語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話 「ワープ帰宅」

鳥辺野九

第4話 ワープ帰宅


「見たいライブ配信に間に合わないって時に限ってワープ帰宅しちゃうよな」

 今日も泉子先輩は絶好調だ。ワープ帰宅だなんてオリジナルワードを交えてよく通る低い声で唄うように語る。

「結果論で言えば、25分の道のりをわずか数分で帰れて配信にも間に合ってオーライなんだが」

 そもそも人類ってワープできるんですか? って素朴な疑問を飲み込んで語りが一区切り付くまで待つ。

「帰宅経路を検証したいけど、配信もライブで見たいから明日でいいやって思ってて、結局忘れてしまう。ワープ帰宅ってそういうものだろ?」

 ワープ帰宅ってそういうものらしい。知らんけど。

「そうっすね。あたしも帰宅RTAで新記録出した時ワープしてるかもしんないっす」

 真夜が乗っかってくる。この子はオカルト大好き体育会系天然っ子だから話題がワープして困る。

「真夜ちゃんの場合は単純に脚力の問題だろ」

 スマホの時計をチラッと確認して私に向き直る泉子先輩。また何か悪戯を思い付いたってにやけ顔してる。何だったらもうすでに発動中だってぐらいににやけ具合だ。

「メグルちゃんは? 普段なら25分かかる帰り道を、わずか数分でワープしたことない?」

「ないですねー。きっと勘違い、思い違い、言い間違い、聞き間違い、お門違い、記憶違いですよ」

 オカルト大好きオバケ否定派浪漫追求型の私はスマホをぶんぶん振って答えた。

「まあそうやねー。ワープ帰宅って、自分の記憶じゃない説があるしねー」

「自分の記憶、じゃない?」

「じゃあ誰の記憶なんすか?」

 泉子先輩はすうと深く息を吸った。空気を一粒一粒丁寧に肺に送り込み、きっちり血液に乗せて脳みそへデリバリーするように。

「たまたま幽霊と『すれ違い』を起こした時、生者と亡者の記憶が混線するんだ」

 それってオバケとのすれ違い通信か。

「実際はちゃんと25分経過しているのに、幽霊とすれ違った瞬間に記憶が重なって、まるで時間が巻き戻ったかのような時間差錯覚を覚える。それがワープ帰宅」

 泉子先輩はスマホのストップウォッチを起動して見せた。小数点以下のカウントが目まぐるしく折り重なっていく。

「ワープ帰宅の成功確率を上げる方法を伝授してあげる」

 それって、オバケとすれ違い通信する確率なんだろうか。




 泉子先輩が伝授してくれたワープ帰宅のやり方は至極簡単な方法だった。それができるかどうかは別として。

 帰ろうと意識する寸前から目的地に到着する瞬間まで時間という考えを捨てること。

 幽霊に時間の概念はない。泉子先輩の持論だ。だから時間を忘れれば幽霊と意識がシンクロして、幽霊の記憶を受け取って、帰宅時間において経験と記憶に誤差が生じるのだとか。

 いや、できるか。時間を忘れろと言う傍でストップウォッチを作動させるなんて。絶対に無理。




 その日、私たちはワープ帰宅に挑戦した。スマホのストップウォッチを起動させ、時間という概念を忘れようと努力しながら無の感情で家路につく。

 ふと気付けば、家の前に立っていて、ストップウォッチのタイムが感覚とズレていたらワープ成功だ。

 いやいや、無理無理。そもそも「時間の概念をなくす」と「無の感情」があり得ない。




 ぼんやりと気が付けば、私はYの手線を乗り過ごして2周目に突入していた。ほら。ぼんやりしてるからこうなる。

 ストップウォッチのタイムは、泉子先輩と真夜と別れてから10分少々しか経っていなかった。

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