山田太郎の成長

三屋城衣智子

太郎は足腰ギクシャクしてる

 山田太郎は困っていた。


 今は昼休みも折り返しの頃。

 手元には、二人分の食べかけのお弁当。

 太郎の右手は宙に浮いている。

 視線の先には小さくなった花乃の背中。


 耳から入った声が脳内で幾度も幾度もリフレイン。


「私といたくないなら、ちゃんと言って欲しかった……!!」


 花乃は、泣いていやしなかったか。

 太郎は混乱の中、浮かれた自分を思い出していた。


 映画デートでの告白の後。

 LINEでぽつりぽつりと毒にも薬にもならないような平凡な連絡を交わし。

 それだってこれまでの太郎からしたら、清水の舞台から飛び降りる心地だったけれど。

 勇気が出せたことに有頂天になってもいて。

 家の方向がちょっと違うから、登校を一緒にするのは無理だねとか、お弁当一緒に食べない? とか、ほんとに、健全な上に当たり前の、ごく当たり前のやりとり。

 それをやれる自分に、夢心地を味わっていた。


 そうして。

 どきどきしながら学校に行って、気もそぞろに授業を受けて、廊下で会えば話をして。

 花乃のクラスへ行って一緒にお弁当を食べて、冷やかされて。

 顔を真っ赤にして俯く花乃に、太郎はなんて可憐なんだろう、だなんて鼻の下を伸ばしていたわけだ。


 本当に、ごくごく普通の男女交際だった。

 だのに。

 今太郎は秋の陽光降り注ぐ中庭のベンチで一人、二人分の弁当を口一杯にかきこんでいる。

 今日は、花乃が作ってくれる、という事でこの二人分の弁当は花乃が重かっただろうに家から持ってきたものだ。

 美味しい。

 お世辞抜きに、美味しかった。


 美味しく頬張っていたのに。


 太郎は自分の行動を振り返った。

 何か、とんでもなく失礼なことでも言ったんじゃないか。

 けれど……卵焼きはしっとりとして薄味で美味しかったし。

 唐揚げはカラッと上がっていて、肉まで味が染みていて美味しかったし。

 ブロッコリーとプチトマトが彩りよく添えてあって、見栄え良しだし。

 キャベツとにんじんの炒め物は、胡椒がピリリときいていて白米とベストマッチだった。


 そこまで思い返していて太郎は、はた、と気づいた。


 この感想を、心の内で感動してばっかりで本人に直接伝えなかったんではあるまいか。

 太郎は痛む関節の無理をおして一生懸命食べに食べていたものだから、口が言葉を発するのを忘れていた。

 失礼がすぎる。

 太郎は目の前が真っ暗になった。

 どうやったら許してもらえるのか皆目見当がつかなかった。

 けれど。

 何をおいても、誤解を解かなくては。

 ギクシャクと弁当の包みを元に戻すと、太郎は早速行動を起こした、ギクシャクとしながら。


 全部食べきってからと考えたから、昼休憩中には間に合わなかった。

 太郎は目をギンギンに授業を受け、ホームルーム終了と共に花乃のクラスにおもむかんとした。

 が、骨というか関節というかが痛いものだから全力疾走ができぬ。

 太郎は歯噛みした。

 それでも間に合うかもしれないと、一縷いちるの望みをかけて教室へと向かった。

 覗き見た花乃の机に、途中まで一緒に帰ろうと約束した相手の姿はもうなかった。


 意気消沈したまま帰宅し、気もそぞろにご飯を食べた太郎は、そのままベッドへとダイブした。

 夜中、激痛にのたうち回る。

 これはきっと罰なのだ。

 初めての恋に浮かれて花乃を傷つけた罰。

 甘んじて受けねばならぬ。

 太郎は我慢した。


 何度かそんな夜を過ごし。


 ある日。

 太郎は伸びていた。

 背が。

 ただでさえ貫禄かんろくがあるように言われる風貌ふうぼうは、これにより更に圧が増した。

 本人は、ひたすらのほほんとした顔をしているが。

 しかして一応の伸びきりをしたのだろう、あれほど痛かった関節は、もうすっきりと以前の様相ようそうを取り戻していた。

 太郎はカッターシャツに袖を通す。

 三センチほどだろうか、ツンツルテンとまでは行かないまでも、ちょっと不恰好になったそれを、太郎は気にせず上着に押し込めた。


 今日も天気がいい。

 太郎は今日こそはと気合を入れると、花乃を待ち受けるために家を出た。

 いつも同じ電車を利用しているらしいのは知っていた。

 絶対じゃ無いからと、待ち合わせをしたりはしていなかったが。

 太郎が利用する駅の通過時刻もわかるから、該当する電車に乗ることはできるだろう。

 あとはラッシュの人混みの中見つけることができるか、移動することが叶うかどうかである。

 太郎は覚悟した。

 必ずや花乃を見つけ誤解を解くと意気込んだ。

 そして目当ての電車に飛び乗ると、偶然にもそれは花乃も乗る車両だった。

 後にも後にも人が乗ってくる。

 太郎は慌てて花乃のそばへとむかった。


「……おはよう」


 太郎は朝の挨拶をした。


「この間は、せっかくのお弁当を、無言で食べてしまってごめん。あんまりにも美味しかったから、つい、感想を伝えるのを忘れてしまって」


 花乃は無言である。


「これが理由じゃなかったり、する?」


 太郎は恐る恐るきいた。

 花乃のさらに下に感じる視線が、太郎へと向いた。

 その顔はずるいだろう、可愛いがすぎる。

 思わず太郎はそう言いそうになってぐっと口を引き結んだ。

 彼女の眉が、八の字に寄る。


「……話をしても、なんだか、上の空で。だから、何か理由ができて私と一緒にいるのが嫌になったんじゃないかと思ったの」


 そんなことないよ、と言いたいところで電車が揺れ、太郎は花乃にぶつかりそうになったところで電車のドアに片手をついた。

 ある種の壁ドンである。

 太郎はそのことには気づかずに一生懸命ワケを話した。

 どうにも止まったと思っていた身長が伸びていたこと、成長痛がひどかったこと、今はもうおさまったこと、痛みに少し気がそぞろで申し訳なかったこと、一緒にいたいと思っていること、それはもう大事に大切に一言一句に魂込めて説明した。

 もちろん、この前ペロリといただいたお弁当の感想もしっかりと添えて。


 これに慌てたのは花乃だった。

 とんでもない勘違いをした、と、御免なさいと謝った。

 こうなると、いやいや俺の方こそ、私の方こそ、という応酬である。

 このイチャイチャした応酬に、耳をそば立てていた周りの通勤客は皆、「リア充爆発しろ」と思ったとか思ったとか。


 何はともあれ。

 二人は電車に揺られる中、揺れる心をぴたりと停車させ仲直りした。

 学校の最寄り駅に着いた頃。

 外は少々秋時雨しぐれ

 花乃がすかさず鞄から折り畳み傘を出し、さそうとしたところで太郎がそっとその持ち手を自分に寄せた。

 そうして二人、顔を見合わせ微笑みながら、開いた一つの傘に仲良く入り、学校へとおしゃべりに花を咲かせながら歩いたのだった。

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山田太郎の成長 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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