親愛のノイズ

幸まる

心のありか

老人が、扉を開けて部屋に入って来た。


「キヨ、おいで」


老人が呼びかければ、視界の主は足下の止まり木を蹴り、軽やかに羽根を広げて飛んだ。



視界の主はロボットだ。

青いセキセイインコを模した、小鳥型のロボット。



小鳥型ロボットは、部屋を一周回って窓際に立つ老人の肩に止まる。

動物型コミュニケーションロボットの中でも極小型に属するこの種類は、超軽量仕様の特殊金属で骨格を作られており、それを覆う人工羽根は、生きた鳥と変わらない柔らかな質感をしている。


小鳥は老人の肩に止まると、チュルチュルと歌を歌い始めた。

軽やかに、流れるように、耳に優しく。

老人は穏やかな表情でそれを聞き、歌が終わると目を細めた。


「ああ、ありがとうキヨ。君がいてくれて、私は幸せだなぁ……」


老人の指先が近付く。

小鳥は足を上げてその指に止まる。

そして近付いた老人の顔に、人肌程に加熱された金属の嘴を近付ける。


「大好きだよ」


嘴と老人の頬が触れた。



ヴァン……



一秒程のノイズが入り、映像は消えた。




◇ ◇




「……これが不具合の原因?」


映像の消えた黒いモニターを指差し、椅子に座った中年の女が怪訝そうに言った。


「はい、社長。……いえ、正確には原因は分からないのですが、このノイズが入ってから、動力が落ちて起動しなくなるということです。ですから、この記憶が問題なのではないかと、社員達が訴えておりまして」


女社長の横に立った秘書は、片手に持った板状のデバイスを操作しながら、生真面目そうにそう説明した。


じゃなくて、でしょう。ちゃんと消せてなかったんじゃないの?」

「いえ、間違いなく初期化されてから、貸し出されていたということです」

「ふ〜む……」


女社長は椅子の背もたれに身体を預け、足を組み直した。

さっきの映像を見直してみるが、やはり同じところでノイズが入って映像は消えた。




2071年。

超高齢化社会となった現代、それに伴う問題は山積している。


病院の負担や高齢者施設の飽和状態を緩和する為に、政府は動ける老人が自宅で生活することを推奨しているが、そこで問題になってくるのが孤独死だった。

時々様子を見に訪れる身内がいない者、いても身内自体が高齢の者。

生存確認ツールの使用を忘れる者、ツールの存在自体を忘れてしまう者。

様々な理由から、自宅での体調急変を気付くことが遅れて死亡するケースは後を絶たなかった。


そこで開発されたのが、動物型アニマルタイプのコミュニケーションロボットだ。


コミュニケーションロボットが人に癒しを与える効果は、何十年も前から実証され続けている。

そこに柔らかな手触りや体温が加われば、その効果が上がることも。

動物型アニマルタイプのコミュニケーションロボットが共に在ることで、独居老人の孤独感を少なくし、心身共に健康で居られるとの研究結果も出ている。


そして、何かあった時の連絡がロボット達によって迅速に行われることで、体調急変にも素早く対応できるようになった。

死亡後、発見されないまま時間が経過して…という最悪の事態も、ロボット達によって回避することが出来た。


まさに一石二鳥。

動物型アニマルタイプのコミュニケーションロボットは、現代の人々の生活になくてはならない物になっている。



この会社は、そんな動物型アニマルタイプのコミュニケーションロボットのレンタルサービスを行っている。

独居の借主に対して一体を貸し出し、借主が亡くなれば返却され、初期化して、また別の借主に貸し出すというもの。

極小動物に扱いを絞ったのが功を奏し、業績は右肩上がりだった。


しかし、ここにきて、ロボットの不具合が度々報告されるようになった。

貸し出して新たな借主との生活を始めると、しばらくして、起動しなくなるというのだ。

その原因を探ろうとして見つかったのが、この記録とノイズだった。



「前の借主の記録、か……」

「前の借主ではありません。この記憶……、いえ、記録は、二件前の借主の記録です」


女社長の呟きを、秘書は手元のデバイスを見ながら訂正した。


返却されると、完全にロボットの記録を消して初期化してから、次の借主に貸し出すのがレンタルサービスの決まりだ。

それなのに、ロボットの記録を映し出せば、不具合を訴えた借主との記録ではなく、二件前の借主の記録か映し出された。


「一件前はどうだったの?」

「同じく不具合があって、別の個体を希望されたので、交代チェンジしました」

「そう……」


女社長は、溜め息をついた。


実は近年、自社だけでなく、同じレンタルサービスを行っている多くの会社で、似たような報告が上がるようになった。

この現象に、一部ではこんなことが囁かれ始めている。


『まるで、ロボットに意思や感情が芽生え始めているようだ』……と。



一度肩と首を回して、女社長は映像の再生ボタンを押す。

モニターに小鳥型ロボットの視界が映り、老人が部屋に入って来るところから映像が再生されると、秘書に向かって言った。


「もう一度初期化してから再出荷して。それでも不具合で動かないなら、廃棄よ」

「はい」

「この記録にある借主の身内がいるなら、連絡してこの個体を引き取るか聞いてみて」

「はい? 廃棄するのではないのですか?」


瞬いてデバイスから顔を上げた秘書に、女社長は一度顔を顰めて見せる。


「もう商品として使えないのだから、実質廃棄でしょう。第一、廃棄料もバカにならないのよ。引き取って老人の納骨堂にでも一緒に入れてくれるなら、その方が良いじゃない」

「なるほど」


秘書は心得たとばかりに頷いて、デバイスを抱え直すと、一礼して部屋を出て行った。




一人になった部屋で、女社長はモニターを眺める。


映像の中で、老人が指先を近付けると、青い小鳥は足を上げてその指に止まる。

そして近付いた老人の顔に、金属の嘴を近付けた。


ぼんやりと見続ける女社長の前で、老人は慈しみを感じる優しい声で言った。


『大好きだよ』


嘴と老人の頬が触れる。

ノイズが入り、映像が消えた。



女社長は細く息を吐いて、帰宅する為に立ち上がる。

彼女は五十半ばで、天涯孤独。

このまま歳を取れば、コミュニケーションロボットの世話になる一人になるかもしれない。


歩き出そうとして、一度真っ黒になったモニターを振り返った。


たった一秒のノイズの中には、微かにピュロ…と甘えたような声が混ざっていた。

それは、鳥の愛情表現。

このコミュニケーションロボットのプログラムに組み込まれていない囀りだった。



ロボットが、人間と同じように意思や感情を持ち始めている。

もしもそれが本当のことだとしたら、人間とロボットの違いは、一体なんだろう。


“生きている”ということは、動く心臓を持っているということだけで、表せるものだろうか。

“心”とは、一体どこに生まれて、どこに存在するものなのか―――?



女社長は軽く首を振り、歩き出す。

部屋を出て行く彼女の耳に、青い鳥の囀りがまだ聞こえるような気がした。




《 終 》

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親愛のノイズ 幸まる @karamitu

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