第3話 羞恥の奈落を突き破れ
「同じアブラナ原人を始祖とする我々を生きながら喰わせるつもりか。このような鬼畜な所業……許せんっ」
ロマネス公は突進し、ダイコーン王からちょ~るのスティックを奪い取る。しかし、その中身はすでに空であった。彼は呆然と立ちすくむ。
「ふはははは、手遅れだ。もう指令は発された。お前達を食い尽くすまで奴らは活動をやめない」
しかしダイコーン王は、不敵な笑みを浮かべてじっと自分を見ているロマネス公に気がついた。不思議なことにモンシロチョウ達は彼に近寄ろうとしていなかった。
「ちょ~るはすでに無い――ということは、新たな指令は出せないという事だな」
ロマネス公は傍らの青年を見る。
「お任せください」
青年はおもむろに頭のブロッコカツラを取る。そこには沢山の切れ込みが入った深緑の細長い葉が揺れていた。彼は王をにらみつけながら黙って自らの葉を引きちぎる。
びり。
その途端、パッと癖のある香りが辺りに広がった。その瞬間、舞台に近い所にいる青虫たちが明らかに動きを止め、首をもたげて辺りを見回す。蝶も惑うようにブロッコ達から離れて天井を舞い始めた。
青年がちぎった葉っぱをさらに細かくちぎる。鼻の奥を刺す独特の香りが辺りに飛散した。そのまま彼は台を降りて、自らの葉を紙吹雪のように青虫に襲われたブロッコ達の頭に振りまきはじめた。
その香りに包まれた青虫たちはけいれんしながらボロボロとブロッコ達の頭から落ちる。そして苦しげにのたうち回りながら開いている扉に向かって我先に退散しはじめた。
ちょ~る効果が切れたのか、いつの間にかモンシロチョウ達の姿も消えている。
「お、お前……何をした」
「青虫たちはこの臭いを嫌う。特にあいつのは鼻が曲がるほどの凶悪な臭さだからな」
「失礼な。聞こえてますよ」
ロマネス公の背後から、従者の地を這うようなどんよりとした声が響いてきた。
彼の名はシュン・ギーク。彼の属するセリ科の臭いを青虫達は嫌っていた。
「これで助かったと思うなよ」
怒りに燃えたダイコーン王がブルブルと両の拳を振るわせながら叫ぶ。
「こうなればわしらも巨大化するぞ。合体、ダイ合体じゃあああ」
ダイコーン王が両手を天に突き上げると、隠れていたダイコーン兵が次々と王に向かって飛び込んでいった。ひとり、またひとり。そのたびに白いスパークが弾け、王の身体は巨大化していく。
「この巨大化に対応できるのが、唯一ラ行の戦士だったというわけか」
肝心な場面で戦士達は力を使い果たし救護室で点滴を受けている。彼らが自滅したのを見てダイコーン王はほくそ笑んだに違いない。
圧倒的な体格差に愕然とする二人に向かって王は掌を一閃する。風圧で吹き飛ばされた彼らは、勢いよく壁に当たってズルズルと床に倒れ込んだ。
「ロマネス公、あの手しかありません」
主人を助け起こしながらセリ科の従者が叫ぶ。
「あれは恥ずかしすぎて私には無理だ。再会した実の父から直接何度も教えてもらったが、自らの照れが克服できず、成功したことがない」
「躊躇している場合ですか、あなたにもお父上と同じ組織液が流れています。カリフラワー族は泥臭いベタなお笑いから力を得る家系。さあ、その力を頭部に集めて。羞恥の奈落を突き破った時こそ、巨大な力が湧き出すのですから」
ちからなく首を振るロマネス公。だが、従者のつり上がった目を見て、渋々何かをつぶやいた。
「ダメです、もっと大きな声で。振りも付けて」
1オクターブ高い声で青年が叱咤する。
「もうお終いかね、若造諸君」
地響きを立てて巨大ダイコーン王が内輪もめをする二人に近づいてきた。
「こちらもお遊びは終わりだ。一気に踏み潰してくれる」
「もう照れている暇はありません。さ、ロマネス公」従者が彼の肩を揺さぶる。
「嫌だ。死んでも嫌だ。長年かけて築いてきた私の上品なキャラが……」
「この期に及んで何を言っているんですかっ」
「ならば兄上の恥、私が被りましょう」
りん、とした声が響きブロッコ・リーの細い指がロマネス公の額に触れた。葉から進化した指が額から分泌される兄のフェロモンを吸引し、漏れ出た記憶と同調する。
読み取った映像の余りのはしたなさに少女は息をのむ。
しかし、もう彼女に守らなければならない気品はなかった。
そう、この期に及んで何を遠慮することがあろうか!
「今、ときはなたれたーーーーっ」
長年心の奥に封じ込めてきた姫のエネルギーが暴発し、被ってきた淑女の殻が砕け散る。
焦点の合わない恍惚とした表情となった彼女はいきなり腰を落してがに股になった。
「ハー――――っ」右手を斜め上に突き出して巻き舌で少女が叫ぶ。
「行ったるううう――」
花嫁の豹変にダイコーン王も衝撃を受けたのか、口をポカンと開けて絶句する。
「もういい。姫、あなたにこんなことをさせてすまなかった。私の覚悟は決まった」
ロマネス公はウェディング・ベールごと少女を抱いて動きを止めた。
その目から悲壮な覚悟がほとばしる。
「見ててくれ、兄の渾身の開き直りを」
彼はブロッコ達の方を向き直った。
「さあ、皆さんどうかご唱和を。私にパワーをお与えください」
彼は半分やけくそで白目を剥くと、右手を斜めに突き上げ叫んだ。
「行ったるうーーーー」
狂気に近い迫力に気圧された人々も声を合わせる。
左手を斜めに突き上げ「やったるうーーーー」
そこから両手を顔の前でぐるんと一回転。「フラクタルううううっ――――」
突然彼の頭にまばゆい光が満ちた。
透明化した頭部のフラクタル構造が幻惑するかのように空間一杯に広がり、光の洪水となってダイコーン王に向かって回転を始める。
「ま、万華鏡か、お前はッツ」
思わず目をつぶった王であったが、時すでに遅し。
煌めきの残像が暗黒の世界をも貫き、目の裏を痛いほどまぶしく焼きつける、王は悶絶しながら床に倒れ込んだ。泡を吹きながら分離した家来達とともに。
「行ってしまうのね?」
王妃がブロッコ・リーの手を取って涙に濡れた頬を擦り付ける。本音は行って欲しくはない、だが最愛の姫の幸せがこの国にはないことを一番よくわかっているのも母であった。
「ええ、私は兄上とともにもっと広い世界を見てみたいの。でも――」
言葉を切って姫は心配そうに母親を見つめる。
「お母様……私が去った後、王国は大丈夫? ダイコーン王は追い払ったといっても、いつまたこの国に侵攻してくるかわからないわ」
「大丈夫よ。後は任せて」
女王は自信ありげに微笑んだ。
「シュン君を見ていてふと思いついたの。戦う方法は武力だけでは無い、植物には植物の戦い方があるわ。ダイコーン王が近寄れないように国境にセイタカアワダチソウ族に移民してもらうの。彼らの特性であるアレロパシーを利用すればいいのよ」
「でも、お母様。今度は彼らにだまされて我が国を乗っ取られない?」
「セイタカアワダチソウの族長は今でも私にぞっこんだからその心配はないわ。彼とは一夏だけの燃えるような恋だったのよ――うふふふ」
見かけは清楚だが実は心の奥に魔性を飼う寡婦は、脳裏で思い出のアルバムをめくりながらうっとりと虚空をみつめた。
「それでは、皆様また会う日まで」
ロマネス公が、耳の上にそよぐ楕円の葉を手で揺らす。
それを合図に開け放たれた窓から音も無く滑り込んできたのは巨大な黄金色のモンキチョウであった。恐ろしい天敵の来襲に再び城内から悲鳴が上がる。
逃げ惑うブロッコ達をロマネス公が両手を振って鎮めた。
「心配ない。彼は小さい頃から私が自らの葉を与えて育てた大切な仲間だ」
モンキチョウは床に止まるとメタリックに輝く羽根を静かに広げる。三人はモンキチョウの背にまたがった。
「姫、これから一緒に冒険の旅に出発しましょう」
「ええ、兄上」
やっと、押しつけられた運命と閉じられた境遇から解き放たれる。
姫は冒険の予感に心をときめかせ、太陽に顔を向けた。
「行け、ミレニアム・バタフライ」
ロマネス公の言葉に、黄金色の蝶は輝きながらふわりと空に舞い上がった。
未来に向けて若者達は旅立つ。
これから幾多の試練に立ち向かう若者達。エネルギーが尽き果て干からびる前に、どこからか彼らに救いの水が降り注ぎますように。
小さくなる彼らの姿を見送りながら、王妃はつぶやいた。
「放水がともにあらんことを」
胸の前に手を合わせ、王妃は彼らの幸運をいつまでも祈り続けた。
了 (野菜語翻訳:不二原光菓)
風雲ブロッコ城――ダイコーン王の陰謀―― 不二原光菓 @HujiwaraMika
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