ウンメイのヒト。

雪乃 空丸 

運命の人(うんめいのひと)ー京夜sideー

「今日は痛みますなぁ」


愛おしい少女がソファに小さく座り、自身の左手の薬指を眺めてそうぼやいた

京夜(きょうや)はその少女、夕陽(ゆうひ)の様子が気になって、タオルで洗った手を乱雑に拭き取りながら台所から問いを投げかけた。


「夕陽ってば何を真剣に見ているの」

「左手の薬指。今日は痛むのですよ」


いつもなら痛まないのに、今日は何かに巻きつかれているかのように、指の根元が痛むんですよ。本当に変な話ですよね。


夕陽は丸い目つきを少し細めて不思議そうに、愛おしげに、また自身の指を見やった。


夕陽の左手の薬指には薄く赤い色をした痣が、指輪のように根元に描かれている。

生まれた時からあるらしい其れを夕陽は「変な痣ですよね」と初めて会った時、笑いながら話してくれたが、京夜にとっては『その痣ってまるで呪いのようだな』と思ったのも記憶に新しい。



「ふぅん」と適当な生返事をしながら、京夜は甘ったるい色をしたホットチョコレートが入ったマグカップと妙に甘ったるい珈琲を両手に持って台所からリビングへ足を踏み入れた。

「それで、なに、痛み止めでも飲んでおく?」

「ありがとうございます!でも、そこまで痛くはないので、平気です」


「じゃぁ、薬の代わりに甘味でも飲んで、痛みなんか紛らわしとこうか」

「ふふ、じゃぁ、お言葉に甘えて、そうしましょうかね」


バレンタインに因んで淹れたホットチョコレートの入った方のマグカップを渡す。

受け取った夕陽は中身を見るなり「ああ!」と声を上げた


「そういえば今日はバレンタインでした!」

「あぁ、そういえばそうだね、夕陽は誰かにあげたりしたの?」

「...その御言葉は好きな人すらいない私への嫌味ですかぁ〜⁉︎」

「あはは、そんな意味を込めて言ったんじゃないんだけど」

「まったく、京夜さんに明日でもいいから義理チョコでも渡そうかと一瞬悩んだ私が馬鹿でした!」

「夕陽から貰えるなら欲しいなぁ」


「...物欲の権化め」

「聞こえてるよ」


だって私、甘いもの好きだからね


そう笑いながら言えばブツ腐れたように唇を尖らせて

「じゃぁ、後日持ってきます」と言ってマグカップに口をつける彼女


よし、言質奪ったり!


京夜は心中でガッツポーズをした。周囲から見目を幾ら囃したてられ、騒がれ、チョコレートを貰おうが

やはり欲しいものは本命の人からのチョコレートなのである。

京夜もある意味恋愛に関しては単純な女なのだった。


あち、と小さく溢して『未だ熱いね』と猫舌な彼女は笑った。京夜はそんな夕陽を見て眦を下げた。嗚呼、癒される。


夕陽はそんな京夜を見ると、また少しだけ目を丸くして、ホットチョコレートの入ったマグカップを卓上に小さな音を立てておいた。

部屋内の温度は未だ寒いのか液体が熱すぎるのか、湯気を立てている


冬らしい、京夜は柄にも無く思った。

夕陽が徐ろに口を開いた。


「ねぇ、京夜さんは運命って信じますか?」


「どちらでもないよ」


「そうですか」


夕陽は安堵を含んだような返事をして、京夜に見えないように、視界の隅で左手の薬指の痣を小さく撫ぜた

因みに夕陽は二つほど勘違いをしている。京夜は『運命』という言葉も『繋がり』も死ぬほど嫌いだ

そして、京夜を運命の相手だと思い込んでしまっている


違うのだ


京夜は夕陽の運命の相手ではない


でも、京夜は夕陽の運命の相手で在りたい



矛盾していると、我ながら思う


しかし京夜は夕陽を手放せないのだ


いつかは夕陽の左手の薬指に痣をつけた本当の運命に夕陽を返さなければならないというのに『返したくない』と駄駄を捏ね、地団駄を踏み、依存し、子供染みた執着に取り憑かれた大人気ない、夕陽を手放せない自分が京夜の中にはいる。


きっと夕陽の左手の薬指が痛むのは、夕陽の運命が近づいてきているからなのだろう。


夕陽と運命が出会ってしまったら、自分はどうなるのだろう。嫌だ。


運命に夕陽を取られたくない。



珈琲の入ったマグカップに自然と力が入っていた。これはいけないなと、珈琲の入ったマグカップを夕陽のマグカップの傍に小さな音を立てて置くと、京夜は夕陽に笑いかける。


「痛むのだったら絆創膏を貼ってあげるよ」

「持ってるのですか?」

「うん、今日妹に貰ったんだ」


ポケットから兎がプリントアウトされた可愛らしい絆創膏を取り出して加減も出来ず夕陽の左手首を掴んだ。


「だから貼らせてね」


運命なんかに絶対獲られてたまるか

この子は私のものだ


京夜が目を細めて人の良さげな顔をして笑えば、夕陽は何かを悟ったのか唇を戦慄かせた。

「おて、お手柔らかに」

「さて、痛くグルグルに巻きつけてやろうかなあ」

「痛みが悪化するでしょう!怖いですよ!京夜さん!!」



離してやる気は更々ない。





違いの人(たがいのひと)

決して運命ではないけれど


END



京夜 17歳

夕陽に恋する少女、美形、穏やかだが怒ると怖い、好きなものにはとことん執着深い

妹がいる。



夕陽 14歳

京夜が気になる少女、平凡な容姿だが何方かといえば可愛い系、天真爛漫でお人好しのお節介、甘いものが好き、左手の薬指に生まれつき痣がある。

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