お手伝いアンドロイド
流城承太郎
お手伝いアンドロイド
ドアホンが鳴った。
エイチ氏はドアホンのモニターを確認した。
玄関の前に立っているのは、タブレットPCを抱えたスーツ姿の男だった。
男は二体の
アンドロイドたちは直立不動で男の後ろにひかえている。
見覚えがない連中だ。いったいなんなのだ。
エイチ氏は首をひねった。
ドアホン越しに用件をたずねたエイチ氏に男が答える。
「お忙しいところ、すみません。お手伝いAIロボットのご案内にまいりました」
「頼んだ覚えはない。持って帰ってくれ」
「そうおっしゃらず、お話だけでも」
「セールスというわけか。いいだろう。聞いてやる」
どうせ暇なのだ。
それに自家用アンドロイドに興味がないわけでもない。
今や、金持ちの家庭ならアンドロイドの一つや二つは備えられているものだった。
エイチ氏は玄関ドアを開けた。
男が差し出した名刺には『お手伝いAIロボット研究所 有限会社オートマトン・ラボ』と書かれていた。
「弊社は創業三十年の老舗でして、創業以来、高性能AIロボットの研究開発をしてまいりました」
「聞いたことない会社だな。まあいい。さっさとAIロボットとやらの説明をしろ」
「はい。では――」
セールスマンは愛想笑いを崩さずに商品案内を始めた。
「――いかがでしょう」
「ふうん。一日十回の命令しか聞いてくれないのか」
「それはベーシック・プランの場合でございます。それにですね――、
『朝、やさしく声を掛けて起こす』
『布団を片付けておく』
『好みの味で紅茶を入れる』
『朝食の準備をする』
『一日のスケジュールを教える』
『出かけている間に部屋の掃除をする』
『洗濯物をする』
『帰宅前に風呂の準備をしておく』
『夕食の準備をする』
『ベットメイクする』
――これだけやって、やっと十回です」
セールスマンは、この質問に答え慣れているらしい。すらすらと言ってみせた。
「ふうむ。意外と色々できるものだな」
「左様でございます。それにですね、高性能AIが搭載されておりますので、一つの命令について詳細をくどくどご説明していただく必要はございません。たとえば『洗濯しろ』とお命じになるだけで、洗濯機の準備から洗濯物を干してたたむところまで自動で行います」
「うん。それはいいな」
「それにですね、回数制限はゴールド・プラン以上で契約していただきますと解除されます」
「ゴールド・プランは高いな。十倍以上もするじゃないか」
「それでも他社のサービスと比べますと、半額以下となっております」
セールスマンは、タブレットの画面で他社比較グラフを見せた。
「安すぎて怪しいな。大丈夫かきみの会社。どっかの国の製品みたいに大爆発を起こすんじゃないだろうな」
「いえ、決してそのような」
セールスマンはハンカチで額の汗をぬぐうと続ける。
「弊社では最近ついに他社をしのぐようなアンドロイドの開発に成功いたしまして、今は売り出しのために特別価格でご奉仕させていただいております。お客様、今がチャンスです。今、ご契約いただけますと、十年はこの金額でのサービスを保証いたします」
「なかなか、うまいこと言うじゃないか。考えてやってもいいがクーリングオフはあるんだろうな」
「もちろんでございます。一番お安いプランではございますが、お試し期間もございます。いかがでしょう」
「いいだろう。試してやる」
「ありがとうございます。では本日ご用意しております、こちらの二体からお選びください。タイプ1とタイプ2がございます。」
セールスマンは後ろにひかえているアンドロイドを指し示した。
どちらも中性的ではあるが、男型と女型であるように見える。
「最近は、諸事情によりましてこう呼んでおります」
エイチ氏のけげんな表情を察してセールスマンは言い足した。
「そんな余計な情報もDEIも不要だ。だいたい呼び名が変わっただけじゃないか」
「ははあ、すみません。会社の方針でして」
セールスマンはまた汗をハンカチでぬぐった。
セールスマンが帰った後、エイチ氏はさっそくアンドロイドの性能を試してみた。
なかなか具合が良い。
昼食を作れと命じると、冷蔵庫の中から使える材料で料理を作り、皿洗いをするところまでやってくれる。そこまでセットの命令というわけだ。
ほかの命令でも同様だった。たまに質問を返されることはあったが、おおむねAIが環境を解釈して万事うまくやってくれた。
そこへ、なじみの悪魔がやってきた。
「またおまえか。呼んでないぞ。なんの用だ」
エイチ氏は訊いた。
「つれないですねえ。例のお話についてそろそろ決めていただけないかと思いまして」
「契約は破棄しないぞ」
「そう、おっしゃらずに」
「いや待て、そうだ。良いところへ来た。わが家でもついに自家用アンドロイドを導入したんだが、月額が高くてな。おまえのところに代わりになる奴隷はいないか」
「また、妙なことをお考えになりましたねえ。お金ならいくらもお持ちでしょうに。魔界も人手不足でしてどうも」
「何が妙だ。魂を売ってやってるんだから、それくらいしてくれてもいいだろう。契約不履行で訴えるぞ」
「すみません、すみません、どうかそれだけはご勘弁を。上司に相談してみます」
悪魔はぺこぺこと頭を下げると、煙になって退散した。
あいかわらず使えないやつだ。
雨が降ってきた。
洗濯の命令を実行中のアンドロイドが、干していた洗濯物を素早く取り込んだ。
アンドロイドは賢い。悪魔のやつより十倍は役に立つ。
ポツリ。
ふと、部屋の中でくつろいでいたエイチ氏の頭の上に水滴が垂れてきた。
これはいけない。
「おいアンドロイド。雨漏りがする。屋根へ上がって穴をふさいでこい。ついでにテレビのアンテナも外せ。テレビ屋の取り立てがわずらわしいからな」
「かしこまりました。工具と梯子をお借りできますでしょうか」
「工具はそこの物置の中だ。梯子はないな。なんとかしろ」
「梯子がないと屋根の修理はできません」
「なんだと」
怒ったエイチ氏はすぐにオートマトン・ラボ社のセールスマンに電話をした。
「おい、お前のところのアンドロイドが仕事をしないぞ。どういうことなんだ」
エイチ氏は声を荒らげながら、ことの次第を説明した。
「おそれいりますが、その場合、梯子をご用意していただければ……」
「手伝いロボットなら、それくらい自分でなんとかするようにしろ。ロケットをつけるとかだな」
「ロケットですか……あ、それでしたら、弊社が現在開発中の飛行ユニットがございます。マニアの方向けに開発したものでして。速度は出ませんが、見た目についてはマーケティング調査で好評をいただいておりまして――」
「なんでもかまわん。それを持ってこい」
一時間後。
オートマトン・ラボ社のセールスマンが作業員と連れ立って、白い翼のようなものを持ってきた。
「遅いじゃないか。もう雨が上がってしまったぞ」
エイチ氏はさっそくかみついた。
「申し訳ございません。会社に許可を得るのに手間取ってしまいまして。なにしろ開発中のもので、外で使うのは初めてとなります。今回はお客様にテスターとなっていただくということで説得してまいりました」
「テストか。爆発するんじゃないだろうな。家が破損したら弁償してもらうぞ」
「屋内テストは何度も繰り返しておりまして、発売も間近でございます。決してそのようなことないかと……」
セールスマンが答えている間にも、作業員がアンドロイドに一対の羽を取り付け始めた。
「こちらが近日、売り出し予定の最新オプション『ツバサ・ユニット』でございます」
バージョンアップが終わると、セールスマンは誇らしげに言った。
「羽がずいぶんと重そうだが、ほんとうにこんなものが飛ぶのか」
鳥人間のようになったアンドロイドの姿を見て、エイチ氏は首をひねった。
「見た目は、コスプレ好きな方のご要望にお応えするデザインとなっておりまして……。変わってはおりますが、実際に飛行することは実証済みでございます」
「まあいい。やってみれば分かる。よしアンドロイド、屋根の修理をしろ」
エイチ氏の命令を受けたアンドロイドは翼を羽ばたかせ、ふわりと宙へ飛んだ。
「おお」
思わず感嘆の声をもらしたエイチ氏に、セールスマンも満面の笑みを浮かべた。
しかし、その笑みはだんだんと曇っていった。
アンドロイドは屋根を超え、さらに上空へと飛んでいく。
「おい、どういうことだ。どこへ行くつもりなんだ。戻ってこい」
エイチ氏は命令したが、アンドロイドは戻ってくるどころか、どんどんと空へ向かって上昇していく。
やがてアンドロイドは雲の上へ消えてしまった。
ぺこぺこと頭を下げてセールスマンと作業員が帰った後、また悪魔がやって来た。
不機嫌なエイチ氏がたずねる。
「なんだ。またお前か。今度はなんだ」
「はい。上司に相談しまして、奴隷を連れてまいりました」
悪魔の答えに、エイチ氏は喜んだ。
「おまえもたまには役に立つな。ちょうどアンドロイドがいなくなったところだ」
「そうだったのですか。お役に立てそうでなによりです」
悪魔が言い終わるや否や、煙に包まれて何か人型のものが現れた。
「なんだ、それは」
見るなりエイチ氏は言った。
「見ての通り、奴隷ですが」
「それはAIロボットとか言うやつだろう。さっきまで来ていたセールスマンが連れていたタイプ2とかいうのにそっくりだ」
「はて。セールスマンですか」
呑み込めない様子の悪魔に、エイチ氏は一部始終を説明した。
「オートマトン・ラボ社とかいう聞いたこともない会社でな。ぜんぜんだめだった。後で慰謝料を請求してやる」
「なるほど。オートマトン・ラボ社ですか。その会社のアンドロイドなら、たしかにうちが提供しているこの奴隷と同じです」
「そうだろう。いや待て。どういうことだ」
「オートマトン・ラボ社の社長は近頃、わたくしどもと契約をしまして、それでうちの奴隷を貸し出しているんです。おかげで魔界は人手不足なんですよ」
「そうか。道理で賢いわけだ。お前よりも賢かったぞ」
「またまたご冗談を。まあでも確かに元は天使ですから、頭はいいかもしれません」
「あれは天使なのか。なるほどそれで……」
「はい。魔界ではつかまえた天使の羽をむしって改造を加え、奴隷として使っております」
なるほど、それで羽を与えたとたんに天へ帰ってしまったのだ。
了
お手伝いアンドロイド 流城承太郎 @JoJoStromkirk
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