「七時半に空手の稽古があるの」
秋犬
今日は厄日だわ!
よーし、理想の一日というテーマでエッセイを書くぞ!
さて、「コマンドー」というとても有名な映画がある。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の、荒唐無稽ではちゃめちゃなアクション映画だ。
アーノルド・シュワルツェネッガー演じる元特殊部隊の退役軍人のメイトリックスの娘が陰謀によって誘拐された。父として娘を助けるために、特殊部隊時代に培ったスキルをふんだんに使用してあちこちで大騒動を巻き起こす。最後は悪者をやっつけて娘を助けてめでたしめでたし。そんな簡単な筋書きである。
もしまだ観たことのない方がいたら、このエッセイをきっかけに観てもらいたいと思う。異様なテンポの良さ、とにかく話を前に進める強引だけど面白い引き、小気味のいい会話(これは翻訳の妙でもある)とエンタテインメント溢れる快作である。ただしアクション映画であるため、バトルシーンが苦手な方にはおすすめできない。また、昔の映画であるため性表現も今と違ってちょっとおおらかなので、そこも苦手な方にはおすすめできない。
その中に出てくる台詞で、「今日は休め」というものがある。これだけだと何もインパクトはないのだけど、娘を誘拐した一味を追跡するために巻き込まれたCAが自分の車のシートをバキバキと破壊するアーノルド・シュワルツェネッガーを前に「だめよ、七時半に空手の稽古があるの。付き合えないわ」と言うと即座に「今日は休め」と返される。その後仕方なく言いなりになるCAだったが、結局国家を相手取るドンパチに巻き込まれてしまう。とても理不尽な台詞なのだ。
この「今日は休め」という台詞を私は気に入っている。
世の中、いろんなことがある。あれもしたいこれもしたい、いいや、あれもしなければならない、これもやっておかないとあとで酷い目にあうかもしれない。いや、むしろしなければどんな目に合うかわかったものではない。だから絶対やらなければならない。
そういう脅迫観念を打ち消すのに、「今日は休め」はとてもいい。何せ、七時半から空手の稽古があるというのに全てをキャンセルできる効果があるのだ。
「うわー、もう書けないよ! どうしてカクヨムコン長編を同時に二本も書こうとしたんだ! 自分の馬鹿! バカ!」
「今日は休め」
「ああもう休む! 書かない! でも書かないと締め切りが!」
「今日は休め」
「締め切りが気になって書けないよ!」
「だったら書けばいいだろう! 書けこのポンコツが! 書けってんだよ!」
お題で執筆!! 短編創作フェス! 短編企画! うおおおお!
「この手に限る」
とりあえず、動けない日は心の中にメイトリックスを一人置くことにしている。何があっても、メイトリックスなら何とかしてくれそうな気がする。よく心の中にオネエやオタクに優しいギャルを飼うという話があるが、基本的にメイトリックスを飼うのがおすすめだ。
とりあえずメイトリックスなら何でも筋肉で解決しようとする。「もうダメだー今日は厄日だー」と弱音を吐いても「ダメだ!」と一喝されるし、車がひっくり返ってお釈迦になってしまってもひっくり返して「これで使える」となる。マッチョであり、異様にポジティブなのだ。
だから、朝寝床から出たくなくても「必ず戻ってくるぞ!」と意気込んで起きて、11時間後にアラームをセットする。これで布団が現地に着くまでの間に行動をすればいい。朝ご飯は、中身は知らないほうがいいサンドイッチ。スイッチを2回押して開く武器庫から武器を手に入れたら、敵のアジトに出発だ。
途中でちょっとショッピング。デパートでは公衆電話を買ってターザンごっこを楽しんだ後、本命の軍放出品センターで過激にお買い物。羽の生えたカヌーに乗って、いざ敵のアジトでドンパチ賑やかにパーティーをする。そして約束の11時間後、死ぬほど疲れているため就寝。そんな疲れてしまう毎日は送りたくないけれど、90分くらいなら体験したい。
***
そもそも「今日は休め」という話だった。だから休んでどうするか、という話ではなかったのか。しかし、休むっていうのは難しい。CAは空手の稽古は休んだけど、人生の時間は全く休めていないように自由な時間というのは難しい。
家族がいる人は家族の都合に合わせて休まなければならない。親がいれば親の都合に合わせるし、子供がいれば子供の世話をしなければならない。だから簡単に「今日は休め」とは言えないのだ。育児や介護に休みはない。いつか誰かが、やらなければならないことなのだ。
理想とは、何層にも重なったものなのだと思う。本屋で好きな本を好きなだけ読む理想に、好きな人と好きなだけ一緒にいられる理想。おいしいものを食べに行くけれども時間がかかるという理想に、手軽に腹は満たせるけれどもインスタント食品を食べる理想。全て理想には違いない。
ひとりでふらふらと旅をするのもいいし、お任せパックツアーであちこち連れて行ってもらうのもいい。どちらもいいところと悪いところがあり、全ては「何を選択するか」にかかってくる。
ただ、選択肢があるというのは世の中として疲れるときもある。ランドセルも今はいろんな色があって、その中から子供は選ばないといけない。すっと選べる子供ならいいけれど、なかなか決まらなくて泣いてしまう子供もいるらしい。
「そんなん男は黒、女は赤でええやないか! ショッキングピンクとかパールホワイトとか、そんなん勉強で使わへんやろ!」とか言うと最近は怒られるのでそういうことは言ってはいけない。選択肢があるというのは素敵なことで、自分が好きなものを選べるというのは大変結構なことなのである。
だったら休む自由もくれや!
選択しない自由もセットだ!
実は私は映画が結構好きなのだけど、動画配信サイトで見るようになってから以前より映画を観ようというモチベーションが下がっている。「たくさんの中から選べるんだからもっと観るのでは?」という気もするけれど、明らかに以前より映画にかける情熱が下がったのだ。
映画は映画館で拘束されるか、レンタルDVDを期限内に観ないといけないという不自由さがセットでモチベーションになっていたのかもしれない。そうしないと延々とアプリでイラストロジックをやっているだけの暇人が誕生してしまう。
ただ、無為にパズルなどで時間を潰すとメンタルにあまりよくない。何かを成し遂げると何故か精神が充実する。長編をガーっとこう書き上げると、脳みそがどばーっといい感じになるので、小説に限らず何かを作るといいのかもしれない。料理とか、ペーパークラフトとか。それならパズルでも一緒のような気がするけれど、あれはどうして充実しないんだろう……?
***
そういうわけで、「理想の一日」とは過ごしてみないとわからない。そもそも一日の最強デッキを組んでも、デッキを組むということ自体が「今日は休め」から離れていく行為なのかもしれない。
最近もし「今日は休め」ができるなら、朝から晩まで映画をハシゴしたいなあと思っています。その時、どんな映画を観ようかなーとワクワクしてセットリストを考えます。最初は観たことあるスッキリする映画『トゥルーマン・ショー』にして、その次は個人的に大好きな『ジョーカー』、それから邦画も見たいので是枝監督の観ていない映画を観たい。それから『オクス駅お化け』とか『ボーはおそれている』とかまだ観ていなかったなあ……。
ああ、考えているだけで疲れてきた。
全然休みになっていないじゃないか。
「理想の一日のエッセイを書くはずでは?」
「あれは嘘だ」
<了>
「七時半に空手の稽古があるの」 秋犬 @Anoni
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