第三話
「おい、高村!起きろ!」
助手席から身を乗り出し、高村の体をゆする。少しの間があって高村は目を覚ました。
「え…?ええ。ああ、あれ、俺気失ってました?すいません」
いつもの呑気な口調で言った。とりあえず心配はなさそうだ。石原は胸を撫で下ろした。
「お前なぁ、ひっくり返ってたぞ。そんなにビビってたのかよ。すげえ叫んでただろ」
「えっ…?ああ、そうだ、思い出してきた、なんか急に頭が痛くなってきて、それで、パァンと意識が飛んだんです。ああ、何か声が聞こえてきたような…なんて言ってたんだっけな…うーん思い出せないっす」
「なんだよそれ。っていうかお前、よっぽどその骨と仲良くなったんだな、全身骨まみれだぞ」
倒れたバケツからこぼれ出た骨が高村の膝に腰に肩に、大量に引っかかっていた。それを指摘すると高村はぎゃあっと小さく悲鳴をあげた。
そこで、石原は気づいた。人骨の中で一番特徴的なもの、頭蓋骨が複数あったのだ。
「お、おい、お前、なんで頭の骨がいくつもあるんだよ…」
「え?ああ、萩原さんに言われた通り、とりあえず出てきた骨全部かき集めましたよ。石原さんもそういう指示じゃなかったんですか?」
いや、確かに萩原に言った。でも一人分の骨残さず集めろ、という意味だ。複数人の骨があるなんて聞いてない。石原はギロリと萩原を睨む。
「えっ、俺も知らなかったですよ。てっきり骨は一人分だと、ち、違ったのか?」
「ええ。頭蓋骨は全部で六つか七つかな、小さいのから大きいのまで。いっぱいありましたよ」
「て、テメエなんでそんな大事なこと黙ってたんだよ!」
石原は理不尽な怒りをぶつけた。
見つかったのはいわゆる埋蔵物で、大昔の身分の高い人が、その昔埋葬されたもの、そう思いこんでいた。複数人の骨が埋まっていたのだと話が全く違ってくる。近年、あの土地が墓地だったなんて情報はない。
誰かが何らかの意図で埋めたんだとしたら…何が目的なのだ。それに、目の前に散乱する人骨は比較的綺麗なものから黄ばんだものまで様々だ。それが古いか新しいかなんて目利きみたいなことは素人の石原は分からないのだが、それでも人骨の色が綺麗か汚いかぐらいはわかる。よくよく考えたら、ちょっと地面をひっくり返しただけで出てきたんだ、大層な身分の人の墓にしては簡単に見つかりすぎた気もする。しばし言い淀んだあと、石原は口を開いた。
「おい。これ、誰が何の目的で埋葬したんだと思うよ」
自分に問いただすように萩原に尋ねる。萩原は目を白黒させながら「それは…」と言葉を詰まらせた。
「俺は、さっき全身からウジが湧いてるへんな奴を見た。お前が見た指は何だ。こいつも運び込む時に手を引っ張られたと言ってたな」
高村を指しながら言った。
「あの土地はな、長らく同じ一族が保有してたんだよ。俺は手続きの都合上、登記簿にも目を通してたからな。所有者は確か、笹本って姓が明治の頃から続いてる。途中で相続なんかはあって下の名前は何人か変わってたけどな、ずっと同じ苗字だった。別に珍しいことじゃない」
萩原と高村は何が言いたいのか分からない様子で聞いている。
「だからよぉ、もしその笹本ってやつが埋めてたら、って言ってんだ。六つか七つかって言ったよな。墓地でもなきゃ殺して埋めたんだ。だとしたら尋常な数じゃねえだろうよ。これやったのがその笹本ってやつだとしたら相当やべえ奴だ」
「こ、この骨の主は…殺されて埋められたんだとしたら。…この世に恨みを残して、今掘り起こした俺たちを殺そうとしてたって?」
「ああ、俺だって信じたくねぇよ。でも、そうだとしたらよ、こいつを持ってるだけで俺たちやべえんじゃねえか。とばっちりで呪われて殺されちゃかなわねえよ」
「ど、、ど、どうするんですか、、石原さん…」
「やる事は変わんねえよ、とにかく捨てる、今すぐだ。もうここでいいよ。すぐそこの林をちょっと入ったとこにしよう、こんな山奥の一本道だし見つかりっこない。仮に見つかったところで俺たちがやったなんて分からない」
石原はもう吹っ切れていた。やると決めたら迷ってるだけ無駄だ。さっさと助手席から車を降りハッチバックを開け、持ってきていたスコップを肩に担ぐ。
「おい!何ボケっとしてんだ、さっさと骨かき集めろよ!」
萩原と高村に向けて檄を飛ばす。二人はしばし躊躇ったあと、すぐに予定していた作業を始めた。誰も何もしゃべらなかった。ただ、作業に没頭する三人の姿がそこにはあった。
高村は無言のまま骨をポリバケツに詰め直す。石原と萩原は急カーブの曲がり角にある雑木林に膝まで伸びた草をかき分けながら突っ込んで行き、適当な茂みを見つけて穴を掘る。
ザク、ザク。
石原の額を汗が伝う。
単調な動作に、自分が何のためにこれをしているのか分からなくなってくる。もう全てがどうでもよくなってきていた。
そうして数十分ほどすると、それなりの深さの穴が完成した。それからはあっという間だった。ポリバケツに入った大量の骨を流し込んで上から土を被せ、無理やり踏み固める。その上にかき集めてきた草を雑に置く。石原は、その埋められた土を、覆い被さる草を見て、妙な達成感に包まれていた。少し予定は狂ったが、目的は達成した。これでもう俺を邪魔するものはなくなったんだ。少しだけ躓いたけど、俺はまた出世コースに戻る事ができる。
そうして石原達は達成感を胸に帰路についたのだった。
「いやぁ、疲れましたねぇ、もう明日は筋肉痛確定っすよ」
帰りの高速を走る車の中で、高村が気の抜けた様子で言った。
「うるせえよ、テメェぎゃあぎゃあ騒ぎやがって、おい萩原!こいつの教育どうなってんだよ、ったく」
「あはは、すみません。まあ今日ぐらいは許してやってくださいよ石原さん、こいつなりに頑張ったんですよ」
ハンドルをしっかり握りしめたまま萩原が言う。
「まあそりゃそうだな、よし、さっさと帰って飲みに行くぞ、今日は気分がいいからな、お前ら朝まで好きに遊んでいいからな」
「よっしゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「でも結局、あの骨なんだったんでしょうねぇ。ほんとに石原さんの言うようなやつなんですかね」
「まあ分かんねえけどなぁ。何にせよ迷惑な話だぜ。死んでまで見ず知らずの俺たちに迷惑かけやがってよ。やっぱゴミ捨て場にでも捨てときゃよかったぜ」
─怨。
「ほんと石原さん怖いもの知らずっすね。俺なんて腕引っ張られたあの感覚がまだ忘れられないっすよ」
──怨。怨。
「ああ、そういやお前、気ぃ失ったとき何か聞こえたって言ってたけどよ、思い出したか?」
──怨。怨。怨。
「え、ああ、そうですね、何だったっけな。つぎは、いや、次の晩は、だっけな」
「はあ?なんだそりゃ、やっぱお前おかしくなっちまったんじゃないかよ」
──怨。怨。怨。怨。
「あ。思い出した」
「なんだよ急に」
──怨。怨。怨。怨。怨。
「次は、お前たちの番だ、です」
***
石原達の乗る車が事故を起こしたのはその後すぐのことだった。三人の乗る車はハンドル操作を誤り中央分離帯に衝突。そのはずみで弾き出された車体はひっくり返ったまま、高速道路の十メートル下を流れる川の河川敷へ落ちていったのだった。
乗車していた三人、石原、萩原、高村は帰らぬ人となった。ガソリンに引火し、燃え広がった炎の中での救出活動は困難を極めた。
ようやく救出された遺体は落下による衝撃と、燃え盛る炎によって激しく損傷しており、その事故の衝撃を物語っていた。
そして、ひしゃげだ後部座席の足元には、人間の頭部と見られる古い頭蓋骨の骨が挟まっているのが見つかった。後の調査でも頭蓋骨の主は分かっておらず、なぜこんなものを三人が所有していたのか、関係者は皆首を傾げたという。
事故から半年ほど経った後、石原の担当していた土地には大型のマンションが完成し、ファミリー層向けに大々的に売りに出されているという。
(了)
骸遺物 千猫怪談 @senbyo31
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