我の共有
バックヤードに漂うミントの香りは、僕の罪悪感までは消し去ってくれないらしい。
6時間にわたる感情の波を乗り越え、夜勤の交代時刻が訪れた。
刈り上げた赤髪の女と、目の下のクマがこめかみにまで達しそうな男、二人組が夜勤ペア。
コミュニケーションが著しく苦手なこの二人を見ていると、ふと日本という国の特異さに感心する。
こんな状態でも、どうにか働き、生きていけるんだな、と見下してしまう。
「で、何したの?」
まるで長い間待ち望んでいたかのように、黒沢が口を開いた。
「別に話してもいいけど、これは完全に弱みだと思う。お前はこれを使って、僕に悪巧みしようとしているわけじゃないよな?」
「なんで話す気になったのか、自分でもよくわからないけど、他人に話すことで、少しでもこの罪悪感から解放されるきっかけが得られる気がしたんだ」
無意識、言葉は時間を稼ぐ道具となっていた。
「ダラダラ喋ってんじゃねーよ。で、何だよ?殺人?流石にそのレベルなら即通報するけど」
黒沢は、スマホを揺らしながら言った。
その軽薄な言葉に、自己弁護するように僕は強く返した。
「殺人じゃないよ、窃盗だよ窃盗。さっきいた、背の高い男の子の制服を盗んだんだ。立派な犯罪者だよ」
その瞬間、心の中に湧き上がる冷たい感情が、つい投げやりに言葉を放った。
黒沢は、意外にも冷静だった。
それとも、感情を隠すのに長けているのか。
僕は一瞬、打ち明けたことが正解だったのかと迷った。
しかし、すぐにその思いを振り払って、彼の言葉を待った。
「まあ、キモいよな。男の制服を男が盗んで、罪悪感感じてるなんて。罵ってくれよ、その方がスッキリする」
気まずい沈黙に耐えきれず、追撃の言葉を放った。
「キモいね、ホモじゃん。まあ、殺人とか大事件を想像してたから、ちょっと残念だな」
ようやく黒沢の口が開いた。
「学校と家とバイト先の往復で退屈してたんだよ。そんな時に面白そうな話題持ってそうなやつがいたから興味本位で聞いてみたら、ホモの窃盗犯って、なんだよそれ。つまねーよ」
どうやら、黒沢は僕のことを心配していたわけではなかったらしい。
その冷徹な態度が、逆に心地よかった。
なんだか、心の中の重しが少しだけ軽くなった気がした。
「てかさ、罪悪感から脱却する方法とか言ってたけど、まず返せよ。その制服。返せばそれで終わりだろ?」
その疑問には正しさしかない。
「それが、返せないんだよ。制服は今、土の中。あの日は雨だったから、もう繊維に土が染み込んでると思う」
黒沢の顔が、だんだんと異様なものを見るように歪んでいくのが目でわかる。
「本当に話が見えない。お前、嫌がらせしたかったのか?なんで男の制服を盗んで埋めるんだよ。タイムカプセル感覚か?全然わからない。今後、お前と同じシフトに入るの、ちょっと嫌だな」
動機は自分でもよく分からない。
ただ、彼を永遠にしたかった。
それは、今の僕の言葉ではどうしても表現できない、あるいは表現すべきでない気持ちだった。
打ち明けてしまった責任を感じながら、黒沢にすべてを話した。
清水くんと出会い、彼が僕の人生の主人公になった日から、今日に至るまでの出来事を。
黒沢は黙って相槌を打ちながら、深くは聞こうとしなかった。
それでも、彼はきっと興味を持っているのだろう。
そう見えたんだ。
時計の針が22時を過ぎ、金庫から両替用のお金を取りに刈り上げ赤髪女がやってきた。
「お前ら高校生だろ?補導されるぞ、帰れよ」
その一言で、僕たちは急いでロッカーに向かう。今、警察なんて最も関わりたくない相手だ。
小走りでロッカーに辿り着くと、黒沢は僕の制服を手に取り、リュックに詰め込みながらニヤニヤと僕を見てきた。
その表情、心底嫌な奴だと思った。
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