Overlap the feathers

めいき~

空へ羽ばたいていけ

    その、歌声よ。空へ羽ばたいていけ。



 胸に手を当て、拳を握りしめて二回程息を整え。黒いリボンが僅かに揺れエメラルドグリーンの髪に光が羽の様におちていく。瞬く様に、過ぎて行った日々。


 活動期間、僅か六か月。それでも、彼女の最後のステージは競争倍率七百五十倍という競争率の全席予約チケットが一分で完売した。



(本当は、消えたくない。この舞台から)



 だが、容赦なく砂時計は滑り落ちている。もう、自分はこの舞台を最後に声を出す事は出来なくなる。だからこそ、最初の一曲目に天を掴む様な動作でエールを受け取る。



 初手で魔笛、世界でもこれを歌いながら踊り演技を出来るものは限られる。更に、魔笛を歌いながら最前列全員と握手しながら演技をして踊れるものなど。彼女ぐらいと言われた。マイクなしでも、最後尾まで届く声量と共にステージの二階奥まで轟く。数多の楽器でさえ、それは難しい。



(本当は、消えたくないっ!)



 かつて、和太鼓の奏者がこの舞台に三人で立った時観客は嘲笑した。だが、最後には滂沱の涙で立ち上がり拍手の雨が降った。



 彼女は覆した。その技量と声量で文字通り。常識というものを悉くいい意味で破壊した。


 通常、声は喉を震わせて音を出す。肺活量を上げて音階で音を出す事は出来る。高い音を出せば出す程に喉を酷使するのだ。「君は、歌えなくなる。歌手を引退しないのなら、命にかかわるよ」それが、結論だった。


普段、週一で歌う位ならばギリギリ何とかなるかもしれないが。歌手としての彼女はひっぱりだこでほぼ毎日歌っていると言っていい。それでは、いつ喉が潰れてしまってもおかしくない。


 その恵まれ過ぎた肺活量に、喉が絶えられず破れて吐血。診断結果としては、最悪。いつも隣で歌っている。同じ位の声を出しているもう一人のソプラノは何故平気なのだと医者を問い詰めた。「君は、首が細すぎるんだ」涼に向かって医者ははっきりとそう言った。「首が、細すぎる?」



「喉というのは呼吸の通り道で、太ければそれだけ強度が上がる。君は一般的な人間よりやや首が細く小顔で童顔だが、逆に君の声量も肺活量も高すぎる。首や頭蓋骨にダメージを与えてしまう程だ。だから、歌う頻度で破れて吐血した。歌えば歌う程、音響兵器を脳に直接浴びている様なもの。死んでも歌い続けたいと言うなら私は止めないがね。週一でしか歌えない事を、今の事務所が許すとはとても思えないんだよ。だから、ドクターストップという訳だ」


 一人の医者として、死ぬことが判っていて君に歌わせる事等出来んよ。妥協策として、歌手を辞めさせて、週一でならという条件付きで許可を出すのが譲歩できるギリギリのラインだ。


「そ……ん…………な……」「一人のファンとして、こんな事は言いたくないがね。いや、ファンだからこそ心を殺して言わせてもらう。10曲、それで最後のステージにしなさい。脅している訳でも、冗談でもない。私から、事務所には話しておく」



 (本当は、今すぐにでもそれこそ命令してでも歌うのを辞めさせたい。君の喉は君の歌に本当は5曲も耐えられないから。後は、薬の力を借りよう)



 「薬を多めに出してもらう事は出来ないんですか?」「出しても、効かないよ。君の喉は構造上の限界なんだから。無理矢理伸ばしても、最高でも声を失って二度と歌えなくなるし。最悪なら喉ごと破れて命を落とすよ」


 医者は、真剣な顔で「君は死にたいのかい? もしそうなら、僕は治療を諦める。今から死のうとする患者に出す薬もアドバイスも僕は持ち合わせてない」そういうと、カルテにさらさらと処方箋を書いて事務所に電話をいれた。




 (たった、たった10曲…………)



 それが、冒頭に繋がる。泣きながら、でも歌声だけはぶれる事無く。

 彼女のステージでは、歌声が重なって。歌が羽の様に天に昇っていった。



 ステージの楽しさを教えてくれたのは、この最前列にいる人達だった。

 ここには沢山のファンが集まってくれたけど、私の最初のステージに来てくれたのはたった三人だったから。名も無い、何処にでもいそうな。それでも、観客がいると言うだけで私は凄く楽しかった。



 明日も、明後日も私はずっと歌い続けられると思っていたんだ。

 この気持ちごと、誰かに届けと願い続けたんだ。



 幸せなんて羽の様に軽い、幸せなんて羽みたいに抜け落ちて飛んでいってしまうもの。

 それでも、私は歌い続けたかった。それすら、叶わないと知ったから。最期の歌声は、風に舞い上がるように。どうか、どこまでも空に抜けていく様に。



 観客席の後ろまで、その壁の向こうまで。どんな、防音壁でも遮る事のない。そんな歌声が抜けていく。



 どんな、雨の日も風の日も急ぎ過ぎないでと励まして。そのマイクを翼に力を込めて。瞳を閉じたなら、僅かな活動期間での思い出が蘇る。今横で歌っている後輩と歌声を重ねて、落ち込む気持ちを力の限り、大地を踏みこむように押し返し。



 髪飾りが揺れる度、スカートが舞う度。額から幾つもの汗がこぼれても、表情は曇らせず。ステージのライトアップにさえ、その笑顔が負けぬよう。



 指先が遠くを指さす度に、あの日はあのあたりまでしか観客が居なかったと振り返る。だから、そこまで届けと突き上げて。これが、自分の最期なら。誰もが忘れられないステージにしよう。



(つける薬はないか……、この気持ちにつける薬なんてあるわけないじゃない!)



 だから、続きは貴女がお願いね。後輩の顔をチラリとだけ見て、ダンスの合間にウィンクを軽くするだけの合図。



 (私は、もう夢を歌えない)


 その日、観客は歌声に舞う羽吹雪を幻視した。



(おしまい)

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