年明けのはなし

@ihcikuYoK

年明けのはなし

***


 同じマンションに住む私たちは物心つく前からの付き合いで、子どもがマブダチなら親同士もマブダチという、大変おめでたい人間関係の中で育った。

 20年という節目っぽい年数を迎えたものの、だからといって何が変わるでもないのであまり実感もなく、今年も例年通りの平和さである。


 大晦日から正月にかけて祖父母の家に泊まり、そして次はもう片方の祖父母の家へ泊まり、自宅へ帰って来て一服するかと思いきや、同じマンションの幼馴染家族と合同で新年会をする。

 ……というのが例年の流れだった。各々の友人たちと過ごすのはその翌日からである。

 合同新年会の会場はどちらかの家で交互に開催され、今年は幼馴染の家であった。

 集まってやることなど、祖父母の家でやっていることとそう大差ない。私たちが小さいころは、ツイスターゲームをしたり歌留多をしたり外で凧揚げをしたりしていた。

 少し大きくなってからは、食事が終わったら大人の部・子供の部と称し、親たちは酒瓶の片付けもあるのでその場に残り、そして私たち子どもはもう一方の家へと向かい遊びなおすのが常であった。

 親の目のないところで遊ぶことにはしゃぐような年齢ではもうないのだが、正月という非日常感も相まって毎年それなりに盛り上がる。トランプやそのとき流行りのボードゲームをしたり、懐に余裕のある時は外にカラオケをしに行ったりして楽しく過ごしてきた。


 そして今年は我々もまた少し大人になったので、さほどバカ騒ぎはせず、先に風呂にでも入ってしまって、のんびり遊びつつおしゃべりでもして、眠くなったらそのまま怠惰に寝てしまおうか、なんて話になっていたのにこの様である。


 冷蔵庫にあった酒を間違えて飲んでしまった幼馴染が、たったのひと口でやられた。

 一般的な成人男性の図体を持つ彼はフラつきながらもソファまでなんとか辿り着いたものの、そこで唐突に意識を失い、行き倒れたように突っ伏し寝潰れた。

 体格的に動かすすべもない私と弟は、その呼吸に乱れがないかだけ確認してすべてを諦めた。きっと、客用の布団を敷いてやってもそこまでとても歩けまい。近くにだけ準備しとこっか、とリビングに布団を持ってくるくらいが関の山だった。

 小一時間ほど経ったが、健やかな寝息が聞こえるばかりで起きる気配すらない。

「……知らなかった。まーくんてこんなにお酒弱いんだね」

「……。雅樹はアサリの酒蒸しでも酔うし寝るよ。たぶん遺伝?」

 大学で飲み会に誘われる前に、どこまで飲めるか試してみようと雅樹を誘ったら、『やらなくてもわかる。俺は弱い』『知ってた。昔、調理実習で倒れたもんね』となり、結局私がひとり飲むのに雅樹が付き合い、ただ食っちゃべりながら過ごした。

 私はどうやらアルコール耐性強めらしく、飲んでアルコールは感じるものの頭も痛くならず吐き気もなにもなかった。それならジュースの方がずっと安上がりだし、自ら好んで飲むことはないかなー、という感想だった。


 まだ未成年の弟に合わせ、今日もシラフで過ごすつもりだったのに、よりによって酒に弱い雅樹が飲んでしまうとは。


「そういや、森本のおばちゃんたちもぜんぜんお酒飲まないもんね」

そうそうと頷いた。

 うちの両親は日本酒も洋酒もなんでも愛する酒豪で、その酒好きと一緒に正月の宴会なんて酔っ払いに絡まれるようでツラくないのかなと思ったものだが、森本夫妻に『海野家とならシラフでも楽しいからねー』とのありがたい返事をもらってからあまり気にしていない。

 森本家は嫌なら断れる人たちだし、そして断られて気を悪くする海野家ではない。たぶん本当に、一緒に過ごすのを楽しんでくれているのだろう。

「とりあえず雅樹に膝掛けとクッションはあげたし、私らも片づけだけして寝よっか」

了解、と颯太はため息もつかず立ち上がると、伸びをして肩を鳴らした。

「お風呂、先に入っておいて正解だったね」

「だね。これじゃとても入れなかったろうし、……まぁ入るって言われても止めるけど」

「絶対溺れるやつじゃん」

ほんとにね、と言いつつ見やった先の雅樹は倒れ伏したままで、置き物のように微動だにしなかった。

 じゃあオレお菓子系から片づけるねー、と弟は歩きつつ腕まくりした。

 ふたりで黙々と片づけると早く済んでありがたい。大まかにゴミの分別をし終えると、じゃあおやすみーと颯太も部屋へ引き上げていった。


 時計に目をやるが、まだ夜の11時であった。

 両親はたぶん、まだ森本家で盛り上がっているのだろう。

 ――せっかくの冬休みなのに、こんなに早く寝るのももったいない気がする。


 ふと思い立ち、自室からマニキュア瓶を入れた籠を抱えてきた。リビングのラグに尻をつけ、瓶を手に取り色に悩む。

 今年買った中では、夏に買ったカナリアイエローが一番よかった。パキッとした色の気分だったので気まぐれに買ってみたのだが、なかなか綺麗に発色して思いのほかよく使った。明るい色が目に入ると気分がいいのだ。

 でもいま塗るなら冬だし落ち着いた色かな、いや正月だしパァッと派手な感じでも、でもどうせなら今年一番気に入った色を塗りたいような気もする……、とあれこれ瓶を手にとっては戻しを繰り返していると、視界の先で靴下が脱げかけていた。


 気まぐれにその先端を掴み引っこ抜く。

 籠に戻したばかりのマニキュアの小瓶を手に取った。


***


 怪人が追いかけてくる。捕まったらいけない。服をはぎ取られるから。

 それよりなにより頭が痛い……。

「ーー、うぅ」

「あ、起きたの? おはよ。まだ夜だけど」

おは……? こんば、どっち……? と口から掠れた小さな声が出た。寝起きだからか喉がちょっと変だ。

 なんか変な夢を見た気がする。初夢が追いかけられるってどうなの……、と内心凹みながら頭をかいた。

「颯太は……? いま何時……?」

「もう寝たよ。そろそろ日が変わるとこ」

俺、なんで寝てたの、と問うと、こずえは黙って机上の缶を指さした。ジュースに似てると思ったが、よく見なくてもしっかりチューハイであった。なぜ間違えてしまったのか。

 自身の口から洩れた盛大な溜息にまでアルコールが感じられ、思わず口をおさえた。いま俺、酒クサい気がする。


 森本家は皆アルコールに弱いのである。母も父も弱い。俺たちを倒すのに暴力はいらない、何かしらの酒蒸しを食べさせたら全滅である。

 今もびっくりするくらい頭が痛んでいた。思わず唸ると、眉根を寄せたこずえに額に「床で寝たし冷えた? 一応、膝掛けかけたんだけど」と手を当てられた。

 酒豪の遺伝子には思いいたらなかったらしい。

「風邪じゃないよ……、たぶん二日酔い……」

「ひと口飲んだだけなんでしょ? 風邪かもじゃん」

 ひと口でもこうなるのが森本の血なのだ。うちは両親のみならず、父方の祖父母も母方の祖父母もびっくりするくらい酒に弱い。

 正月に行っても、酒を飲んでいるところなんて一回も見たことがない。だから幼いころ、海野家の両親が酒瓶を抱えてやってきた姿を見て驚愕したものだ。

 それ、今年1年かけて飲むやつ? と訊いて大笑いされたものである。


 ふと違和感を覚え足元を見ると、靴下がヨレていた。夢で怪人に追われたせいだ。現実でも、逃げようともがいていたのかもしれない。

「そういや、変な初夢見た」

「初夢? もう3日だけど」

正月からなんも見てなくて夢は今日が初だったの、と頷いた。

「なんか、服を剥ぐ怪人みたいなのに追いかけられて、靴下取られて」

「あっはは!!」

途端にケラケラと笑い出したので、こちらも徐々に目が覚めてきた。

「こずえは? もう初夢みた?」

「んー。靴下を剥ぐ夢かな」

「うわぁ、怪人確保しちゃった」

なんなのその怪人って、と笑うこずえはどこかご機嫌であった。


 伸びをする元気もない。ヨレた靴下を直そうとして、指先に違和感を覚え思わず二度見した。

「、わっなにこれ! ……文字?」

「みんな寝ちゃって暇だったから爪借りた」

借りたなら返してーと述べたら、後でねーと戻ってきた。

 こずえの爪は黄色になっていた。今年の夏に彼女が特に気に入って塗っていた色で、『可愛いじゃん、たくあんみたいな色だ』と述べて『カナリアイエローって言って』とドつかれたことを思い出す。

 俺の爪にも全部なにかしら書いてあったが、向こうから手を取って書いたのか、指を丸めてこちらを向けないと文字が読めなかった。

「右手から書いた? 『おめでとう』『あけまして』になってる」

「あ、うっかりミスだ。まぁでも使えるよ、人に挨拶するときは手をクロスしたら、ちゃんと『あけましておめでとう』だから」

キレよくクロスさせ、「あけましておめでとう……」と低い声を出すとまぁまぁウケた。


***


 海野夫妻は、おそらくうちの家で寝潰れているのだろう。まぁ例年通りのことであった。去年はこずえと颯太が我が家に泊まっていった。

 しばらくあれこれ喋っていたが、夜の1時くらいになってこずえは「もうムリ眠い……おやすみ……」と手を振り自室に戻っていった。


 水を飲んで喋っていたからか、頭痛もだいぶマシになっていた。

 いまなら眠れそうな気がする。野垂れている間にふたりが用意してくれていたと思しき、近くにあった客用の布団を広げ横になった。


 もぞもぞと布団の中で身じろぎをする。靴下を履いたまま床に就いてしまったのだ。面倒だから足で脱いでしまおうと格闘していたら、また違和感があった。

 かけたばかりの布団をはねのけ、おそるおそる裸足になったつま先を見やる。


  よろしく☆ ☆ことしも


 ひとり笑って、足をクロスさせた。

 ――こっちも左右逆じゃん。


fin.

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