第2話 それは、余興か!?


 姫をかばい前に出たロマネス公も、覆い被さってくるような彼らを見上げて言葉を失っている。


「もう一丁、どっふん」


 彼らは天井に頭がつかんばかりに一気に巨大化した。体中の師管が怒張し、体表から幾筋も縄のような模様が浮き出ている。


 だが、さすがにここまでの形態維持となると並外れたエネルギー産生が必要となる。彼らの身体からはしゅうしゅうと熱気が立ち上り、頬は真っ赤に染まっていた。

 吐き出された息が熱風となってロマネス公を襲う。あまりの青臭さに彼は顔をしかめて後ずさりした。


「姫、お下がりください」


 ロマネス公は妹をぐい、と後ろに追いやる。


「お覚悟めされい」


 彼を上から叩きのめそうと、ラ行の戦士達が一斉に大きく広がった掌を振りかぶった。


「あぶないっ」


 ロマネス公を守ろうと姫の叔母を助けた黒マントの青年が前に飛び出す。しかし、大きな平手の前では細身の彼などひとたまりもあろうはずがなかった。

 掌の影が二人を覆う。


 だが。


「う、うおっ」


 振り下ろされたと思われたその手は、空中で止まっていた。

 ブロッコ・ラーの血走った目が大きく見開かれる。

 ゆっくりと瞳が動き右斜め上に貼り付いたその先――、頭の上にポチッと小さな黄色い花が咲いていた。


 それを始めとして、次々にアブラナ原人の名残である十文字の黄色の小花が開いていく。

 ブロッコ・ラーだけではなく、いまやラ行の戦士全員の頭が満開になっていた。

 彼らのエネルギーが蕾にめぐり、開花を促したのである。


「おおおっ、力がっ」


 植物は開花を優先して、かなりのエネルギーを注ぎ込む。

 頭の上を美しい黄色の花だらけにした彼らは残念ながらエネルギーを失い、膨れた身体は一気にしぼみ始めた。これはいきりすぎて戦闘力の均衡を誤ったアブラナ原人系戦士に稀に起る黄花不幸花こうかふこうかと呼ばれる自滅現象だった。


 硬直したままバッタリと床に倒れ込む戦士達。彼らは慌てたお付きの者に引きずられて退場していく。


「こ、これは何かの余興か……」


 あまりの間抜けさに敵味方問わず気まずい沈黙が訪れた。




「わーははははっ、うるさい戦士どもが自滅したとは好都合」


 沈黙を破ったのは台の片隅から発された、耳障りなしわがれ声だった。


「こうなれば政略結婚などまどろっこしい手続きはもう要らぬ、このブロッコ王国は今日から我々ダイコーン王国の属国となってもらおう」


 本性を現わした王が腰の剣を抜いて叫んだ。


「今日ここにはブロッコ王国の重鎮達が集まっている。こいつらを制圧せよ。抵抗するものに情けは無用じゃ。ザクザクっと、すりおろしてしまえっ」


 言葉とともに警備兵が次々とホールの扉を閉める。彼らが目深に被った帽子とマスクを脱ぎ捨てるとダイコーン族の証、顎が尖った白い顔が現われた。部屋のあちこちから悲鳴が上がる。


「スパイも混じっていたのね」悔しげに姫がつぶやく。


 サーベルを振り上げたダイコーン兵に対し、ブロッコ軍も立ち向かうが元々のんびりとした性格のブロッコ達は鋭い刃を受け止めて逃げるだけで精一杯。


 しかし、その中にあってロマネス公と従者の青年の動きは段違いに鮮やかであった。まるで舞っているかのような動きで相手のサーベルを跳ね上げるロマネス公の剣技が光り、そして必要最小限の動きながら的確に相手のツボに細い剣を射し微弱電流で麻痺させてしまう青年の鍼剣しんけん術が冴える。


 徐々にだが、ダイコーン兵団が押され始めた。


「ええい、たった二人が始末できないとは情けない奴らだ」


 怒りのあまり額の皺を渦巻きのように回転させながらダイコーン王は叫んだ。


「仕方ない、奥の手だ。役立たずどもは引っ込んでおれ」


 部下の兵士が隠れたのを見ると、ダイコーン王は礼服のポケットから何やら細長いスティックを取り出した。彼はニヤリと口角を上げながらおもむろにその上部を引きちぎる。


 その途端、窓に何かが突進する激しい音が鳴り響いた。ガラスの割れる鋭い音とともに激しい羽ばたきが部屋中に反響する。ブロッコ達はつんざくような悲鳴を上げてホールの中央に集まった。


 飛び込んできたのは、大きなモンシロチョウ達であった。


「蝶よ、ブロッコどもに卵を産み付けて食い荒らしてしまえ」

「な、なぜだダイコーン、お前達にとっても蝶は天敵なはず――」


 言いかけてロマネス公が息をのむ。


「こ、これは……」


 彼の声が震えている。彼の視線は狂ったように次々と蝶が飛来するダイコーン王の手元に貼り付いていた。


「聞いたことがある。蝶を兵器化して意のままにあやつるために開発された極秘嗜好食品。蝶まっしぐら……もしかして『ちょ~る』かっ!」


 蝶達はうずくまるブロッコ達にふわりと飛来すると曲げた腹部をくっつけて産卵していく。兵器化された卵はすぐに割れて、青虫が彼らの頭の周りの切りそろえられた葉っぱをむしゃむしゃと食べ始めた。


「きゃあああ、取ってえ」「喰ってる、俺を喰ってるう」「怖くて触れないいい」


 中でも一番怯えて泣き叫んでいるのは誰あろう、勇者ブロッコンであった。


「助けてくれえ、わしはかじられてからというもの青虫が怖いんだあ、喰わないでくれえええ」


 会場は阿鼻叫喚の嵐である。その中にダイコーン王の勝ち誇った笑いが響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る