赤薔薇と白薔薇

敷知遠江守

捨てられた白い薔薇

 英国にはリチャードという名の王が三人いる。だが三人が三人ともろくな最後を迎えていない。


 一人目は『獅子心王ライオンハート』と称された戦争の天才。

 だがこの王は余裕ぶっこいて、鎧も着ずにふらふらと敵の城を偵察している最中に矢で肩を射抜かれ、その傷が元で敗血症で亡くなっている。


 二人目のリチャード王はロンドン塔に幽閉され、玩具にされて人知れず亡くなった。

 原因は叔父であるランカスター公ジョンが亡くなった後で、リチャード二世が世継ぎのヘンリを追放し領地没収したため。

 ヘンリはリチャード二世がアイルランドへ遠征した隙に反乱分子をまとめ上げ挙兵、慌てて帰って来たリチャード二世軍を撃破してしまった。

この後、リチャード二世を捕縛したランカスター公ヘンリがヘンリ四世として王位に就く事になった。


 だがこんな方法で即位して、諸侯が納得などするわけがなく国内は反乱が相次いだ。反乱鎮圧に統治の多くを費やしヘンリ四世は他界。

 後を継いだ息子のヘンリ五世は一時停戦状態だったフランスとの百年戦争を再開。戦況は英国が圧倒的に優勢だったのだが、ヘンリ五世は戦場で赤痢にり患し病死。

 後を継いだ息子のヘンリ六世は生後九か月。


 この頃、フランスに一人の少女が現れる。

 ドンレミ村の村人に過ぎなかった少女ジャンヌ・ダルクは、神のお告げを受けたと言ってフランス軍の一軍を率いて大暴れしたのだった。ヘンリ五世が獲得した領土は、息を吹き返したフランス軍によってみるみる奪われる事になっていた。


 終戦か、継戦か、英国王室は揺れた。

 幼君だったヘンリ六世は成長した後も精神疾患をわずらい、まともに国王としての務めが果たせなかった。

 その間、護国卿を務めていた継戦派のヨーク公リチャードは、なんとか国内をおさめていた。ところが、突然ヘンリ六世が正気を取り戻した事にされ、終戦派のサマセット公たちによってヨーク公リチャードは追放になってしまったのだった。

 結果、英国は多額の戦費を費やして獲得した土地の大半を失い百年戦争を終える事になった。


 一方の追放されたヨーク公リチャードは武装し、ヘンリ六世に対抗していく事になった。こうして英国は内戦に突入した。

 ヘンリ六世のランカスター家の家紋の赤薔薇、リチャードのヨーク家の家紋の白薔薇、この二つの家紋から、この内戦は『薔薇戦争ワーズ・オブ・ザ・ローゼス』と呼ばれる事になる。


 戦は一進一退という状況ではあった。

 だが徐々に戦況はヨーク公に傾いていく。リチャードの子エドワードがエドワード四世として即位したのだが、再度ランカスター派が反乱を起こしヘンリ六世が復位。だがすぐにエドワード四世が盛り返して復位。


 エドワード四世が四十歳で亡くなると、息子のエドワード五世が継いだのだが、この時点で十二歳という若さであった。

 ランカスター家との内戦がまだまだおさまらないというに、このような幼君では心もとないと、エドワード四世の弟のリチャードが王位を簒奪してしまった。


 こうして三人目のリチャード王が即位する事になった。

 リチャード三世からしたら、手段はどうあれ、英国王室安定の為やむを得ず、ヨーク家による王位を堅固にするためと思っての事であっただろう。だが諸侯はそうは思ってくれなかった。


 ここまでランカスター家も必死に抵抗はしていたのだが、ヘンリ六世が亡くなった事で、ランカスター家の血を引く者は一人だけとなってしまっていた。それがかつてヨーク公リチャードを追放した和平派のサマセット公の娘マーガレットの子ヘンリ・テューダーであった。


 ヘンリの母マーガレットは、簒奪野郎なんかより私の息子のヘンリの方が王位に相応しいと呼びかけた。その時点でマーガレットはヘンリの父エドマンとは死別しており、ヨーク派のダービー伯と再婚していた。マーガレットはダービー伯家の一員としてヨーク派の貴族たちに賛同者を募ったのだった。

 それが功を奏し、息子ヘンリに国王リチャード三世の姉エリザベスを嫁がせる事に成功。今度は、これで二人に子供ができれば、二人の子はランカスター家とヨーク家、両方の後継者となると言って呼びかけた。


 切り崩しを受け、徐々に支持者を失っていく状況に、リチャード三世はヘンリを恐れるようになり、排除に動いた。ヘンリも身の危険を感じ一旦はフランスに亡命。フランスで傭兵をかき集めて、再びブリテン島に戻って来た。簒奪者リチャード三世を支持しない貴族たちが続々とヘンリの下に集ってくる事になった。


 こうなったからには、早めに一戦してヘンリを叩き潰すしかない!

 リチャード三世は自ら兵を率いて、赤地に獅子の旗、白地に赤十字の旗、赤薔薇の旗をはためかせてヘンリ討伐へと向かった。


 こうして両軍はボズワースにて激突する事となった。

 リチャード三世は国王であり、当然の事ながらその兵は英国の正規軍である。反乱軍であるヘンリたちよりは圧倒的に兵数は多い。そのためリチャード三世たちが優勢であった。

 だがそんな中、命令を無視して動かない部隊がいた。ヘンリの母マーガレットの再婚相手ダービー伯である。

 リチャード三世の部隊を指揮していたノーフォーク公が戦死したのを見たダービー伯は突如旗色を変え、リチャード三世軍に襲い掛かったのだった。一気に劣勢になるリチャード三世軍。


 ここでリチャード三世は勇敢にもヘンリの本隊へ突撃を敢行する。その攻撃は非常に激しく、ヘンリの部隊を守っていた部隊長を戦死に追いやるほどであった。ヘンリの首までもう少しで槍が届く。

 だが、残念ながらそこまでだった。ヘンリの部隊の前にダービー伯が割り込んで来て、逆にリチャード三世の部隊は包囲されてしまったのだった。


 リチャード三世は最後まで奮戦したのだが、馬が泥濘に足を取られて落馬。かぶっていた兜を弾き飛ばされ、後頭部にソードの一撃を叩き込まれてしまい絶命した。

 西暦千四八五年の出来事である。


 この戦の後、ヘンリ・テューダーはヘンリ七世として即位する。そんな彼の家テューダー家の家紋は赤い薔薇の上に一回り小さな白薔薇が乗っているというデザインであった。


 ◇◇◇◇◇


 西暦二千一二年、とある荒れ地の地中から粗末な棺が発見された。そこは大昔グレイフライアーズという修道院が建っていたとされている土地であった。


 レスターという都市に、かつてそのグレイフライアーズという修道院はあった。だが修道院は解散し、建物は取り壊され、そこには記念碑だけが残された。

 だが百年が過ぎ、二百年が過ぎ、三百年が過ぎたあたりで記念碑すらも失われてしまった。その後その土地は荒れ地となり、二百年以上が過ぎた。

 言い伝えによるとその記念碑にはこう書かれていたそうである。


『英国王リチャード三世、ここに眠る』

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赤薔薇と白薔薇 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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