4両目

 電話を終えた私は素直に彼女にある報告をした。

 桂川社長をご立腹に追い込んでしまったこと、そして、至急、決済できる部長クラスを伴って東京の本社へ来いと言われたことを伝える。フットワークの軽い彼女はすぐに先方に電話を入れてくれたが、気難しいことで有名な桂川社長は「すぐに来い」で電話を切ったようだった。


「いったい何をしたの?」

「私にも事態が飲み込めないんですよ、ご迷惑をお掛けしますが、お願いできますでしょうか?」

「いいわ、今、すぐに行きましょう」


 鉄道館を飛び出してあおなみ線から動く新幹線へ乗り換えて東京へ。

不機嫌な上司からの質問しシドロモドロに体裁を整える作り話を報告し、愚痴と怒りを受け止めながら新幹線が東京駅へと到着すると桂川社長がホームで腕組みをして待っていた。

 町工場から一流企業にまで育て上げた貫禄、背広を纏わず常に社名入りの作業着を着て現れる。禿げあがった頭がヤクザの親分にも見えてしまうほどの強面であるが人情味に溢れ優れたできる人だ。


「おう、武中くん、こっちだ、こっち」

「どうも、連れて来ましたよ。ウチの部長」


 私達のやり取りに先ほどまで緊張と怒りで震えていた部長が、あっけにとられたような顔をした。


「どうも藤堂さん、お久しぶりです、桂川です」

「桂川社長、ご無沙汰してます、えっと……」

「あはは、芝居だよ、君、芝居さ」

「え?」

「せっかく東京に来たんだ、家族に会ってきなさい、言い訳は私との折衝でいいよ。その代わり、この武中くん借りてくよ、明日の朝には返すからさ」

「は……はい?」

「俺も親から継いで社長業を一人で頑張ってきたから気持ちわかるよ。大変だったろう、男社会のプライドは女以上にメンドクサイからな。そんな俺でも嫁さんに言われたことがあってな、仕事の合間に息抜きしなさいってよ」

「息抜き……ですか?」

「ああ、そうだ。そういえば鉄道館に居たんだってな、まぁ、詳しい話は知らねぇけどよ、この新幹線だって次の発車までホームでぼんやり過ごしていることもあるだろ。それと同じことだよ、さ、気張らずに行ってこい」


 バシンと背中を軽く叩いた桂川がふっとその手に視線を向けてから困ったように表情を曇らせた。


「これってパワハラか?」

「いえ、セクハラです」


 私の冗談に桂川社長が禿げあがった頭をペシッと叩いて申し訳なさそうに頭を下げた。


 おせっかいが過ぎたのかもしれないが、彼女はその日、仕事の帰りに寄った体で病室にて家族の団らんを過ごしていると写真付きで連絡があった。

私は桂川社長の自宅で奥さんの手料理と素晴らしいお酒を頂きながら桂川社長に報告し二人で盃を交わし、翌朝まで長い「桂川史」をご拝聴して過ごしたのだった。


 あれから2年の月日が過ぎた。

 東京行きの新幹線は今日も走り続けている。

紆余曲折を経て夫婦となった今の私達を乗せて。

彼女の父の墓参りと母親に会いに、そして仲人を務めてくれた桂川社長に会いに行くために。

 名古屋で買った少しのクリスマスプレゼントを携え、車窓を2人で眺めて話をしながら時間をゆっくりと過ごしてゆく。


 やがて独特のチャイムの音が車内に響く。


 いつも通りのアナウンスの声が駅に近づいたことを告げていた。

 

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刻む音は変わらずに 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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