最終話 TASTE GOOD!

「――っい、いやいやいやいや!」


 夢にまで見た――は大袈裟だけど、でも、それくらいの誘いだった。食ってみたいとは、あの時初めて焼き鯖とひじき煮の画像を見た時から思ってた。クソ、何県だよ、どこだよと悔しい思いをした。ノリで『いまから行くわ』と挙手してやろうかと何度思ったかわからない。


『食ってみたいんだけど、マジで。』


 そう返すのがやっとだ。

 ちょっと乾いてきたナポリタンを冷めきったスープで流し込む。


 でも、と考える。


 例えば、だ。

 いますぐは無理でも、例えば来週の金曜ならどうだろう。もういっそ夜はネカフェとかに泊まる覚悟で。会社終わったら車かっ飛ばして――いや、半休取ったって良いしな。そうか、その手があったよな。何、毎週なら厳しいけど、数ヶ月に一回とかならさ。


『割とマジで食いに行きたい。食いに行って良い?さすがに今日は無理だけど、来週の金曜とか。』


 文字を打つ指が震えた。

 俺んちメシ氏の飯を食えるかもしれない。

 先着五名で、五百円のやつ。


『メシ氏、どこ住み?』


 自分ルールどこ行ったよ。二往復のはずだろ。でも、こんなチャンス。


『教えたら、食いに来てくれる? ゆきじさん』


 ゆきじ、というのは俺のアカウント名だ。捻りも何もない、本名の『幸路ゆきじ』。そのまま。


『行く。たぶん。外国とか離島なら厳しいけど。日本国内で、出来れば陸続きなら。』


 もう二往復とかどうでも良い。


『そっちと陸続きかはわからん。仙台なんだけど、どう?』


「マジかよ!」


 思わず声が出る。


『俺も仙台なんだけど。』

『マジで?何区?俺、青葉区。愛子あやし駅の近く』


 待て待て待て待て。

 何だこの偶然。

 あの時の『時屋TOKIYA』って愛子の時屋かよ!


『なぁマジで、俺、いまからでも行ける。俺んち、開成通り沿いの24ニーヨンマートの近く。』

『は?あのJAの裏の?』

『マジで行くぞ、俺。飯食っちゃったけど、行って良い?酒が飲めるなら酒買ってくし。』

『マジで来いよ。それじゃ俺ツマミ作るし。』


 なんかそんな勢いで。

 

『じゃ、愛子駅に着いたらメールする。』

『わかった。』


 そういうことになった。

 

 えっ、何だこれ何だこれ何だこれ。

 俺、一生分の運使い切ってね?


 とりあえず、くたびれた部屋着を脱いで、ジーンズとパーカーに着替える。財布とスマホと家の鍵を持ってコンビニにダッシュした。


 それで、袋をガサガサさせながら息を切らせて愛子駅に行くと、何やらそわそわしながらスマホをチラチラしている背の高い男がいた。


 絶対アイツだろ。

 ちょっとプリンになってる長めの金髪をハーフアップにして、耳はバチバチのピアス。アカウントページのプロフには25とあったけど、年上かもわからない俺に対してのっけからタメ口だったし、口調からしてちょっとやんちゃな印象だったから、まぁ想像通りではある。


 こほん、と軽く咳払いしてから『着いた』とDMを送ってみると、スマホ画面を見た彼はきょろきょろと辺りを見回し始めた。ばちりと目が合い、コンビニ袋を顔の辺りまで持ち上げる。


「えっと、酒、買って来たけど。メッシで合ってる?」


 そう言ってから、心の中の発音のまましゃべってしまったことに気付いて、かぁっと顔が熱くなる。どうかうまいこと『メシ氏』で変換されてますように。そう願ったけれども。


 するとメシ氏は、一瞬きょとんと眼を丸くしてから、それをキュッと細め、鼻の付け根にしわを寄せて「メッシて」と笑った。その表情が25という年齢よりも若く見えて、あどけなさにどきりとする。


「まぁメッシでも良いや。『ゆきじ』さん?」

「そ、幸路。ええと、この度はお誘いいただいて?」

「あぁ、そういう堅苦しいのなし。飲も。奇跡に乾杯しよ」


 奇跡に乾杯。

 それはたしかに。


 メシ氏の家は、本当に駅の近くだった。愛子駅の近くにある時屋レンタルDVD店の裏のなんかでっかい家。さらに言えば、隣は警察署だった。成る程、この立地ならSNSで知り合った見ず知らずの他人を家に呼んでも滅多なことは起こらんわな。


 テーブルの上には、俺が買って来た缶ビールが数本と、メシ氏が作ったツマミがある。ツマミは『TASTE GOOD!』に盛られていた。この皿何枚あるんだ。


「そんじゃ、乾杯」

「うい」


 適当なバラエティ番組を流しつつ、酒を飲む。ツマミは蒸したささみとキュウリをごま油で和えたやつだ。ちょっとピリ辛で美味い。


「なぁ、聞いても良い?」


 軽く酔いが回ったところで尋ねると、メシ氏は「投稿止めたこと?」と先回りして来た。


「いや、それよりも、そもそも何で飯を誘ってたんかな、って」

 

 止めた理由は何となくわかる。それよりは、そもそも何でそんなことをしていたか、の方が気になる。


 するとメシ氏はぽつりぽつりと語り出した。


「俺んち、二年前まで下宿やってたんだけど」


 成る程、そりゃあ家もデカいわけだ。

 でも見たところ、ここに住んでるのはメシ氏だけだ。


「去年母親が死んでさ。そんで、さすがに俺一人じゃってことで止めたんだ。ウチ、母子家庭でさ。でも俺、物心ついた時から大人数でしか飯食ったことないから」


 一人で食うの、なんか嫌で。


 そう言って笑う顔が寂しそうだった。


「あの投稿もさ、まさかあんなに食いつく人がいるなんて思わなくて、最初は冗談だったんだよ。だったんだけど、昔のクラスメイトが気付いて、それで食べに来てくれたりして」


 あの知り合いっぽいやつらはどうやらガチの知り合いだったらしい。そりゃそうか。


「だからほんとはまた前みたいに募集したいんだけど、ちょっと悪目立ちしちゃったから、どうすっかな、って」

「それで――……、こういう?」


 と卓の上を曖昧に指差す。『こういう』という短い言葉に「俺みたいにDMでやり取りする形式にチェンジ?」なんて意味を込めてみる。それが正しく伝わったか、メシ氏は「いや違くて」と手をパタパタと振った。


「ゆきじさんだけだよ」

「え」

「あんな熱心なのゆきじさんだけだった」

「嘘だ。俺が送ったみたいなDMガンガン来てたんじゃないの?」

「いや、DMは来るけどさ。ほぼほぼ誹謗中傷だよ」


 誹謗中傷って……。


「『いい加減そのだせぇ皿ヤメロ』みたいな」

「どんだけ嫌われてんだ、『TASTE GOOD!』……」

「だからね、ゆきじさんとはマジで飯食いたかった。食わせたかった」


 ニカッと笑ってそんなことを言われると、なんか心臓がもぞもぞするんだけど。


「……また食いに来て良い? メシ氏さんの飯、食いたい」

「もちろん。――あとさ」

「あ、金? 払う払う。五百円なんて言わず――」

「まぁ、金はとるけど違くて。『メシ氏』じゃなくて、名前で呼んで、って。俺、多希たき

「多希君か、了解」

「良いよ、多希で。ゆきじさんのが年上でしょ」

「お前、年上ってわかっててタメ口だったんか」

「ごめんて」

「良いけどさ」


 そういう経緯で、毎週金曜日、『俺んちメシ』氏改め、多希からDMが届くようになった。


『今日、焼き鯖とひじき煮、大根の味噌汁だけど食う?白飯付きで五百円な。』

 

 それに『もちろん行く。』と返すのがお決まりの流れになったし、


 しかも、


『朝食もならコーヒー付きで八百円にサービスするけど。』


 後にそういう関係になるのだが、それはまた別の話である。

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【カクヨムコン10短編】お前の作る飯が食いたいんだけど。 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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