バレンタインデーには薔薇をあなたに

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

砂漠のバラ

 バレンタインデーである。


 マンガ家の一色サブロウ率いるオフィス•モノクロではバレンタインデーでは女性が男性にチョコレートにちなんだものを渡すのではなく、カップル同士でささやかなプレゼント交換会が行われる習慣になっている。


「はいカズマ。アタシからはコレ」


 チカからカズマに贈られたのは青いバラ5本の花束。


「女から男に花束を贈って悪いってことはないわよね」


「そらそうや。おおきに。せやけど青いバラってなんかめずらしなあ」


「21世紀になってから遺伝子工学で生み出された『アプローズ(喝采)』という新しい品種なのよ」


「なるほどなあ。道理で」


「ちなみに青いバラの花言葉は『奇跡』。『夢かなう』そして『神の祝福』。5本のバラの意味は『あなたに出会えて本当に嬉しい』よ」


 そう言ってチカは頬を薔薇色に染めた。


「うわあ、なんや照れるなあ。おおきに。ほんならボクからはこれや。いつもお世話になってる感謝も込めて」


 そう言ってカズマがチカに贈るのはローズティー。


「ローズティーって女性の身体に特にいいみたいやで。冷え性にも効くし、美肌の効果もあるんやって」


「うれしい! ありがとう!」


 チカがカズマに飛びついた。


「わたしからはサブロウ先生にはこれです」


 ヨシノは白い紙箱をサブロウに渡す。


「おお、ケーキか?」


「そうです。昔バイトしていたお店のおススメで『薔薇ジャムとクリームチーズのふんわり紅茶ケーキ』です」


「うまそうだな。ありがとう、ヨシノ!」


「いいなあ」


「みんなの分もありますから一緒に食べましょう」


「おおきに!」


「せっかくだからローズティーもいれようか」


「それええな」


「じゃあ、俺からヨシノにはこれだ」


 サブロウは小さな箱をヨシノに渡す。


「あれ、大きさの割にはなんだか重いですね」


「開ければわかる」


 ヨシノが箱を開けると出てきたのは……


「すごい! バラの形をした石だ!」


「珍しいだろう? 『砂漠のバラ』と言われるものだ。昔オアシスがあったところが砂漠になるときにできるらしい。水が干上がって水の中の化学物質が結晶化して偶然バラみたいな形になるんだと。石だから永遠に枯れず、咲き続ける」


「素敵! ありがとうございます!」


「サブロウ師匠もロマンチックね」


「ほんまや。せやけどなんか不思議な石やな。なんでできとるんやろ?」


「ああ、この石については硫酸バリウムらしいぞ」


「え? 硫酸バリウムってなんか聞いたことあるんだけど」


「昔は胃や大腸のレントゲンで造影剤として使われていたからな。それのことじゃないか?」


「そうなんですか」


「うむ。そう言えば、昔SF作家の星新一がイタズラで、胃のレントゲン検査の後出てくる硫酸バリウムからできた真っ白なウンコを乾燥させてだなあ。わざわざ茶色い色やニスまで塗って応接間のテーブルの上に置いていてお客が『よくできたオモチャですね』なんて言って手に取って眺めるのを見て喜んでたんだそうだ。っておい、みんな、そんな顔をしていったいどうしたんだ?」


 皆がこわばった表情で押し黙る中、ヨシノがつかつかとサブロウの後に回った。


「サブロウ先生のバカあああああああああっ!」


「あじすあべば!」


 ヨシノはサブロウを背後から引っこ抜くように持ち上げるとそのままジャーマンスープレックスでサブロウをソファーの上に投げ捨てた。


 サブロウはヨガでいうハッピーベイビーのポーズで固まっている。


「サブロウ先生なんてもう知りません!」


 ヨシノは怒って自室に入り、ドアをバタンと閉める。


「ないわ~センセ、アホすぎるで。自業自得や」


「空気読まないにもほどがあるわ! せっかくのロマンチックな雰囲気が台なし」


「永遠に咲くバラが、バリウムのウンコと同じやって」


「デリカシーがないにもほどがあるわよ」


「なあ」「ねえ」















「サブロウ先生のバカバカバカバカ。無神経。おたんこなす」


 ヨシノはまだ怒りが収まらず、部屋でつぶやいていた。


「あれ?」


 机の上になにか見覚えのないアルバムのようなものが置いてある。ヨシノは手に取って開いてみる。


「わあ!」


 そこにはオレンジのバラの花束を持ったヨシノを描いた肖像画風イラストとサブロウからのメッセージが。


「ヨシノへ。いつもそばで支えてくれてありがとう。ささやかな気持ちだ。オレンジのバラの花ことばは『絆』『幸多かれ』で33本のバラの意味は『生まれ変わっても愛します』という意味だ。これからもよろしく。追伸 照れくさいからチカやカズマには内緒だ」


「バカですねえ。サブロウ先生。そんなの当たり前じゃないですか。いまさら恥ずかしがることなんてないのに」


 ヨシノはアルバムを引き出しにしまうと皆のところにパタパタと戻る。















「あ、ヨシノさん」


「さあ、みんなでケーキを食べましょう! サブロウ先生も変なカッコしてないでさっさと起きてください!」


「う、うむ」


「ありゃ、ヨシノさん、なんやら機嫌うなっとるで」


「どうしたんだろ。ねえ、ヨシノさんナニがあったの?」


「なんでもないです」


「そんなことないでしょ。ねえ、教えて!」


「なんでもないぞ。ヨシノ、余計なこと言わなくていいぞ」


「ええ、どうしようかなあ」


「なんや、なんや。気になるなあ」


「ヨシノ、俺は腹が減った。早くケーキを食べよう!」


「は~い」


「「あやしい」」


 オフィス・モノクロは今日も平和であった。








おしまい

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バレンタインデーには薔薇をあなたに 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

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