々のどんな役に立てるのかを、巌の下で考えながら待つことにした。


舞台は変わり、ここは日が昇る地の果てにある、聖なる宮殿。


その宮殿の最奥に、白金色の神秘的な部屋があった。真中の階段の頂きに、まるで今にも独りでに動き出しそうなおどろおどろしさと、周りの空間が歪んで見えてしまう程の神々しさを放つ、一つの玉座が置かれていた。座るもの全てを拒むような佇まいのその玉座に、鎮座を許されているものはただ一人。金の装飾が施された純白の被り物と袈裟を羽織り、全ての嘘を見透かすような鋭い目つきで、いかにも公明で諦念の境地に達していそうな、こちらの僧のみ。その僧こそが、この東の地の最高責任者である「公明な僧」、要するにお釈迦様直属の、最高位の役人だった。


そんな公明な僧がまじまじと見つめる瞰下の先には、片膝をつき頭を垂れている精悍な顔立ちをしている、若い僧がいた。彼の名は三蔵法師。この宮殿で一番の秀才で、誰もがその将来を嘱望する若きエリートである。


公明な僧は、重い扉をゆっくりと開けるように口を開き、見つめる先の若い僧へ天からの命のように、お告げを述べた。


「……三蔵法師。貴殿に、任を遣わす。西の果にあるという天竺へ赴き、そこから聖なる巻物を受け取り、この地へと持って帰ってくるのだ」


一句一句が、まるで経を唱えているようにとうとうとしているが、重厚で直接胸に響いてくるようだった。全ての言葉を聞き終えた三蔵法師は、ゆっくりと面を上げた。雲の上に座り、天界から見下ろす神のように佇んでいる公明な僧に、神妙な面持ちで口を開きこう答えた。


「……嫌です」


そう言い放った三蔵法師は、上げていた頭を再び垂れ、公明な僧へひれ伏した。


「……この任は極めて難題で、誰しもができるわけではない。貴殿の力量と、天稟を見極めた上での采配……え、今なんつった!?」


公明な僧は目を丸くし、座り直した。三蔵法師は再度、面を上げた。雲の上に座り、天界から見下ろす神のように佇んでいる公明な僧に、神妙な面持ちで口を開きこう答えた。


「……嫌です」


瞬き一つせずに、三蔵法師はもう一度同じ答えを放った。


「は? いや、え、なんで?」


一体何が起きてるのか分からず、混乱する公明な僧。そんな公明な僧へ、空気をまったく読まずド直球に三蔵法師は答えた。


「……めんどくさいからです」


三蔵法師は真顔のまま、一ミリも微動だにせずに答えた。「めんどくさい」という言葉は、この神聖な宮殿において、発言禁止用語リストのトップに君臨するはずだった。


「いや、嘘でしょ、お前ちょっと。え、いやありえねえだろ。なあ。俺、偉いんだぜ? なあ? お前もあのー、えーとさあ、まあまあわかってんだろ? 行かなきゃなんねえんだよ。それなのにさ、めんどくさいって。あのー、えー、どーゆーことなんだよ!!」


公明な僧は、さっきまでの言動と重鎮さが嘘のように簡素化し、鎮座している神々しい椅子も公明な僧が暴れるから踊っているかのようにバタバタと軋み、別の意味で生きているみたいに見えた。そんな公明な僧へ向かい、私は何も間違ったことは言っておりませんと言いたげな顔で、三蔵法師は続けた。


「私……歩くの、嫌いなんです」


公明な僧の口が、あんぐりと開いた。


「なので、その任は適している者へお告げください」


三蔵法師はまるで、弱き者を救うためにどうかお恵みを、と懇願するような佇まいで、公明な僧に頭を垂れた。ただ、その放つ言葉全てが、自分のことだけを考えての発言であったのは、言うまでもない。


公明な僧も、自分の下したお告げは流れる水のごとく滾々とし、断られた試しなどなかったために、電池の抜けたロボットのように思考が停止してしまった。閑寂としてしまった、宮殿の最奥。大局観の感性を持っているはずの公明な僧も、まだ恍惚としている。


「……それでは、私はこれで」


三蔵法師が、一仕事終えた職人のようによっこいしょと腰を上げ、潔く去ろうとした。頭が呆然としていた公明な僧が、それを聞いてはっと起き上がり呼び止めた。


「いや、ちょいちょいちょい、待って待って待って!」


もはや、さっきまでとは別人になってしまった公明な僧。


「なんでしょうか?」


それとは真逆の、冷静沈着を擬人化したような面持ちの三蔵法師。


「いや、あのね、話終わってないのよ」


「いや、でも。私歩くのが」


「うん、それはもう聞いた。分かったから。んじゃあ、あの……馬使っていいからさ。だからさ、あのー、それでいけ! もういけー!」


もうどうなってもいいわと、全てをぶん投げたようなお告げであった。


「いや……でも」


下を向き何かを言いたいけど、言えずに我慢しているような顔の三蔵法師に、「え、なに? なんかまだあんの?」もうやけになっている公明な僧は、呆れがちに聞いた。


三蔵法師は至極真面目な顔で、公明な僧を真っ直ぐに見つめた。まるで、私のことはどうなってもいいので、この願いを聞き入れてくださいと、救世主へ祈りを込めるように、こう言った。


「できれば、原付きのほうが」


「んなもんねえんだよ、バカァ!!」


唾を吐きちらしながら、閑散とした宮殿に今日一番の怒声が響いた。


舞台は変わり、とある山のとある巌。


「うーん。私はこの世界の人々に、どうやって奉仕ができるだろうか」


悟空は、冤罪により巌に閉じ込められたあの日から、ずっとこの世界の人々のためのことを考えていた。「そうだ。水が困っている人のために、川をひいてあげるのはどうだろうか。もしくは、井戸をほってさしあげよう。そうすれば水で困ることはなくなるな。うん、いい考えだ。よし、あとは、どんなことが私にできるだろうか」根っから善人の悟空は寝食を忘れ、奉仕のことばかりをずっと考えていた。


巌に閉じ込められた悟空だったが、この巌は山の中の小さな洞窟の中にあるため、そこを通る人はめったにいなく閑散としていた。そのため、通る人が来るとすれば必然的に、自分を迎えに来る三蔵法師であろうと、悟空はどんな奉仕をするか考える傍ら、来るのをずっと待ち焦がれていた。


「さあ、次はどんな奉仕をしようか。飢えに困っている人々を救うにはどうすればいいであろうか。米か、小麦か、それとも」


悟空が奉仕について、また考えはじめた。すると、どこからか足音が聞こえてきた。


カラン、コロン。カラン、コロン。


はじめは遠くの方で鳴っていたため、音が小さかったが、耳の良い孫悟空には聞こえていた。


カラン、コロン。カラン、コロン。


だんだん近付いてくるその音に、誰かが来たのだと悟空も確信した。きっと三蔵法師様がいらっしゃったのだ。私を迎えに来てくださったのだ。


カラン、コロン。カラン、コロン。


足音が、さらに近付いてくる。だが、その音は人の足音ではなく、一歩歩くだけで何か小さく硬いものがぶつかり合うような、リズミカルな音だった。悟空もそのことには気づいていたが、巌に閉じ込められているため、何が近づいてくるのかを確認することができなかった。


カラン、コロン。カラン、コロン。カラン、ボスン!


音が間近まで来たと思った次の瞬間、悟空の後頭部に、鈍器で殴られたのではないかというくらいの衝撃と重圧が襲いかかった。筆舌に尽くしがたい痛みに悶絶する悟空。


カラン、コロン。カラン、コロン。


まるで何事もなかったように、足音は流れるようにその場を通り過ぎた。悟空は思わず問いかけた。


「あの、三蔵法師様ではございませんか? 私です。孫悟空ですぅ」


足音が止んだ。気づいてくれたのか。悟空は安堵し、ふうと息を吐いた。数秒だけ沈黙が流れたが、また、カラン、コロン。と足音が鳴り始めた。


「あれ、法師様? 違うのですか? 私ですよ。孫悟空です」


更に大きな声で、悟空は三蔵法師と思わしき人をを呼び止めた。足音が止んだ。やはり三蔵法師様なんだ。悟空は心の中で確信した。


「ん? やっぱなんか声がするんだよな?」


悟空の予想通り、音の主は三蔵法師であった。が、訝しげに周りを見て、一言呟いた。


「……何もなくね?」


何もない、という声が聞こえ反応した悟空は、再度大きな声でアピールした。


「三蔵法師様ぁ、私ですぅ!」


見えない相手から、自分の名前を呼ばれた三蔵法師は、「え、何、なんかめっちゃ怖いんだけど」またカラン、コロン。と足音を鳴らし始めた。その音は先程よりも早く、悟空からどんどん遠のいていく。


「法師様ぁ。ここですぅ。私はここですぅ!」


孫悟空が、自分の場所を懸命に伝えた。三蔵法師が、また止まった。あたりを見渡しながら、左右の腕を組むように擦り、「え、なんなのまじで? 声するんだけど。怖いんですけど」キョロキョロと左右を見渡し、なにもないことを確認した。まさかなと、恐る恐るゆっくりと後ろを向いた。三蔵法師の目には、何も映っておらず、とりあえず、迫ってくる系のおばけの類じゃなかったと、安堵する三蔵法師。


もう早くここから出ようと思った時、後方にあった石が妙に気になった。やけに変なところに転がっているし、変な形をしている。三蔵法師がよくよく見てみると、石に毛のようなものも生えていて、ブルブルと揺れている。


「え、なんか石が動いてんだけど」


三蔵法師が気味悪がりながら、一応孫悟空を見つけた。


「違います、石じゃありません。私です。孫悟空ですぅ!」


「え、まじで?」


三蔵法師は、その名前に聞き覚えがあった。そう言えばお供に誰かを連れていけとか言ってたな。三蔵法師は原付きを借りれなかったので、公明な僧から借りた馬で渋々旅をしていたおり、視界が高くなっているため、巌の下に閉じ込められている孫悟空に気づかずでいたのだ。三蔵法師は馬から降り、おそるおそる近づいた。子供が得体のしれないものを、木の棒でツンツンとするように、杖でつついたみた。孫悟空はそれに反応し、頭をブンブンとこれでもかというくらい振りまわした。


「うわ、動いた」


暗闇に目が慣れた三蔵法師がよくよく見てみると、ようやく輪郭がはっきりと見えた。そして一言。「え、猿じゃん」と呟き、続いて「君誰?」と言った。


「ですから、孫悟空ですってばぁ!」


何回目だよと言いたそうな悟空が、泣き声混じりに言った。「それに猿って、一応私斉天大聖という神なんですが」あまり大きな声では言わなかったが、指が自由に動かせていれば、きっとモジモジさせていたであろうとわかるくらいに、言葉が弱々しかった。


「まあ、一人で行くのもだるかったし、連れてけって言われてたしな~。ん~、どうしよっかな~」


三蔵法師がそう呟き、小さく呆けた声であ~と言いながら考え込んだ。ポク、ポク、ポク、チーン。三蔵法師の頭の中で答えが出た。まあ、実際はそれっぽいことをしたかっただけで、特段何かを考えていた訳でもなく、何も閃いていないのであった。


「ま、いっか。それじゃあ、行きましょうか」


今日の晩ごはん? ああ適当でいいよと言うような感覚で、三蔵法師にお供に悟空を誘った。相も変わらず、この三蔵法師は適当である。


「かしこまりました。あなたとともに行きましょう。私もこの世界の役に立ちたいのです!」


こちらも相も変わらず、この孫悟空はお人好しというか、いい人すぎる。


「じゃ、行きますよ」


「はい! ゆきましょうぞ!」


三蔵法師のだらけた声に、悟空が威勢よく答えた。ふたりとも、微動だにしない。


「行きますよ。先は長いんですから」


「はい! 私もこの美しい世界を、早く見てみたいです!」


三蔵法師は少しだけ呆れ声に、悟空は先程よりも声が大きくなった。ふたりとも、微動だにしない。


「早くいきましょうよ。ここは熱くてたまりません。新作のアイスコーヒーを飲みに行きたいんですから」


三蔵法師が暑い暑いと、手をうちわのようにして仰いでいる。


「この世界の食物は、大変美味と聞きます。私もぜひ味わいたいです」


悟空は熱血教師のように、やる気に満ち満ちている。だが、ふたりとも、先程からずぅっと変わらない。


「いや、ですから早くしてくださいよ。行くって言ってるでしょ!」


三蔵法師が、買って買ってと駄々をこねまくる子供に、いい加減にしなさいと説教する親みたいにブチ切れた。


「いや、だったらここから出して助けてくださいよ。私待ってるんですから!」


さすがの悟空も、待ち合わせに二時間遅れた人に「いつまで待たせんだ」と説教する感覚でブチ切れた。


「どうやって助けろって言うんですか。私、重いものなんて持てませんよ」


腕立て伏せが五回位しかできなそうな、ガリガリに痩せてる三蔵法師が言うと、その言葉に説得力しかなかった。


「お坊様ならこう、お経とかを唱えて助けたりとかできないんですか?」


悟空が尋ねた。


「そんな便利なこと出来るわけないじゃないですか。青い猫型ロボットじゃあるまいし」


何を言っているんだと言いたそうに、呆れ混じりに三蔵法師が言った。すると、砂埃が入ったのか急に鼻が痒くなった三蔵法師は、大きなくしゃみをした。暗くて誰も気づかなかったが、悟空の上にドスンと座っている巌に貼られていた小さな御札が、三蔵法師のくしゃみの勢いでどこかへ飛んでいった。


「あれ?」


何かに気づいた悟空。


「どうかしたんですか?」


鼻をぐしゅぐしゅさせている三蔵法師が聞いた。


「体が、軽い!」


そう言った悟空が、よっこいしょと言うと同時に、ぼこりと音を立てた。そのまま手が出て足が出て、あれよあれよと言う間に巌から抜け出した。


「なんだ、出れるじゃないですか。出来るならはじめからやってくださいよ」


気だるげそうに、三蔵法師が言った。見るからに自分の何倍もの重さの巌から抜け出せば、普通ならば絶句するか発狂する場面であろう。だが、この三蔵法師にはそんなことすらどうでもよかったようだ。というか、何も考えていないだけか。


「あの、助けてもらっておいてなんですが、本当に法師の職の方なんですよね?」


疑って当然だろう。人が良い悟空も流石に聞いてしまうほど、ひどい気だるさ具合だ。


「当たり前じゃないですか、何を今更。ほら、免許証だってちゃんとありますよ」


三蔵法師が袖から、四角い何かを取り出してみせた。


「そんなものあるんですか? ちょっと見せてください……て、これ原付きの免許証じゃないですか!」


もしめんこ勝負をしていれば、相手のめんこが二回転位する勢いで悟空が地面に免許証を投げつけた。


「なにするんですか、私の大事な免許証に!」


そう言った三蔵法師は、気だるげそうにゆっくりと動いて免許証を拾い、そのままのそのそと動きながら馬に跨った。そして何事もなかったかのように佇んだ表情で、こう言った。


「それじゃあ、行きましょうか」


先程までの姿が嘘のようで、今は優しさと誇りを持った顔つきが、まるで歴戦の戦士が旅立つ瞬間のようだった。普段は堕落していても、やるときはやる方なのだな。そう思った悟空は、忠誠を誓う家臣のように力強く答えた。


「はい、お供いたします!」


歩き出す二人が見据えた先に、光が見えた。洞窟の出口だ。あそこを抜けた先で、幾多の冒険が始まろうとしている。これから何が待っているのだろう。


二人の冒険はこれから……


「あれ?」


突然、三蔵法師が呟いた。


「どうかしました?」


悟空が尋ねた。


三蔵法師が右手を見つめ、ニギニギさせながら言った。


「私の杖は、どこに行きました?」


「あれ? さっきまで持ってましたよね」


後ろを振り返りながら、悟空が尋ねた。三蔵法師も振り返り、二人で歩いてきた箇所を一マスずつ辿って行くように見てみた。目が出口の明かりに慣れてしまったため、認識まで時間がかかったが、悟空が閉じ込められていた場所の近くに、棒のようなものが落ちているのが見えた。


「あ、あれじゃないですか?」


先に見つけた悟空が答えた。


「え、どれです?」


まだ見つけられてないのか、三蔵法師が暗闇を凝視している。


「ほら、あそこですよ。私がいた場所の近くです」


悟空が指さして、三蔵法師に教えた。三蔵法師も遠くを見つめるように薄目で探し、ようやく見つけた。


「あー、あれです、あれです。いやー、よかった。はっはっは。もう、忘れるなんて、おっちょこちょいさんですねぇ、ほんと」


三蔵法師が似合わないのに、休日に優雅に過ごす富豪のような笑い方をしてみせた。


「まあ、忘れることは誰でもありますよね」


悟空は、特段いつもと変わらず答えた。


「ほんと、次からは気をつけてくださいね」


ぽんと悟空の肩を叩き、三蔵法師がそう言った。


「はい? わたしですか?」


なぜ自分が悪いのか分からない悟空に、三蔵法師は続けて言った。


「いや、あなた私のお供なんですから、あなたがこれから持ってくださいよ。ほら、早く持ってきてー」


三蔵法師が杖を指さし、あれが欲しい、ママ買ってーと駄々をこねる子どものように、馬に跨っているのに危なっかしく全身を使ってバタバタさせている。今更だがこの三蔵法師、顔に似合わず中々幼稚である。というか、だめな大人の教科書のようなダメっぷりだ。


「いや、あなたのものなんですから、あなたが持ってくださいよ!」


悟空も反論する。というかこちらが普通に正論である。だが、間髪入れずに三蔵法師は、「嫌です。あれ地味に重いんで、あなたに任せます。これは命令ですよ」と言う始末。


なんて理不尽なんだ。俗に言う上司ガチャに外れた気分だ。そう思いつつも、なんやかんや人が良い悟空は、はぁとため息を吐きながら、とぼとぼと歩いて杖を拾い上げた。戻ってきた悟空は、ほら、持ってきましたよと言わんばかりに、杖の先の方を持ち、柄の部分を自分の肩にポンポンと叩いてみせた。それを見た三蔵法師も、自分の言う事を聞いた悟空に満足したのか、すかした顔をしながらと両手を上に向け、同時に両肩を上げ、まるで外人のコメディ番組のようにこう言った。


「全く、先が思いやられますね」


「どの口で言ってんですか!!」


悟空が、生まれて初めてブチ切れた瞬間であった。


その後なんやかんや色々あって、体脂肪率一桁の筋骨隆々の猪八戒と、頭の皿を鏡代わりにして化粧をしていたオネエの沙悟浄を仲間に加わえて、天竺へ向かうことになった。


一行は、広大なとある砂漠を横断していた。


「おい八戒、水を取ってくれ」


三蔵法師が今にも倒れそうなつらい顔で、八戒に手を伸ばした。


「はい、どうぞ」


八戒は、三蔵法師に水筒を手渡した。三蔵法師は蓋を開けて、中身を乾いた口に含んだ。が、飲み込む手前で、ぶはっと吐き出した。


「え? なんだこれ。水じゃないぞ」


三蔵法師が、予想外の物が口に入ってきて驚いていると、「え? プロテインですけど」八戒が、何かおかしいですか?と言いたげな顔で答えた。続け様に「いや、何してんすか法師様。もったいないじゃないですか」と、若干逆ギレ気味に言った。


「いや、あの……水は?」


歩くのが嫌いな三蔵法師だったが、砂漠のためうまく馬に乗れずに、仕方なく歩いていた。かつ、この暑さの中で水分補給をしそこねたので、若干恨めしそうに聞いた。


「ありませんよ」


なぜか清々しい顔で、八戒は答えた。


「え? ないって、どゆこと?」


事の次第を理解しきれていない三蔵法師が、プロテインでベトベトな口元を拭うこともそっちのけで、再度八戒に聞いた。


「全部プロテインに溶かしましたんで、水はないっす」


三蔵法師を含め、杖を持っていた悟空と馬を引いていた沙悟浄の思考も止まった。少しの沈黙の中、三人の思考回路が、「どういうことだ?」から「こいつ何してんだ」に切り替わったあたりで、悟浄がおそるおそる尋ねた。


「ひょっとして、あんた。あたしの預けた水も全部ないってこと?」


悟浄は、「あたし重い物もてないからあんたに預けるわ」と、八戒に水を預けていたのだ。


「もちろん、全部混ぜました」


主人公の決めポーズのように親指を立てて、胸を張って答えた八戒。


悟浄はそれを聞いた途端、八戒の胸ぐらをまるで獲物をつかむ猛禽類のようにガシッと鷲掴んで、振り回すように揺さぶった。


「ふざけんじゃないわよあんた! この先のあたし達の水はどうすんのよ!」


悟浄は、汗で分厚いメイクが崩れても、疲れでしんどくなっても、「乙女の気合よ」と言って何とか保っていた。だが、水を失うという命の危機に瀕し、気合という堤防が決壊した今や、鬼の形相になって八戒に襲いかかった。肌を白塗りしてたことも相まって、顔が般若の面にしか見えなかった。


「大丈夫ですよ。安心してください」


その後の言葉に、「履いてますよ」と続くような決めゼリフを言って、八戒は少し落ち着きを見せた顔をした。流石は元は天蓬元帥と呼ばれ、かつて天界の兵士達を導く存在であり、幾重の困難も打ち払った勇敢な男だ。この問題解決のための秘策がきっとあるのだろう。


「プロテインの味は、バニラです」


いや、ただの筋肉バカであった。そもそもこいつが天界を追放されたのも、筋トレをしすぎて仕事をしなくて、お釈迦様がブチ切れたからであった。


「そういうことじゃないでしょ! 筋肉バカのあんたと一緒にしないでよ! なんで全部混ぜたのかって言ってんのよ!」


家の中に虫が入ってきて悲鳴をあげるように、悟浄は先程から出せる限りの高い声で叫んでいるが、その声は枯れているせいかガラガラで、ちょいちょい地声が混じっていた。


「なんでって……何言ってんですか! プロテインは水に混ぜないと美味しくないでしょうが!」


キレ気味に、というか完全に逆ギレをかます八戒に対して、悟浄はこう思った。こいつ……まじで何を言っているの?


「それに、二時間ごとにタンパク質を取らないと、筋肉分解しちゃうじゃないですか。せっかく磨き上げた筋肉をこんなところで失うとか、死んだほうがマシですよ!」


逆ギレして捲し立ててくる八戒に我慢できなかった悟浄は、頭にガツンとゲンコツを振り下ろした。


「あんた、脳みそまで筋肉なんじゃないの! タンパク質補給の前に水分補給しないと、本当に死んじゃうでしょうが!」


「あ……」


頭を押さえるようにいたがる八戒の目が、何かを察したように一瞬虚ろになった。少しの沈黙の後、シーっと歯の間を空気が通る時の音が漏れる位息を吸い込み、首を動かして周りをみた。砂漠だ。自分の手に持っているものを確認した。プロテインだ。八戒は悟浄を覗くように見て、一言。


「やばくね」


「やばいわよ」


悟浄は脊髄反射で答えた。


「やべーじゃねえかよ、どうすんだよ。俺ら死んじまうじゃんかよ!」


やっと状況を理解した八戒は途端に叫びだし、慌てふためいた。恐らく状況の深刻さを表現しているのだろうが、上下に手を振るその揺れで、手に持っているバニラ味のプロテインは、さらにシェイクされて段々泡が多くなってきた。一応、本来プロテインでも水分補給はできなくもないが、八戒がいつも粉を多く入れるためプロテインが粉々しくなり、こんな非常事態には飲めたものではないのだ。


「どうすんのよー! もう、あんたのせいなんだから、あんたが考えなさいよー!」


悟浄は、振られた乙女のように手で顔を覆い、もうやだ、男なんて信じられないという感じで、泣き崩れた。そんな悟浄の今の顔は中々に酷く、汗と涙で崩れたアイシャドウとリップが、ホラー映画に出てくるピエロのようになってしまい、子どもがギャン泣きするレベルで普通に怖くなっていた。


こんな沙悟浄でも、元は捲簾大将という有望な天界の役人だったのだ。が、ある日女装の趣味があることがバレてしまい、職場に居づらくなってしまったため、やけになってオカマバーを開いて毎日のようにドンチャン騒ぎをしていた。ある日酔った勢いで、寝ているお釈迦様の顔にギャル風のメイクをしたことでブチ切れられてしまい、追放されてしまったのである。それからというもの、頭の皿が乾こうがメイクが崩れなければあたしは死なないわよと言って、メイクだけは欠かさなかったが、今それが大ピンチだった。


そんな中々の曲者の二人を、家来にする三蔵法師はというと、言い争っている二人を、落ち着いてくださいとなだめている悟空の後ろで、物憂げに傍観していた。そして何を思い立ったのか、ふと空を見上げ、こう呟いた。


「もーさ、なんかめんどくね」


三人が、何を言い出すんだ?というような怪訝そうな顔で、一斉に三蔵法師を見た。


「もう暑いしさ、ここらへんに俺らで村作って、それを天竺って名前にすればよくね?」


三蔵法師が、巻物とかまじ知らねえしー、とけたけた笑っているのを放っておいて、三人が示し合わせたように、互いの顔を見た。八戒がプロテインの蓋を開け一口飲むと、悟浄に渡した。悟浄も一口飲んで悟空に渡し、悟空は最後まで飲み干した。その後、悟空は二人の目を見てからタイミングを指示するように頷くと、二人はそれを了解したように頷き返した。


暑いわ~と手をうちわのようにあおいで、「あそこが天竺一丁目ね。んで、あそこが二丁目で」と、勝手なことを言っている三蔵法師に向かい、息を合わせてこう言った。


「いいわけねえだろバカァ!!」


とんちんかんな一行の、伝説の旅はこれから始まる。しかし、天竺にたどり着く前に、砂漠で全滅する可能性も、なきにしもあらずであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新解釈 西遊記 御戸代天真 @Pegasus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画