山田太郎の掘削

三屋城衣智子

太郎はなつかしく回想する

 山田太郎は困っていた。


 今は浜辺でバカンス、というよりかは青春よろしく男子と女子それぞれ数名で、合コンの真似事しつつ海水浴を楽しんだ、その帰り。

 の前の撤収てっしゅうどきである。

 暑い日差しにも日焼け止めでヒリヒリ対策バッチリの太郎の少々ぽちゃりと出た腹は、ぷるぷると、所在なさげにたたずんでいる。

 そのいかにも風にふかれてもフルフルしそうな、お腹のその向こう、太郎の落とす視線の先。


 そこには、同じく所在なげにたたずむ、一人の少女のつま先が見えていた。


 間には、一人の同級生の生首。


 太郎には訳がわからなかった。

 何せ、海の家の焼きそばにあたってしまったのか、はたまた朝食で食べた一週間前の玉ねぎスープが悪かったのか、太郎は今の今までトイレにもりっきりだったのだ。


 断りを入れてもる前までは誰もそんなことになっていやしなかった。

 だのに、今、同級生――田中の、首は生である。

 他の連中の鞄は既にもうない。

 と、いうことはだ。

 ここにはもう三人しかいないということになる。


「なんでこうなった」

 太郎はたずねた。

「埋まってみたいと言ったらこうなった」

 見れば、周りにスコップだのなんだのが散乱し、少し離れたところに、人一人分の質量くらいの、砂山ができていた。

 太郎はふと、行きがけに周りの連中の鞄がいやに大きいなと頭に浮かんだことを、思い出した。

 あれは掘るための道具がまっていたのだろう。


 それにしても、である。


「なぜ、縦なんだ」


 そう。埋める定番というか、労力が少ないのは、寝転ぶ人に砂をかけるいわゆる砂風呂的な方法だろう。

 太郎でもわかる。


「途中でうっすら気づいたが、みんな真剣だから言い出せなくて、な」


 イケメン田中は格好つけて言うが、その姿は非常にみっともなかった。

 何せ生首である。

 割れたシックスパックも、スラリとした長い足も、今はもう地中深くにあって知覚する事は叶わない。


 太郎は少し安堵した。

 コンプレックスを刺激されたんでは、出る力もしぼむというものだ。

 自身の荒唐無稽こうとうむけいな田中への嫉妬、そのみっともなさも、太郎は薄々自覚していた。


「他の連中はどうしたんだ」

「俺、ガタイはいい方だろう? その分だけの穴を掘るのに全力を尽くしすぎたらしく、帰った。あとは太郎に任せるそうだ」


 その無責任なほうりぶりように、太郎は激怒した。

 正確には、激怒しようとして我に返った。

 一人だけ、この場に残った子がいることに気づいたからだ。


 太郎は改めて、つま先から上へと視線を移した。


 今時流行りの洋服に見えるセパレートの水着を着て、ぱっつんの前髪の下にあるぱっちりとした瞳が、心配そうにイケメン田中を見つめている。

 確か隣のクラスの清水花乃はなの……だっただろうか。

 一年の時に同じクラスで挨拶を交わした程度だが、クラスの変わった今でも、廊下で会えば挨拶をしてくれるものだから、流石の太郎も名前と顔を覚えていた。

 その朗らかで控えめな性格によく似合う、パーカー状の水着のがったチャック越しに覗く白く、フリルのついたビキニタイプの胸元をついうっかり注視してしまいそうになって、太郎は慌てて生首へと視線を移動させた。


 とにかく、生首である。

 しかしか弱い女子には過酷かこくだろう。

 太郎は彼女へと声をかけた。


「清水さんは大変だろうし、帰宅時間のこともあるから、先に」

「あのっ」


 と、そこに顔を真っ赤にして彼女も同時に太郎へと声をかけた。


「手伝いたいんだけど、何か、できることない……かな?」


 両手を胸の前でぎゅっと握って、一生懸命声をかけてくれた彼女を、太郎は無碍むげにすることができなかった。

 結局、太郎が生首の周りを掘り、花乃がその掘った砂を戻っていかぬよう離れた場所へ運ぶことにした。


 道具は放置されていたから、あとはひたすら作業するのみである。

 二人は一心不乱に手を動かした。

 太郎が掘る、花乃が運ぶ……一連の作業に、不思議な一体感が芽生えていく。

 途中、一風変わったことをしているからか、見ていたらしき他の海水浴客が手伝ってくれたり、差し入れをしてくれたりもし。

 そのもらったドリンクを二人で飲み休憩を挟みつつ。

 日が暮れる頃には、生首は萎れつつもなお立派なシックスパックを取り戻すことに成功した。


「ありがとう〜」


 シックスパックは二人にチューをせんばかりに抱きつこうとし、太郎はその筋肉に抱き込まれ、花乃はというと太郎が阻止してその窮地を脱した。

 疲れたところに肌接触とあれば、感謝の表明とはいえセクハラだろうし、こころよくないだろう。


 というのは結局のところ、嫉妬だ。

 太郎は自覚しまくってしまった。

 肌の一面、髪の一本たりともイケメン田中に触らせたくない。

 という自分のその強い衝動を。

 花乃を咄嗟とっさに自身の背面に隠してしまったのはその現れである。


「なんでお礼させてくれないんだ」


 イケメン田中は不服そうに頬を膨らませた。

 こんな仕草すら似合っているのだから、もはや嫌味ですらない。


「お礼と言うなら、女子向けはスイーツだろ。かなり重労働だったんだからな。埋める時は人数多かったからよかっただろうが」

「あ、そっか。それはごめん。まじごめん。清水さんには美味しいお菓子買って休み明け持ってくわ」


 遮る太郎をものともせず、田中は体を斜めにして視界に花乃をおさめつつにこやかに告げた。


「お礼はいいよ。後が大変じゃないかなって、思ってたけど……私も声かけれてなかったし」


 太郎の背中で大人しくしながら、花乃が答えた。


「いいって言われてもなぁ。あ、じゃあデートし」

「それはダメだ!!」


 引っかかった、と太郎は思った。

 目の前の田中はにやにやと、非常ににやにやと太郎を見ている。


「ふーん、へーぇぇえ?」

「……」

「まぁじゃあお礼は二人にまた何か考えるよ。じゃ、俺着替えて帰るな。荷物は俺の筋肉に任せとけ」


 言うと、田中はスコップ類を手早く袋に詰めさっさとその場を辞していった。


「……あんにゃろう……」

「えっと……」


 太郎と花乃はお互いに見えないくらいのうっすらと薄桃色の頬をしながら、沈黙した。

 お互いの目を見て、パッと視線を変える。


「……帰ろうか」


 どちらともなく、声が出た。


 帰りの電車の中。

 そこには、お互いにもたれかけた頭、すやすやとした寝息をたて揺られる二人の姿。

 夕闇にともりだす灯りが、ぽつり、またぽつりと、車窓を彩っていた。

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山田太郎の掘削 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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