第8話 足音
時は過ぎ、俺たちがこの山奥に住み始めて一月が過ぎた頃。寒さも段々と厳しくなり、やはり防寒対策が必要だなと思いながらも、俺たちは珍しく暇を持て余していた。
「なんか……冬の山ってやれること少ねえんだな」
「動物も眠ってるから、畑の面倒みるくらいしかやれることないもんね」
「やらなきゃいけねえ事は山積みなんだけどなぁ」
家の修理も進んでないし、家具や衣類も心許ない。狩猟道具もちゃんと揃えなきゃいけないし、もう冬に入ったってのに防寒対策すらも手に入れられずにいる。
「このままだと俺ら、寒さで死んじまうんじゃねえか?」
「大丈夫だよ。いざって時は2人いるんだし、肌と肌で温め合えば」
「冗談いうな。この間獲った熊皮でなんとか乗り切るしかねえか」
「別に冗談じゃないよーだ。忘れてるかもしれないけど、僕ら、夫婦だからね。そういう事だって経験済みだよ」
「やめろ。未来がどうかは知らねーけど、俺にその気はねえからな」
別に時雨が嫌とかそういうのじゃなくて、そもそも俺は人前で武装解除をしたくねえ。
物心ついた時から、ずっと1人で生きて来たんだ。
表面上は親しげな雰囲気を出して近づき、人を騙そうとする奴を何人も見て来た。
頭が悪くて騙されやすい俺だからこそ、いざって時の為、身を守る道具だけは離せない。
人前で素肌になるなんざ持っての他だ。
「大丈夫。僕も無理やり襲ったりはしないから」
「当たり前だろ」
やることがないせいか、ついどうでもいい会話をしてしまう。
時雨には、未だに謎がある。
こいつが本当に魔剣だというのなら、この時代には2本の時雨が存在している。
小屋に飾ってる時雨と、俺の横にいる時雨。
一回だけ軽く飾ってある方の時雨を触ってみたが、声は聞こえなかった。
刀の形状は瓜二つ。
だが、本当に同じものなのか?
同じ時代に2本の時雨が存在しても大丈夫なのか?
そもそもの話、もう俺は平穏な暮らしを手に入れたのだから、こいつはもう未来に帰っていいんじゃないか?
ここ数日、そんな疑問が頭の中を渦巻いている。
これもいい機会だ。
直接本人に聞いてみるか。
「なあ、時雨——」
「静かに。誰か来る」
目を閉じて、耳を澄ませば馬の足音。
1匹や2匹じゃない。
それなりの大群だ。
「野生……じゃあねえよな」
「だろうね。この感じ、たぶん兵隊だ」
「通り過ぎるだけならいいが……」
「僕たち、法国兵を倒しちゃってるから。もしかしたらその報復かも」
その場でやり過ごそうとするが、足音は俺らが頑張って育てた畑や食料を保管している小屋へと向かう。
「マズいぞ。このままだと、確実に荒らされる」
「だね。僕が行くよ」
「俺も行く」
「ダメ。アッシュが戦うと、平穏な生活から遠ざかっちゃう」
「あんだけ頑張って育てた畑だぞ。俺だけ黙って見てろってのかよ」
「……はぁ。折れる気はなさそうだね。こういう時のアッシュは、置いてっても後から絶対来ちゃうんだ」
「よくわかってんじゃねえか」
「一緒に行こ。でも、戦うのは僕に任せてね」
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傭兵にだって『夢』がある!~戦乱の世でも僻地でのんびり自給自足~ 巳己巳己㔾(いこみきせつ) @sou1234
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