運命の人(ウンメイノヒト)ー朝霧sideー

「あの着物は綺麗ね」


今年成人する姉が、マネキンのショーウィンドウに飾られている紅い布色をした上質な着物を見て「ほう」と感嘆の息を洩らすようにそっと呟いた

姉の付き添いで来ていた朝霧はその着物を一瞥して「似合うんじゃないか」とだけ残すとその場を離れた


「あ、朝霧どこへ行くの」

「ちょっと、その辺ぶらついてくるだけ」


すぐに戻る

一言だけ言い残して様々な色の着物や帯で彩られた呉服店を後にする


ああいった店は苦手だ


朝霧は紅色が苦手であった

他の色はまだ良い。しかし、紅い色だけはどうしても駄目なのであった。

艶やかに唇に塗りたくられる紅。その色は朝霧にとって不快でしかない前世の記憶にも通ずる。


朝霧には前世の記憶があった


中学校に上がって、少しして社会の勉強の時に配られた教材。何となくパラリと捲って心にとまる時代があった。江戸時代について書かれたページであった。最初は何故こんなに心に留まるのだろう。と不思議に首を傾げた。


しかし帰宅して、気になっていた社会の教科書を読み返している途中、江戸時代に関して書いてあるページと、生まれた時からある左手の薬指の赤い痣が同時に目に入ったらもう駄目であった。

「あ、ああ」

一度水を注いだら溢れてくるコップの水の如く、その記憶は溢れ出した




朝霧は、否、朝霧の前世は吉原の遊女として奉公に出された女子であった


そして、生まれた時からついている痛々しい左手の薬指の痣は、前世で愛おしいほどに大切にした相手との約束の印、なのだと。



しかしながら、約束の印までつくってしまうような運命の人が、そんな簡単に見つかるはずもなく、気がつけば朝霧は中学を卒業していた。


「しっかし、中学と同時に親父の転勤で引越しとか、思ったより面倒臭かったな」


今まで住んで居た場所がド田舎だったせいか、都会に近い場所に移住することになって、年頃の姉がやたら自分を買い出しに連れて行くようになった


曰く『男手があればあっただけ荷物を持ってもらえる』らしい『そんなか弱い女らしいことを言ってもお前は結局力の強い怪力ゴリラなんだから一人で行けよ』と言えば後頭部にタンコブを五、六個ほど作られたのは記憶に新しい。訂正する。あいつはやっぱり怪力で巨体な熊だ。


「おっと」


気がつけば人にぶつかって居たらしい。ぼんやり考え事をしながら歩いて居たので此方に非がある。佇まいを正して素直に謝る。


「すんません」

「いえ、大丈夫ですよ」


少女はぶつかられたというのに、特に気にしてないとでも言うように、ヘラリと人のいい笑みを浮かべた。


左手の薬指の根元が妙に痛んだ


例えるならば、夢だと思って頰を強く叩いたら現実だった。

みたいな微妙な痛み

でも、夢じゃない。そんな衝撃


「うそ、だ」

「?あの、お兄さん、大丈夫ですか?」


狼狽える少女の左手をチラリと横目で見れば、左手の薬指の根元には兎がプリントアウトされた可愛らしい絆創膏が鎮座して居た。酷い不快感が心臓に走る


「…それ、誰に貼られた?」

「え、あ、この絆創膏のことですか?」

「そうだけど」

「ああー...幼馴染の過保護なお姉さんですよ。最近やたら痛むんだーって言ったら、大袈裟に心配されて貼られました」


あはは、と笑いながら、少女は何でこんなことを答えなきゃいけないんだろう?と少しだけ警戒の色を表情に浮かべた。


朝霧はそんな少女に笑って言った


「奇遇だな。俺も同じ薬指の場所に痣があるんだよ」


「なんで痣があることを初対面のあなたが知っているんですか?」


しまった。急ぎすぎたか

少女を更に警戒させてしまった

不振な人物に思われこれ以上警戒されてしまえば、これから近づくのは難しくなるだろう。

誤解を解こうと答えを探すべく脳味噌を急いで回転させるが、答えは出ない。なんと答えれば良いのか、口下手な朝霧はわからなかった。


「えぇと、前世で、また会おうって約束をした『運命』の人、だからか?」


心中で謝罪する。

俺でもこんなことを初対面の人間から言われたら困る


すまん。名前も知らない運命よ、せめて名前くらいは知りたかった

嫌われるならば、最悪ストーキングをして少女の情報を貰おう


そう考えるくらい朝霧は重症で、前世に囚われた男であった。


しかしそんな朝霧の予想を裏切るように、目の前の少女はまるで花を咲かせるようにフニャリと笑ってみせたのだ


「ぷは、何ですか、それ、ナンパかキャッチの失敗か知りませんが、もう少しマシな言い訳がありますよ」

「は」

「それとも、人違いで声をかけちゃった感じですか?」

「じゃあ、それでいい」


冗談だと受け取られたらしい。これはこれでグッドオーライ、カムバックというやつである。否、カムバックしちゃダメだろう。


前世で唯一、本当の名前を呼び続けてくれた生涯愛した人。


さて、今度は朝霧が訊く番だ。

「お前、名前は?」

少女は前世と変わらず花が咲くような笑顔で言った。

「私は夕陽!田野夕陽!」

「そうか、俺はー」






「ちょっとー!朝霧!どこ行ったの!」


「…朝霧、山籠朝霧」

じゃぁ、また会おうな。と言い残して朝霧は踵を返した。自分の名を遠くで呼ぶ姉の元へ足を向ける。後であの阿呆姉、殴る。今凄く大事な場面だったんだがな


背後で「また会えるといいな」と笑う声が聞こえた。

正直沸いていた怒りがかなり減った


運命の癒し効果、恐るべし


姉の元へ戻れば『気持ち悪いほど緩んだ顔をしてるわ』と指摘されたので姉の頰を思い切り抓ってやった。買い物したのであろう姉が服やら雑貨が大量買したのであろう袋を両手に、騒いでいたのでやっぱりこれは夢ではなかったのだ。


運命と出会った朝霧は普段は上げない口角を嬉しそうに上げて未来に期待を膨らませた。


でもやっぱり気に食わないので、次会った暁には『あの絆創膏』は剥がしてやろう。と心に決めながら。




離してやる気も更々ない。




互いの人(たがいのひと)

どちらかが欠けても成り立たないのだ



END



山籠 朝霧(やまごもり あさぎり)

前世の記憶持ち、少年

拗らせボーイ、無口で寡黙なイケメンらしいが喋ると夕陽Loveな残念な人

ストーカー予備軍

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウンメイのヒト。 雪乃 空丸  @so_nora9210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ