埋めた残像

「その、いる?って言うのは制服をくれるって意味で合ってるかな?もちろん欲しいけど、どうして?」


戸惑いを纏った清水くんの声は、僕の言葉に触れるのを恐れている様だった。

今更緊張なんてしない、ただ僕は罪を正当なものにし、君を永遠にするだけだ。




「入学するときに、身体が大きくなることを見越して予備でワンサイズ上のを買っといたんだよ。だけど見ての通り、ほら、中肉中背、兄弟いないし親戚も疎遠、つまり譲る相手が居ないんだよ。だから、君にって」


「ほら、うちの高校シャツに刺繍ないし、夏終わったらすぐブレザーだし、少し袖長くても隠れるから平気だよ。スラックスも裾上げすれば済む話だし」


「もし新品もらう後ろめたさあるなら、全然気にしなくていいよ。どうせ処分するつもりだったし。ほらエコだよエコ、環境を助けると思って貰ってほしいな」


矢継ぎ早に繰り出した言葉は退屈だった。

君の返事を遅らせるための布石、滑稽な会話だ。



「めっちゃありがたい、いや本当にありがたいよ。親にまだ言えてないんだ、制服無くしたこと」

「でもさ、いいの?制服って高いよね、それ考えるとやっぱりさ、せめて少しお金払わせて」


もう君からはもう、何も受け取れない。

何を与えても、返しても、罪はずっと僕を見つめている。



「いや、本当にいいんだって。これから捨てる予定のものにお金払うって君ちょっと優しすぎるよ。お願い、貰ってよ。素直にもらって」


清水くんの口元が少し緩んだ。

人の前に触れた時の顔。

それは、僕が長く忘れていた、人らしい笑顔だ。



「じゃあ遠慮なく貰っちゃうね。本当に感謝してるありがとう。相田くん、すごく優しいんだね。嬉しい」


本来、嬉しさを感じる必要なんてないんだ。

その、無垢を騙してる自分が本当に惨めに思えた。


「全然いいよ、喜んでもらえてよかった」


自分でも、どれだけ軽薄だったか、よく分かっていた。




リュックから制服を取り出し、そっと差し出す。

清水くんにそれを受け取った瞬間、僕の中で何か完結した。

あるいは、完結した気になった。







それからの夏は少しだけ、呼吸がしやすかった。


久しぶりの制服姿の彼は、いつも以上に大人びていた。

新品の真っ白さが彼の無垢を象徴していて、それが彼をレフ板の様に明るく照らしていた。




全てがリセットされた気がしていた。



清水くんは僕に借りがあると思ってるのか、時々お菓子をくれるようになった。

それを受け取るたびに、後ろめたさと、関われる喜びで胸の奥がぐちゃぐちゃになった。



夏が終わり夏期講習も終了し、別クラスの彼とは自然と距離ができた。

いや、僕から距離を置いた。





季節が一巡して、学校行事、バイト、受験と時間を急足で埋める作業が続いた。

その忙しさに、少し救われた。





そして、気がつけば卒業。




淡々と進んだ青春に疑念はなかった。

それでよかった、何かを謳歌する資格など僕にはない。


僕はこれからの人生、その罪と向き合い、生きていく、ただそれだけ。



最後に、もう一度、君を探した。




バレー部の集合写真の列、そこに君はいた。


君はこの先の人生、僕のことなんか真っ先に忘れて、幸せになっていくんだと確信している。


僕の中で君は永遠になる、罪の形をした残像として。



君と目があった。



卒業式後の喧騒で声は聞こえなかった。

けれど、確かに君は口を動かしていた。





「またね」




その音のない言葉、その表情を見た瞬間、僕は確信した。



清水くんが笑うたび、僕の罪は形を変えて、また僕を見つめ返してくる。




埋めた残像が、僕を見つめて離さない。

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埋めた残像 麦芽ポナガ @wwn_i

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