第8曲 感情のシンコペーション④

「おい!起きろよ!」

そう言って俺は、布団をめくり上げた。


「は!ちひろくん寒いよ。」

目を見開き雄太は、起きた。

確かに最近徐々に寒くなってきた。

もう10月後半、そんなことより雄太ゆうたはなぜ裸なのだろう。

俺は、いらぬ考え巡らせていた。


「お前、俺に何かしたのか!?」


「え?するわけないでしょうが。ウケる。だったら、ちひろくんが服着てるの、おかしいでしょうが。」


あぁ…たしかにそうだ。

少し気が動転してしまっていたようだ。


「俺は、寝る時は全裸派なだけだよ。」

そう言って雄太はスマホのアラームを止め服を着はじめた。


「俺、今日も仕事だし昨日はありがとう。また姫と行くよ、スタジオ。」

そう言って雄太は、俺のいない社会へとそそくさと消えていった。


静かになったいつもの部屋は少し寂しく俺は感じた。


俺は、部屋のイスに腰かけて机の上置いてあったタバコを1本とり出した。


そして、机の上にあるスマホに通知がきていることに気づいた。


『昨日は、すみません。』


拓史たくしからか…そう思い、俺は書いてある通知を開いた。


『昨日は、すみません。俺、ブルー・スター辞めさせてください。』


俺は、口に咥えかけていたタバコを落とし、すぐに電話をかけた。


プルルルルルル


だが、待てど暮らせど一向に拓史はでない。


考えられたことだったのかもしれない、あいつはあいつの事情がある。

そんな言い訳で、俺は問題を先送りにしているだけだったのかもしれない。


バンドのリーダーとして、失格だな。


俺は、外にでる準備をしてギターを担いだ。

一度グラススタジオに行くことにした。

今日は、バンドの練習は組んでいなかったが、もしかすると一人で練習に来ているかもしれない。


蓮弥れんやにも言っておくか。」

そう思い、向かいながら電話をかけた。


プルルルルル


「はい、もしもし近藤さん。なんすか?今日練習ないっすよね?」


「あぁそれなんだが、拓史がバンド抜けるって言いだしてよ。」


「よっしゃぁ。」


「よっしゃじゃねぇよ。もう3年ぐらい一緒にやってきた仲じゃねぇか。」


「あーはい。すんません。ドラムが今抜けられるのも、ヤベェっすもんね。」


「お前これから、暇か?探すの手伝ってくれねぇか?」


「わかりました。俺は、俺であたってみますわ。」


「おーよろしく頼むな。」

そう言って電話を切った。


俺は駆け足で、いるかもわからないスタジオへと向かった。


念のためトークアプリにも連絡を入れておいた。

『お前今どこにいるんだ?話しがしたい。』

そうスマホを打ったが、会ったら何を話せばいいのだろう。


あいつ、あいつで迷っていて出した結論だ。

おそらくくつがえることは、ないだろう。


だが、一度話さないといけない。

そんな気がしていた。



スタジオに着いて、受付の人に予約状況を教えてもらったが、拓史の名前は、そこにはなかった。


俺は、昔よく使っていた別のスタジオに行ってみることにした。


グラススタジオから歩いて20分ぐらいのところにある、楽器屋の中に入っているスタジオだ。

ここは、教室などもやっていて人が多くバンドを長くしているやつらは、自然と行かなくなる場所だ。



──ウィーン


俺は楽器屋の扉を開いた。

「あれ?サウロさん?久々ですね。やっぱり練習っすか?」

店の店員が軽々しく話かけてきた。

おそらく、どこかであったバンドマンだろう。

「おぅ、うちのドラム来てないか?」


「いますよ?B-2ですね。」


「すまんな。」

そう言って俺は、その部屋へと向かった。


部屋の前に行くとガラス窓から、練習している拓史の顔が見えた。

こちらには、気づいていない。


ドア越しにドラムの音が聞こえてくる。

メリハリのあるドラムライン。

スコンと響く正確なリムショット。

ドンと重量感のあるバスドラの低音。

俺の身体が自然とリズムをとり始める。

やっぱ、うめぇなこいつ。


───ガチャコッ


「あ、サウロさん。おつかれさまです。」

いつものように挨拶をする拓史は、とくに変わった様子は、なかった。


「あっ、すんません。スマホ見てなかったです。もう練習終わるんで、」

そう言って、拓史は片付けを始めた。


「外で待ってるわ。」

俺は、室内の誰もいない喫煙所まで出てタバコに火を着けた。

ここの喫煙所は、人通りが多いからか広く、10畳ほどある。

曇りガラスで外は見えなく、かなり静かな場所だ。


2本ほど吸い終わると、拓史が荷物をもって喫煙所に入ってきた。


「おまたせしました。サウロさん…俺も1本もらっていいっすか?」


「おぅ。めずらしいな。」

そう言って俺は、タバコを1本差し出した。


拓史は、自分のジッポで火を着けた。

──カチン

「このジッポ、佐山さんからもらった物なんです。俺も佐山さんも、もうタバコ吸わないのに…。」


「そうか…。」

俺は、もう1本タバコに火をつけた。


「サウロさんのことは、もちろん尊敬してます。蓮弥のこともいろいろありますが、あの糸ノ瀬?さんを勝手に入れたことが俺には納得できなかったです。」

俺は、バンドメンバーをなんだと思っていたのだろう。

ただの人数合わせか?そうじゃない。

もう少し話しをしていれば。

もう少し気にかけていれば。

こいつらは、ついてきてくれるのだろうと、自分を過信しすぎていた。

なんてもうあとの祭りの話しだが。


「意思は固いか。」


「はい。」


「すまなかった。」


「いえ、本当に感謝しています。サウロさん、佐山さん二人に出会えたおかげで俺は、音楽を続けていると思うんで。」


「おう。」


「今までありがとうございました。」

そう言って拓史は、タバコを消して駅の方へと歩いて行った。


後輩にあそこまで言わせて俺は、何も言えなかった。

佐山なら、なんて言ったかな。

また、バンドしてればどこかで会うだろう。

死ぬわけじゃない。

そんなことを考えながら、溢れてくる涙をグっとこらえた。

自分の不甲斐ふがいなさを反省して人は成長していくのだろう。

成長の痛みってのは、大人になっても効くもんだな。


「泣いているのか?サウロ。」

ひめの声だった。


「なんでここにいるんだよ。」

俺は、上を向いて顔を見せないように、ごまかした。


蓮弥れんやに聞いて、探してた。あーしにも連絡しろし!」

カチッ

ライターの音がする。

「ふぅー。まぁ何も言うな。今は、一緒にいてやるよ。」

姫は、俺の涙が引くまで何も言わず一緒にいてくれた。

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