つま先立ちのユーレイ

木古おうみ

つま先立ちのユーレイ

 俺の友だちの家に幽霊が出るって聞いてさ。

 それが足だけの霊だけなんだって。普通、幽霊って足がないと思ってたけどな。



 最初は誰もいないのに子どもがバタバタ走り回ってるような足音がしたんだって。

 それから、しばらくしたら寝る前に幽霊の足だけが見えるようになったらしい。


 ワンルームマンションだから、ベッドに転がると足の方に台所があるんだ。

 で、冷蔵庫の横トマト缶とかパスタとか置いてるスチールラックの間から、ちっちゃな白い足の先が見えるんだって。

 爪も指もちっちゃいらしいから、女の子かなとか言って。


「お前、怖くないのかよ」って聞いたら、「最初は驚いたけど、今は『可愛い』と『可哀想』の中間くらいの気持ち」だってさ。



 話で聞くより怖くなくて、バレエの練習中の女の子が必死に爪先立ちしてる感じらしいんだ。たまにふくらはぎをピンって伸ばしたりして。で、疲れたのかダラっと垂らしたりして。


 たぶん向こうもその友だちがいるベッドの方覗いてるんだよな。ラックが邪魔で何とか背伸びしてさ。見えないってわかったら拗ねてんのか、ずっと足バタバタさせてんだって。



 じゃあ、早く引っ越せよって話だけど。

 そいつ、よく言えば良い奴で、悪く言えば考えなしに他人の世話焼きたがる奴なんだよな。


 だから、幽霊のことも気になっちゃうんだって。

「歳が離れた妹がバレエやってて、実家に帰るたび爪先立ちして練習してるからつい重ねちゃうんだ」「きっと寂しくて構ってほしいんだろう」とか言って。



 だから、その友だちはベッドから出て近づきはしないけど、たまに手振ったり、話しかけたりしてるんだって。

 声が返ってくるときもあるんだ。

 ほとんど聞き取れないけど「ママ?」とか「いっしょ?」って言ってるらしい。で、「違うよー」とか「そうだよー」って答えるんだって。

 まあ、ママじゃないけど一緒に住んではいるからな。


 最近はラックの向こうにチラッと顔が見えるようになったとか言ってんだ。やっぱりその友だちのいる方覗いてるらしい。



 大丈夫かって、いや、大丈夫な訳ないだろ。


 俺、忘年会の帰りに酔った後輩を泊めるって言って、そいつの家まで送ったことあるんだよ。


 暗い部屋で後輩を寝かしたりしてるときに、俺も足音聞いてさ。

 台所の方見たら、確かにラックの向こうに子どもの足は見えたんだ。


 でも、違うんだよなあ。そいつ鈍いからなあ。わかんないのかなあ。



 爪先立ちじゃない。

 あれ、どう見ても首吊られてんだよ。

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