家族旅行
ジャック(JTW)🐱🐾
冬の安宿
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ある冬の日、家族旅行に出かけた。
普通なら混み合う時期であるのにも関わらず、他のホテルより格段に安い値段で泊まれた。食事付きで1人あたり1泊1980円。破格と言っていい値段で観光地に泊まれることに、家族みんな喜んだ。
「どうしてこんなに安いんだろうねえ」
「お部屋も綺麗なのにね、あ、でも、壁にヒビがあるよ」
「壁のヒビのせいかね」
「ヒビなんて気にならないのにね」
畳の敷かれた和室はとても綺麗で、用意されている布団もフカフカで柔らかかった。私は和室に備え付けられている押し入れの中が気になった。
「ねえ、ここ、何が入ってると思う?」
「いや、普通に考えて、予備の布団か、
「だよね」
「でも気になるし、開けてみようよ」
「開けてみようか」
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顔を見合わせて頷きあって、一緒に押し入れの襖を開けた。襖の中はからっぽで、何も置いていなかった。しかし私は襖の中を見て硬直した。
あれ。押し入れの奥に、なにか、貼ってある……。
真っ先に赤字で書かれた『封』という文字が目に飛び込んでくる。それが何なのかはすぐにわかった。明らかにやばいお
「え……なにこれ……」
「お札……だよね……」
「え、なに、なにこれ、なに? ……な、何が封じてあるの、怖すぎるんだけど」
「やだやだやだ、なにこれ、部屋変えられないの!?」
「無理、この時期他に空いてる部屋なんてないよ、あったとしても……ものすごく高い、予算オーバーだよ」
「安かったのって……ここ……曰く付きってこと……?」
話し合った末に、私たちは、『野宿よりマシだし、一晩だけ泊まることにしよう』と決めた。あんなにはしゃいでいた気持ちがしぼんでいくくらい心細い時間だった。
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ホテルの人は柔和で優しく、応対も丁寧だった。女将さんらしき人は、にこにこと笑って接客してくれた。
しかし、『あのお
見た感じ、お茶目やドッキリで貼ってる感じではなく、必要だからこの部分に貼っているのだろうという雰囲気があったから。
この部屋やこのホテルで何が起きたかしっかり聞こうが聞くまいが、私たちは、どちらにせよこの部屋に泊まるしかないのだ。食事を終えた私たちは、渋々ながらも宿泊する部屋に入った。
「さ、電気消すよ〜」
「や、やだ、待って、お札のそばで寝たくない」
「……じゃあ、部屋の隅に布団敷いたら?」
「そうする」
──な、何も起こりませんように、何も起こりませんように……。早く帰りたい。早く帰りたい……。
私は願って祈りながら布団を頭から被って眠りについた。近くの工事現場から響いてくるガガガガガという騒音がかえってありがたかった。工事現場があるということは、近くに人がいる。しんと静まり返る静寂だったら、逆に眠れなかっただろう。
──明日早いから……早くねなきゃ、ああでも怖い、怖い……。無事に家に帰りたい。帰りたい……。
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恐怖心をこらえて、なんとか眠りについたその夜。
私は、和服を着た黒髪の女性が出てくる夢を見た。情景は曖昧で、私は目をそらすことができずに彼女を見つめていた。夢の中の私は縛られたように逃げることもできなくて、恐る恐るその女性を見つめ続けるしかなかった。
しばらくして、私の方に目掛けてぐるんと振り返ったその女性の顔。
それはニコニコと笑う安宿の女将さんだった。
女将さんの笑顔を見た瞬間、私は窓から差し込むまぶしい朝日を浴びて目を覚ました。
眠い目をこすって起き上がり、左右を見渡すが、当然そこには家族しかいなかった。
私はほーっと息をついて、その後深いため息をついた。
──怖いのか怖くないのか判断に困る夢はやめろ! 頼むから。マジで……。
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幸いと言っていいのか、微妙に怖い夢以外に心霊体験らしきものはなかった。
のんびり観光を楽しんだ後に平穏無事に帰路につくことができた。私と家族は、荷物を持ちながら石畳を歩く。私はホテルを無事に出られた喜びで足取りが軽かった。
「結局、あのお
「さあ……」
謎は解けないまま、私たちは、がらがらとスーツケースを引いて歩く。
思い返せば、お札そのものより怖かったのが、ホテルの従業員さんがお
……もしかして、あの部屋で以前人が死んだのか? 人が怪我したのか? 事件が起きたのか? それとも霊障があるのか? 封じられたものは一体何なのか?
何もかも分からない部屋に、私たちは一泊した。
しかし、あのホテルに問い合わせて詳細を教えてもらい、謎を解きたいという気は少しも起きない。
何故ならこれは、実話だからだ。
今更全てを知ったところで、得るものは何もない……。
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触らぬ神に祟りなし。
安宿ホテルに理由あり。
今後は、不自然に空いている安宿には泊まらないようにしようと強く思った。
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家族旅行 ジャック(JTW)🐱🐾 @JackTheWriter
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