世界を変えよ

和歌宮 あかね

第1話 今日まで気づかないもんだなぁ

 俺、山田。年齢21。趣味、寝ること。


 将来の夢......。 

 それはとうになくなった。


 今日も今日とて、窓の外では電車がガタゴトと張り切って仕事をしている。

 俺は今日も惰眠を貪る。本当に情けなくなってくる。

 携帯のメッセージアプリには、何も届いてなくて、今日も死んだように画面が冷え切っている。


「お互い様だなぁ」


 そう言って、もはや癖のようになって画面の指紋を擦って消す。


 いつからだったか。こんなに疲れ切ったように感じ始めたのは。

 覚えてなんかいない。でもしんどいんだ。

 天井を見つめる。木目調じゃなくてただの壁紙。

 そいつは俺の様子を嘲笑ってるようで、責め立ててるようで、泣きたくなってくる。


 何時間経っただろうか。

 腹が減った。不思議なもんだ。

 こちとら人生について悩んでるってのに、うるさいほど腹中に、轟音を感じる。


 外に出た。コンビニに向かう。

 着いたら適当に飲み物と腹に溜まりそうなものを買う。

 買えば外に出してもらえる。気づかないうちに外は寒さを増していた。

 エアコンなんてつけていない。布団に入ってりゃどうとでもなるからだ。


 家に着く。買ったものを腹の中に収める。

後は寝るだけだ。

 外でカップルっぽい声が響く。

 もう深夜近いんだ。静かにしてくれ。

 俺を笑ってるみたいだからやめてくれ。


 声は結局止まないまま数十分。

 根負けして、外に出た。


 深夜の公園は少し不気味だ。何かが襲ってきそうな気配がある。

 あ、明日は1限から講義がある。というか、大学に行かなきゃならない。

 人間はどうでもいいことをすぐに思いつく。

 どんなにピンチでどんなに苦しい時でも。


「もう嫌だなぁ。こんなの」


 言っておきながら何に対してか分からないが、泣いた。

 大人しく家に帰った。家は相変わらず綺麗な様相を保っていた。

 3階まで登り、鍵を回す。ドアを開けると比較的綺麗な部屋が見える。

 真っ直ぐにベランダへと向かう。綺麗にしていたコートを途中で脱ぎ捨てる。

 マフラーも手袋も靴下もセーターも脱いだ。


 ベランダに出ると、わずかに光がチロチロと空に輝いていた。

 水が伝った頬がヒヤリとする。

 指先も冷えるし、体全体が寒い。このまま終わってしまいたい。

 柵に頭を預け下を向く。溝に溜まったゴミが目につく。


「こんなところに素足で出たのかよ、俺」


 やっぱりくだらないことを考える。

 でもそれのお陰で急に足が気になった。


 色は白くて、足全体は大きい。血管は少し浮き出て、爪は少し不思議な形。


「いつの間にこんなに爪が伸びてたんだ。どうりで少し痛いわけだ。

 それに俺、末端冷え性だったんだな。初めて気づいたよ」


 今日まで気づかないもんだなぁ。


 必死に前を向いてたことに。

 何かを気にかけないできたことに。

 無視を決め込んで、痛みができてきていたことに。


 部屋の中に戻った。大人しく寝ることにする。

 あそこで一歩踏み出しちまうのはやめだ。

 明日というか今日は大学には行かない。

 夢を見させてくれ。眠りが浅くなるまで休ませてくれ。待ってくれ。

 起きたら一杯あったかい飲み物でも飲もう。

 それで怒るなら、俺の話でも聞いてくれ。

 一杯分の話は魂よりもだいぶ重いけど、これで人助けできるってなら安いだろ。お釣りが来るだろ。

 その後ちゃんと爪を切ろう。深く切り取らないように、気をつけよう。

 血が出てくることにならないように加減しよう。


 世界を変えよ。小さなことから。違う一歩から。


 とりあえずおやすみなさいな。


 つま先までちゃんとあったかくして寝るんだぞ。

 

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