黒き梟は闇夜を飛ぶ
五色ひいらぎ
黒き梟
五月のロージア商会は美しい。
人の丈より高い鉄柵に、大輪の薔薇が咲き誇る。が、濃厚な芳香をまとう花は、白亜の豪邸を隠してしまう。人も馬車も少ない朝、私は散歩がてら、わずかに開いた葉と花の隙間から建物を垣間見ていた。
と。不意に、甲高い女の声がした。
正面玄関に回ると、若い娘が泣き叫んでいた。相手は商会の従業員のようだ。
「どうしました」
「おお、アラン判事殿。この娘が、盗品で借金を返そうとしまして」
従業員に、娘は抗弁する。
「盗んでません! 朝起きたら窓の側に落ちてたんです。黒い羽と一緒に」
娘の手に金貨二枚が握られている。従業員は、ふんと鼻を鳴らした。
「黒い羽と金貨……どう見ても『黒き
状況は飲み込めた。
黒き梟。豪商や貴族から金品を盗み、貧民に分け与えている盗賊だ。姿は誰一人目撃していないが、市民の間では義賊として人気が高い。
二日前も、黒き梟と思われる何者かが、ロージア商会と並び立つ豪商・ダリウス商会から大量の財貨を盗み出したばかりだ。
「確かに、盗品と知りつつ我が物とするのは罪ですな。王国刑法にも規定があります」
「はい、ですからこの娘は――」
「して、これが盗品である証拠は?」
言えば、従業員は怪訝そうに私を見た。
「状況から明らかでしょう? 貧乏人の家に金貨を投げ込むなど、他に――」
「王立造幣局が年間何枚金貨を鋳造しているかご存知ですかな? これがダリウス商会の金貨である証は一切ない。市民を罪に問うには動かぬ証拠が必要です」
私は娘の手から金貨を取り、従業員に突きつけた。
「証拠がないなら、拒否の理由はない。判事ジェローム・アランの名において、彼女の債務弁済は私が保証します」
渋い顔で従業員は金貨を取り、邸内に戻った。頭を下げる娘に、私は言った。
「何かあれば相談に乗ろう。法は君の味方だ」
娘は、暗い顔で首を振る。
「法は何も救ってくれません。お金持ちが、むしり取るための道具でしょう」
自宅兼事務所に戻り、足早に二階の書斎へ向かう。愛用の帳面に、見てきたものを素早く書きつける。ロージア商会の出入口および窓の位置、想定される間取り――その間にも、娘の声が反響する。
(法は何も救ってくれません)
そうだな。人の作りし法は不完全だ。
ロージア商会が、ダリウス商会・テューリス商会と組み、法定を超える貸付をしているとは知っている。返済できない市民の身柄を売り捌いていることも。だが上限が三社に分散されれば、法は取り締まれない。
真の悪は法の網を抜ける。だからこそ法の外で裁くのだ。
私はクローゼットを開けた。法服やスーツの中に、何も掛かっていないフックがある。手を伸ばせば、布の手応えと共に、右手の先が消え失せた。
決行は、今夜二時。
具合を、あらためて確かめる。
姿見の前、手触りを頼りに「布」を羽織れば、私の――「黒き梟」の姿は鏡の中から消え失せた。
黒き梟は闇夜を飛ぶ 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki
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