その意味は、恋。

未来屋 環

その味は、甘酸っぱくて。

 ――どうすればあなたに、この想いが届くだろうか。



「ねぇ、またあいつ、あんたのこと見てない?」


 友人に言われて顔を上げると、食堂の端にいる君と目が合った。

 1ターン遅れて、ふいっと視線をらす。

 なんともわかりやすい動き、なんともわかりやすい不自然さ。


「……気のせいじゃない?」


 私も視線を戻して笑うと、友人が口をとがらせた。


「いや、絶対見てるって。あいつ、あんたに気があるんじゃないの」

「まさか、考えすぎだよ」


 私たちが席を立ち食堂を出る段に至っても、君はまだ同じ席に座ったままだ。

 その丸まった背中を見ながら、私は君と初めて逢った時のことを思い出していた。



「……隣、いい? 教科書忘れちゃってさ」


 私の声に君は慌てて顔を上げる。

 眼鏡の奥で見開かれた目がぱちぱちとまたたいた。

 あ、睫毛まつげ長くてうらやましいな――そんなどうでもいい感想が頭をよぎり、目の前の君が「……あ、どうぞ」と小さな声で応える。

 私は「どうも」と返し、隣に座った。


 モチーフだとかメタファーだとかを説いた文学論の講義はつつがなく終わり、席を立った私はわかぎわに「あげる」とストロベリーキャンディーを差し出す。

 君は驚いたような表情で私を見上げた。


「教科書見せてくれたお礼」


 戸惑とまどうその手に無理矢理突っ込むと、君は困ったように微笑む。

 その優しい笑顔を見届け、私は教室を出た。




 ――そして今、君はステージの上に立っている。


 圧倒的だった、何もかもが。

 歌い出した瞬間、その会場内にいる全員が君に目を奪われる。

 時に力強く、時にせつなく、その歌声は観衆オーディエンスの心を激しく揺さぶった。

 無色透明だった世界が色付いていくさまに、私たちはただ酔いしれるしかない。


 あの日自信なさげに丸まっていた背中はすっと伸び、こちらを見下ろす眼差まなざしには強い光が宿っている。

 他のバンドメンバーを従えた君は、まるで世をべる王様のようだった。


「今日は来て頂き、ありがとうございました。次が最後の曲です」


 客席から次々と上がる無念の声に、君は少し困ったように笑う。

 その笑顔があの日の君と重なり、確かに君は君だと今更ながらに気付いた。


「僕は口下手で気持ちを表現するのが苦手なので、今日は或るひとへの想いを歌に乗せて伝えたいと思います」


 瞬間――君の視線がまっすぐに私を捉える。


「聴いてください、『ストロベリーキャンディー』」


 思わず息を呑む私と、歌い出そうと息を吸う君。

 そんな攻防を知ることもなく、観客たちは大きな歓声を上げた。

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その意味は、恋。 未来屋 環 @tmk-mikuriya

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