罪の対価
三年生の夏、指定学生服専門店に入店する行為は違和感があったし、強すぎる冷房の中で背徳感が漂っていた。
アルバイトを始めた理由は、暇つぶし。
入りたい部活はなかったし、熱中できる趣味もない。
捻り出すとソシャゲくらい、課金を惜しみなくできることがアルバイトの美点だ。
そのおかげで制服一着を買える程度の貯蓄はあった。
「14時に予約した相田です。お忙しいところ恐れ入ります、学生服の件で…」
見渡す限りの白シャツで目が刺された感覚と共に、原色を纏ったおばさんが出迎えてくれた。
「あら、電話口ですごく丁寧な喋り方してたから親御さんが来るかと思ったわ。言葉遣い綺麗、素敵よいいわあなた」
「このお店ね、ほんと狭いから学生さん親御さんに加えて祖父母なんか連れて来ちゃう子もいるのよ。ほんとぎゅうぎゅうで気持ちが悪いのよ。あなたみたいに1人で来てくれる子は本当にすごく助かるわ。この前なんて」
正直、このタイプのおばさんは得意じゃない。
1ターンに複数攻撃する敵はこちらの手札に関係なく、問答無用で思考を奪っていく。
会話というゲームにおいて、ルールを無視してくるバグキャラに近い。
システムが破綻している。
「夏服を、買いたいです。大きめで」
遮るように差し込んだ。
「夏服?また、何で?予約の時あなた三年生って言ってなかった?夏服なんてあと数ヶ月程度で終わるじゃない。普通体型でしょ、ダボっとしちゃうわよ」
全て予測してた攻撃だ。
予測ができるなら、対策を立てればいい、完璧に捌ける。
「自転車で転んで破けちゃったんです、夏服。買い直すならいずれ親戚の子に譲れるように、と親と話し合いまして。採寸も要りません。親戚の子、身長高いので上下セットでどっちもXLでお願いします」
「その子、とっても制服が似合うんですよ。私服も幼く見えて愛らしいけど、制服がいいんですあの子。だから僕が着せてあげたいんです。僕の手で」
この夏で、嘘に対して躊躇がなくなって来てる気がする。
もっと具体的に言えば、何かを隠すのに罪悪感がなくなっている。
「そう、なるほどね。じゃあこの書類に記入してちょうだい」
拍子抜けするほどすんなりと通った。
決して安い料金ではなかったけど、贖罪代だと思えば心の底から納得できた。
問題はどう嘘をついて、君に制服を渡すか。
正直に話して受け取ってもらう気なんて最初からない、全てを隠し通し全てを納得するまで。
そして僕の中で、真実となればそれでいい。
八月も終盤に差し掛かってきた。
君の柔らかい影を追うように教室を巡った。
「相田くん、おはよう。誰か探してるの?もしかして僕だったりするかな?とか言ってみちゃったりして」
その優しすぎる影はいざ対面すると、その空気が僕の持つ諸悪をすっぽりと覆い被せてしまう。
「そうだよ、君を探してた。端的に話すけど、制服、いる?」
君の目が一瞬だけ泳いだのが分かった。
キョトン顔も、戸惑いも、全て分かる。
君の視線の奥にはまだ、善が残ってる気がした。
僕にとってそれは何よりの脅威だった。
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