雨の日
恐竜洗車
雨の日
さめざめと雨が降っていた。
窓ガラス越しに雨空を眺めていた少年は、ソファでくつろぐ父に向かって尋ねた。
「ねえお父さん、どうして雨は降るの?」
新聞を読んでいた父は顔を上げ、少年のほうを向いた。
「どうしてって?」
「だって、雨なんて降らないほうがいいでしょ? 身体はぬれるし、冷たいし、外にだって出られない」
子供の疑問は純粋だった。父は頭を掻き、小さくうなってから答えた。
「そうだな。確かに雨ってのは厄介だ。お出かけもしづらいし、洗濯物も干せやしない。湿気でジメジメもするな。でもいいことだってあるんだ」
「いいことって、なに?」
少年は目を丸くしている。
「例えばだよ。お花とか野菜とかの植物は、水をあげないと枯れてしまうよな? 普通は人間がじょうろやホースで水をあげるけど、雨も同じことをしてくれる。人間に世話をされてない植物も、雨が降れば生きていけるんだ」
父はそれらしいことを答えてみせた。しかし少年は納得していない。
「でもそれは人間に関係ないじゃないか。人間に世話されてないってことは、人間に必要とされてないってことでしょ? そんないらない植物を生かしてくれたって、いいことなんてない。やっぱり雨なんて降らないほうがいいんだ」
父は困り果てた。幼い子供に雨が降ることの大切さを伝えるのは難しい。子供にとって雨とは、自分の人生の遊びや楽しみを潰してしまう災厄なのだ。
難儀した父は再び新聞に目をやった。するとある記事が飛び込んできた。彼はこれだ、と思い、また息子のほうを向いた。
「いや、人間にとっていいこともある。これをみてくれ」
彼は新聞の端を指さした。少年も興味を持ってその箇所を見る。
そこに書いてあるのは昨年起きた殺人事件の記事だった。被害者の女性は雨の日に殺され、未だ犯人への手がかりは無しということが書かれている。
「この事件が未だに解決していないのは、被害者が雨の日に殺されたからだ。雨というのは犯人への手がかりを消してしまう。血や指紋や足跡といったものを、全て洗い流してしまうんだ。だから犯罪をする人間にとっては、雨が降ってくれたほうがいいんだよ」
「ふうん」
雨はさめざめと降っていた。父はソファから立ち上がった。
「今日は冷えるな。ちょっとスープでも作ろうか。きっと温まるよ」
「うん」
父は台所に向かった。
台所に立って鍋をかき混ぜる父に、少年は尋ねた。
「ねえお父さん、どうしてお母さんを殺したの?」
父はゆっくりと鍋を混ぜながら答えた。
「あの日、雨が降っていたからだよ。雨は全てを洗い流してくれる。雨が降っている日は、人を殺してもいいんだ」
「そうなんだ」
少年は納得した。彼は窓から離れ、父のいる台所に向かい、洗い場に置いてあった包丁を手に取った。
少年は料理をする父の背に、全力で包丁を突き立てた。
父は崩れ落ちた。胎児のように丸まって台所の床に倒れこんだ。深い刺し傷から、とめどなく鮮血が溢れている。少年の身体にも返り血が飛び散った。しかし何も心配はいらなかった。どんなに血で汚れても、雨が全て洗い流してくれるのだから。
少年は家の外に出た。雨はさめざめと降り続いている。身体に当たる雫が冷たくて気持ちいい。彼は両手を広げて雨を受け入れた。
生まれて初めて、少年は雨の素晴らしさを知った。
雨の日 恐竜洗車 @dainatank
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