とあるマンションの毛羽毛現

ナイカナ・S・ガシャンナ

あるOLの話

 あなたは今、幽霊が自分の家にいるかどうか分かりますか?

 普通、霊能者でもない限りは分からないと思います。でも、それを確かめるテストがあるんですよ。


1.まずは目を閉じて心を落ち着かせて下さい。

2.次に自分の家の玄関に立っている自分を想像して下さい。

3.家の中に入り、家中の扉を一つずつ開けていって下さい。

4.全部の扉を開けたら、今度は一つずつ閉めていって下さい。

5.全部の扉を閉め終わったら玄関に戻ります。


 この頭の中で行われた一連の作業の中で、部屋に中に何かの気配がいたり、廊下で誰かとすれ違ったりするような事がありましたら……貴方の家には今、霊がいます。

 ――というテストです。


 私、この間、飲み会の席でこのテストをやってみまして、そうしたらいたんですよ。私が住んでいるマンションの一室に見知らぬ女性が。髪が長くて虚ろな目をした、私と同い年くらいの女の人が。

 その時は酔っ払っていたので、「えー怖いー」、「もう家に帰れないー」って笑い合って、すぐに忘れてしまったんですけど、家に帰ったら途端に思い出しました。だって、居間のフローリングの床に落ちていたんです。



 ……長い髪の毛が一本だけ。



 いえ、私の髪の毛じゃありません。当時の私の髪形はボブカットで、長くても顎下までしかありませんでした。でも、その髪の毛はどう短く見ても一メートルは超えていたんです。

 気味が悪く思いましたけど、その時はまだ酒気が抜けていなくて、私はその髪の毛をゴミ箱に捨てただけで済ませました。


 けれども、それで終わりじゃありませんでした。翌日、仕事から家に帰ったらまた髪の毛が落ちていたんです。今度は二本でした。

 その次の日は四本、その次の日は八本。どんどん本数が増えていきました。落ちている場所も居間だけじゃなくて、台所や玄関なんかでも見つかるようになりました。ある日には二十本以上の髪の毛が洗面台の排水溝に詰まっていました。窓の鍵に絡まっていたり、蛇口から出てきたりした事もありました。


 いえ、警察には連絡していません。私も相談しようと何度も悩んだのですが、自分のじゃない髪の毛が落ちている以外は特に異常はなくて。何も盗まれた物がないのに警察に相談するのは気が引けてしまって。それに、オカルト過ぎて信じて貰えないと思ってしまいましたし。結局、最後まで警察に行く事はしませんでした。


 でも、やっぱり不安ですから、インターネットで除霊のやり方を検索して、色々試していました。部屋の四隅に塩を盛ったり、お寺から買ったお札を窓に貼ったり、パワーストーンを枕元に置いてみたりしました。


 その甲斐があったのかどうか分かりませんけど、ある日、髪の毛が現れるのが一旦は途絶えました。

 よかった、除霊が効いたんだ。これでもう助かった。そう安堵していました。



 ……その十日後の事です。


 私が入浴している時でした。頭を洗っている時に、背中に何かが触れたんです。ぴとりと貼り付くような触感が最初は何なのか分からなかったんですけど、すぐに気付きました。十日前の数日間、触れ続けていた髪の毛と同じという事に。


 恐る恐る顔を上げると、鏡の中に何かが映っていました。それはテストで見た女性ではありませんでした。長い髪の毛に覆われた何か、シルエットがかろうじて人型なだけの、人かどうかすら分からないものでした。髪の毛の隙間から大小様々な目が五、六個覗いていました。


 それと目が合った瞬間、私は叫びました。叫んで、怯えて、尻餅を突きながらも後ろを振り返りました。そこには何もいませんでした。影も形もありませんでした。ただの上に大量の髪の毛だけが残っていました。


 事ここに至ってようやく私は「これは聞きかじりの知識でどうにかできるものじゃない」と悟りました。友人のツテを頼って、兼業で除霊もしている神社の神主さんにお祓いをして貰いました。


「悪い事は言わない。今すぐに引っ越しした方がいい」


 お祓いの手続きの際、私の住所を見た途端に神主さんはそう言いました。


「あんたが住んでいるマンションね、ウチらの間でも有名な事故物件なんだよ。何人も何人も人が死んでいるの。一部屋だけじゃなくて、幾つもの部屋で。マンション全体が死臭まみれなんだよ。不動産屋さんはそれ隠して、あんたに売っちゃったんだろうね」


 性質タチの悪い奴がいたもんだよ全く、と神主さんは迷惑そうな顔で言いました。


「マンション中の幽霊がね、あんたの部屋に集まってきている。きっかけになったテスト自体はちゃちな儀式だったけど、場所が良くなかったよね。よりにもよって幽霊の溜まり場でやっちゃうなんてさ」


 曰く、あの髪の毛は全部同じ人のものに見えて、一本一本が別の幽霊が変じたものらしいんです。一本ごとに一人。つまり、二本の髪の毛が落ちていた時には既に二人、四本の髪の毛が落ちていた時は四人、二十本の髪の毛が落ちていた時には二十人の幽霊が私の部屋にいた事になります。


 ……いえ、そもそも事故物件という事は、私が最初に見たあの女性はテストの前から私の部屋にいたという事になります。


「幽霊が幽霊を呼んで、溶け合って、また別の幽霊を呼んでいる。アレが最終的にどうなるか私にも分からない」


 アレはもう祓えない、と神主さんは断言しました。一時的に鎮めたり眩ませたりする事はできるけど、成仏させたり封印したりする事はできないと。自分にできるのは私からアレとの縁を切り離して、しばらく近付けないようにするのが精々なのだと。


「幸い、アレはまだ地縛霊の範囲には留まっているから、引っ越せば追ってくる事はないと思う。けど、一応引っ越したらウチに連絡して。一番近い住所にいる同業者を紹介するから」


 それで、言われた通りにすぐに引っ越しました。神主さんの言う事は本当で、それ以来何かの怪異現象が起きる事はありませんでした。神主さんにきちんと連絡もして、アレが憑いてきていない事も確かめて貰いました。


 ……けれど、私は助かりましたけど、根本的な解決はしていません。私がきっかけを作ってしまったアレ。複数の幽霊が溶け合って一体化したというアレ。あの髪の毛の集合体はまだあのマンションにいるんです。あのマンションに留まって、今、何をしているのか分からないんです。


 私にできるのは、どうか皆さんが知らずにあのマンションに住む事がないよう、ただただお祈りする事だけです。

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