【🎉カクコン10短編 参加作品🎉】迷い子

🐺東雲 晴加🌞

迷い子ーまよいごー



 夜の山はどこまでも暗く、月が出ていなければ真の暗闇であっただろう。


 深淵の闇の中を歩くのは得策ではない。けれど子どもは行かねばならなかった。

 

 この身が無くなろうとも行かねばならなかった。





 暗闇の中をどれだけ彷徨さまよい歩いただろう。


 突然目の前に小さなやしろが現れた。社はさびれていてもう何年も手入れがされていないようだった。


「……おや、こんな所に童子わらしとは」


 誰もいるはずがないと思ったのに、社の扉が開いて中からひどく顔の整った男が現れた。


「……迷い子か? そこは冷える。こちらへおいで」


 男は子どもを手招いたが、子どもは突然社の前で地べたに膝をつくと頭を擦り付けて懇願した。


「山の神様!! 貴方様は山の神様でございましょう? 私はふもとの村のタエと申します! この身を捧げますから、どうか、どうか村に雨を降らせて下さい!!」


 男はきょとんと子どもを見た。


 よく見れば、子どもは白いひとえ一枚の裸足だ。

 可哀想に、足は汚れて寒さか恐怖かそのどちらもか。小さな体をカタカタと震わせている。


 ああ、これは、日照りがつづく村のために人身御供ひとみごくうにされたか。


 男は痛ましい目で子どもを見た。



「……童子よ、私は山の神ではないのだよ」

「そんなはずはありません!!」


 子どもはがばりと顔を上げた。


 だって可笑しいではないか。こんな寂れた、今にも倒れそうな社から男は出てきた。

 しかも今は真夜中で、子どもが社の扉を叩いたわけでもないのにこの男は子どもに気がついて出てきたのだ。


 しかも男の顔はこの世のものとは思えぬほど美しく、髪は月明かりに照らされて、仄かに輝くように白かった。


「……お願いです、日照りのせいで父も母も死にました。村の皆も困っているのです。わ、私も、もう村には帰れません。帰るところなどないのです。だからせめて、せめて皆の役に……!」


 そう言って子どもは泣き崩れた。


 男は静かに子どもの側によると、その背中をそっと撫でた。

 ……子どもの片足には、ちぎれた足枷。



「山の神が迎えに来ぬから、自分で探しにここまできたのか」



 タエはえらいのぉ。



 柔らかな声にタエは恐る恐る顔を上げた。

 目の前には、月の光のような金の瞳。


 大きな手が、タエの頭を優しく撫でた。


「……すまんの。私は本当に山の神ではないのだよ。だからタエの願いを叶えてやる事はできぬのだ」


 男の言葉に、タエは絶望的な顔をした。けれど男はそんなタエの顔を見て安心させるように微笑む。


「……そもそも人身御供などで日照りは解消されぬ。一人の人間に全てを負わせて問題を解決しようなど、おかしな話ではないか。それもこんな幼いそなたに」


 のお? 


「村の事は村の者が自分達でどうにかするであろう。ただ祈るばかりで何もせぬならそれはその者たちの運命じゃ」


 そう言って男はふわりとタエを抱き上げた。


「……何もせずにここでずっと待っておった私に、偉そうなことなど何一つ言えぬのだが……。タエが私を探しに来てくれたから、私もいい加減にここから動くことにしよう」



 男はタエを抱えたまま、真っ暗な山の中を歩きだした。


 男も単一枚の姿で裸足であったが、不思議なことに暗闇の道なき道を迷いなく歩くことが出来た。

 男は社から暫く行った先の、昼間でも草で隠れて見えないであろう木の根元で足を止め「ああ、ここにおったのか」と呟いた。



 そこには、すでに白い骨となった小さな塊。



 足の部分と思われる場所には、千切れた足枷が巻き付いていた。


 男はタエを抱いたまま身を屈めると、その小さく白い塊を愛おしげに撫でた。


「ここまで歩いてきたんじゃの。タエは本当に偉い子じゃ」



 タエが社の近くまで歩いてきてくれたから、私はお前と会うことが出来た。



 タエは男を見上げた。


「……私は山の神ではないがの、嫌になったのじゃ。あがめられるのも、何か起こるとこうやってにえをよこされるのも。姿を現せば化け物とののしられるしな」


 もう何もせぬ、何も聞かぬ。そう思っていた。


「すまんの、助けてやれなくて。でもそなたは来てくれた。ならば私もいこうと思うのじゃ」



 一人は寂しかろう? 共に逝くか?



 タエは男の言葉に頷いて、ぎゅっとその腕に力を込めた。


 男はタエの背中をとんとんと叩くと、再び山の中を迷いなく歩き始める。



「……きっと川の向こうには、そなたの父母も待っておろうて。ちゃんと探してやるからの。父と母の元に還るがよい」


 私は山の神ではないと言ったがの、空を飛ぶのも水に潜るのも得意なんじゃ。あっという間じゃぞ。


 そう言って男が笑うから、タエはもう怖くなかった。




 その夜、まるで月に向かうかのように、龍の如き影が空を登ったけれど、それを見た者は誰一人としていなかった。





❖おしまい❖


 2025.1.7 了


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