廃嫡殿下の男寵
翌朝、早餐が終わると寧は正鵠に呼び出された。正鵠は言った。
〈蘭児のことだが〉
少し考え、指文字では伝えるのが難しいと感じたのか、砂版にさらさらと字を書いた。
〈あれは私の男寵にした〉
寧は砂版を食い入るように見つめた。まさに青天の霹靂だった。男寵の意味はわかる。しかし、蘭児は男と偽っているだけの女である。しかも「男寵にしたい」ではなく「した」とある。すでに終わったことである。昨夜の宿直は蘭児だった。つまり、蘭児は……。
寧は愕然とした。嘘だと思いたかった。何がどうしてそんなことになったのかまったく理解できない。
考えることすら恐れ多いことだが、主が蘭児に伽を強要したとは思えない。何かの拍子にその気になったとしても迫ることすら難しいはずだ。あの強健な李子鳴を拒み通した蘭児なら、容易く逃げることができる。
「……そう、ですか」
考えたくないが、これは合意があったとみるべきだろう。あれは了解の上で殿下と結ばれたのだと。
〈今後は毎晩宿直させるように〉
正鵠は寧の反応を訝しんだのか、念を押すように書いた。蘭児を常に寝所の隣に置けと言っている。
「わかりました」
寧の声は沈んだ。自身も受ける衝撃の強さに驚いていた。
目の前の主も主だと思うと恨めしい。円華宮の主人である正鵠が女を所望するなら、現在ここの唯一の女である蘭児が上納されるのは当然のことだ。そういう通達があれば、寧にも覚悟ができたのに事前の相談はなかった。自分の知らないところで殿下に蘭児をとられてしまった、蘭児に殿下をとられてしまったという複雑な思いがこみ上げてくる。
「ですが殿下、蘭児は宮の外へ出すのではなかったのですか。先日は李公子をお呼び出しされました。私はてっきり彼に返すものと」
つい詰るようなことを言ってしまう。正鵠は書いた。
〈宮を出て子鳴の妻になるよう言った。子鳴も承知している。蘭児が拒んだ〉
「そうですか。本当に……愚かな弟です」
寧は嘆息した。李子鳴との結婚を拒んで宮を出なかったのはまだわかる。なぜあいつはよりにもよって殿下と一線を越えたのか。胸がもやもやして仕方がない。
〈どうした、顔色が悪いぞ〉
正鵠が寧の表情を伺いながら指文字で言った。
「あ、いえ。仰せの通りにいたします」
主に心を見透かされたような気がして、寧はドキリとした。
寧は蘭児をひと気のないところに連れ出した。
「殿下がお前を男寵とされた。これからは毎晩宿直してお仕えするように」
と言うと蘭児はきょとんとした。が、意味を理解すると顔はみるみるうちに真っ赤になった。
やはりかと思うと、寧は説明しがたい焦燥と怒りに襲われた。
蘭児は蘭児でまさか昨日の今日で寧に知られるとは思わず、驚愕と羞恥で気が遠くなりそうだった。穴があったら入りたい。そのまま生き埋めになりたい気分だ。
早餐の際に見た正鵠は、いつもと変わらなかった。蘭児に対しても同じで、昨夜の交情の片鱗は一切感じさせず淡々と食事をした。蘭児もわかっていた。昨夜のことは、一度限りの美しい思い出として大切に胸に仕舞っておくつもりだった。
それがまさか男寵、男の愛人として公認されるなんて……。自分が犯した罪を思い出せば、これはもう死で贖うほかないような気もする。
蘭児は恐る恐る言った。
「あの……私を斬らないの? 殿下に無礼を働いたのに」
「無礼? まさか殿下を襲ったのか?」
「そうじゃないけど……」
それに近い。蘭児は冷や汗をかきながら目を逸らした。
主に聞けない以上、寧は蘭児を詰問するしかない。
「俺には解せん。どうしてこんなことになった。なぜ殿下の命に従って宮を出なかった。折角の脱出の機会を逃すなんてお前は正気か。李公子にも話はついていたんだろう?」
「……」
殿下が好きすぎて拝み倒した、とはとてもじゃないが言えない。蘭児は沈黙するのみだ。
寧は語気を強めた。
「ここから出られたんだぞ。李公子の妻になれば丁からも解放されただろう。悪い話じゃない。確かに李公子はアレすぎるアレだ。結婚は嫌かもしれんが、兵士たちに囲まれて幽閉されるわけじゃない。ここよりはましだ。お前は金持ちの妻になって安楽に暮らせたんだ」
寧はため息をついた。
「なぜお前はわざわざ困難な道を選ぶ」
蘭児は仕方なく答えた。
「困難な道とは思ってない。殿下とはその、そういうことになったけど……男寵になりたかったわけじゃない。殿下が出て行けとおっしゃるなら従うけど、そうじゃないならここにいたい」
「殿下は斬られるとわかっていて従僕を追放したりはしない。……お前もわかっていて言っているだろ」
蘭児は俯いた。今は何を言っても寧は怒るだろうし、自分が殿下の優しさにつけ込んでいるのも事実だ。
「馬鹿だ。ここに残って、みすみす女の幸福を捨てるなんてお前は本当に馬鹿だ」
「ごめんなさい」
蘭児は謝った。意志を変えるつもりはないが、寧が心配してくれることはありがたかった。
同時に彼女は疑問に思った。なぜ殿下も寧も、李子鳴の妻になることが、自分の幸福になると信じているのだろう。李子鳴もそうだ。妻にするとさえ言えば、女はなびくし満足すると思っている。女の幸福とは結婚して子を産む以外にないとされているからか。本当にそうなのだろうか。
蘭児は貞女でいたかった。正鵠のことが本当に好きだった。彼以外の男とはどうにもなりたくない。しかし、皇太子の妻になりたいわけではなかった。そんなことは不可能だし、そうなる自分もまったく想像がつかない。殿下の傍にいたい。これからも密かに愛していたい。彼のために働きたい。それではだめなのだろうか。
寧は一応にも釘を刺した。
「おそらく殿下はお前を守るために男寵とされたのだろう。そういうお方だ。だからといって調子に乗るなよ。お前の身分は変わらないし、何の権限もない。寵愛を笠に着て、横暴な振る舞いをしたら許さんからな」
「……しません」
蘭児は蚊が鳴くような声で答えた。
三日ほどして李子鳴がやってきた。先日の正鵠との対談以降、まったく音沙汰がなく、とうとう焦れて円華宮に繰り出してきたのである。
蘭児は子鳴に会いたくなかったが、彼の目的が自分であることはわかっている。みなに迷惑をかけたくないので、仕方なく御膳房の外で会った。料理人たちが戸口から顔を覗かせて、こちらの様子を伺っている。子鳴が睨みつけると引っ込んだ。
屋外ではあるが、一応にも二人きりになると子鳴は言った。
「お前はいつまで待たせるんだ。早く戻ってこい」
相変わらずの傲岸な口ぶりだが、高圧的ではない。どちらかというと懇願に近かった。
「戻らないよ。帰って」
蘭児は取り付く島もない。
「言っとくがな。先日来たときに、あいつと話はついているんだぞ。あいつはお前をかえ」
……返すとは言ってない。考えると言っただけだ。子鳴は悔しそうに舌打ちした。対談はやはり正鵠の意趣返しで、玩弄されただけかと思うと腹が立った。
蘭児はとにかく諦めて欲しかった。何もないし起ころうはずもないが、子鳴と会っていることを正鵠に知られたくなかった。隙のあるふしだらな女と思われたくない。
「もう諦めて。私は殿下の男寵になったんだから」
「男寵? どういうことだ」
「そのまんまだよ。殿下にすべてを投げ打ったの」
身体も心も、命だって投げ打っている。今思えば御膳番になった時からそうだ。
「私は殿下に操を捧げた。あんたが求めるような清らかな女じゃない」
蘭児は、子鳴は怒るだろうと思った。それでよかった。せいぜい怒って怒鳴って売女呼ばわりすればいい。もうこれに価値はないと早く愛想をつかして欲しかった。
子鳴は顔色一つ変えなかった。平然と言った。
「だからなんだ。お前が未通でなくとも構わん」
「えっ」
「あいつと寝たってことだろう? あいつがお前の最初の男になったのは腹立たしいが、貞操云々はどうでもいい。俺は女を何百と知っているのに、嫁入り前のお前に俺以外の男を知るなというのもおかしいしな」
「……」
蘭児は唖然とした。よくわからない男である。独占欲の塊のように見えて、意外と度量が広い。
「そこはいいんだ」
妙な感心を覚えながら呟くと、子鳴はフンと鼻を鳴らした。
「それに知らなかったとはいえ、お前を預けた時に愛玩してもいいと言ってしまったしな。失言だったが仕方ない。あいつがお前を女と知れば、手をつけるのは当然だ」
「殿下はあんたとは違う。一緒にしないで」
「同じだ。男なんだからな。据え膳を食わないやつがどこにいる」
蘭児はうんざりした。これ以上、殿下への中傷じみたことは聞きたくない。
「とにかく私はここを離れない。殿下には恩義があるし、殿下にお仕えしたい」
「男寵にしてくれたからか? 馬鹿かお前は。男寵だろうが男妾だろうが、そんなものはただの愛人だ。何の法的権利も拘束力もない。捨てられたら終わりだろうが。いいからあいつと別れて俺のところに来い。きちんと婚儀を挙げて正妻にしてやる」
「嫌だよ。正妻だろうが式を挙げようが、あんたとは結婚しない」
「俺の母も了承済みだ。お前を李家の嫁にする話はついている。商売命でやかましい人だがうまくやってくれ」
「はい?」
子鳴はそこで悩ましそうに腕を組んだ。
「正直に言えば、お前には家で俺の世話だけをして欲しいが、働きたいというなら止めはせん。商家の仕事を覚えればいい。だが店頭に出すのは心配だ。絶対にお前目当てで変な客が来る」
「……あの、人の話聞いてる?」
もはや突っ込むのにも疲れる。知らない間に李家の嫁になることが決まっていて、子鳴の母親まで了承済みと言われても意味がわからない。驚きを通り越して恐怖である。
「怖いし気持ち悪いから、本当にやめて」
「なんとでも言え。他のやつに言われたらしばき倒すだけだが、お前は何を言ってもいい。むしろ、なんというか、俺を罵るお前はとても生き生きしていて……いい」
「……」
一体どうすればいいのか。馬鹿につける薬はないとはこのことか。
子鳴は声を顰め、気恥ずかしそうに言った。
「その、少し気が早いかもしれんが……子供は五人は欲しい。父が五人兄弟だからだが、男子にはこだわらん。娘でもいい。お前にそっくりなかわいい娘が欲しい。お前には双子の弟妹がいるんだろう? 双子でもいい。お前はそのあたりはどう思ってるんだ」
「気が早いとか以前に、一生知りたくなかったかな……」
蘭児は話の飛躍ぶりに、もはや子鳴の介護をしているような気分になった。結婚どころか付き合ってすらいないのに、なぜ子鳴の子を産む前提になっているのかまったく理解できない。
隆善が御膳房の戸口から顔を覗かせた。子鳴を見ると呆れたように言った。
「また来てんのか。お前さんもしつこいなあ……蘭児は殿下の男寵になったんだから諦めろよ。お前さんより殿下の方が具合がいいんだよ。大体なんで男に執着してんだよ。外で暮らしてるんだから女にしとけって」
「うるせえな、俺も男相手じゃ勃たねえよ」
煽られた子鳴はうっかり本音を言ってしまった。隆善がすかさず言った。
「勃たねえならなんで男を口説いてんだよ」
子鳴は蘭児を見ながら、苦しそうに言った。
「こいつは特別なんだ。男でもなんとかなる。絶対に勃つ」
いい加減にして欲しいと蘭児は思った。あまりにも恥ずかしくて顔から火が出そうだった。ただでさえ李子鳴の想い者であり別れ話で揉めていると思われているのに、もう殿下の男寵になったことが広まっている。
これでは皇族の男ばかりを狙ってたぶらかす魔性の女……ではなく男だ。とんでもない淫乱ではないか。今なら羞恥だけで死ねるのではなかろうか。
男寵になってから、七日ほどが経った。
その夜、正鵠は白い湯気が立ちのぼる浴室で、浴槽の湯に全身を浸していた。湯には
蘭児は正鵠の長い髪を浴槽に外に出し、櫛を使って丁寧に洗っていた。
正鵠はこの日初めて蘭児に入浴の介助を命じた。いつものように一人で風呂に入ろうとしたら、彼女は心配そうな顔をし、離れがたい素振りを見せた。
実際、蘭児は心配だった。浴室の床は滑りやすいし、熱気でのぼせてしまうこともある。もし中で彼が倒れてしまったらと思うと気が気でない。せめて休憩所で待機させて欲しかったが、しつこいと思われて嫌われたくもない。いつも悶々としていた。
正鵠も考えた。蘭児とは一線を越えてしまい、今更裸を見られて恥ずかしいも何もない。晒してもいいかと思い、彼女を浴場に入れたのだった。
正鵠は、湯の中の痩せてしまったいびつな右足を見つめた。杖を使って歩けるようになっても、右足の膝から下の感覚は戻らず麻痺したままだ。時には太腿も麻痺する。
足を引きずって歩くせいか、右足首は内側に曲がり内反足になってしまっている。按摩を続けているが、骨が正常な位置に戻ることはないと思われた。昼間は衣服や靴で隠せても、裸になると否応なく直視せざるをえない。醜いと思った。醜い足、醜い身体だと。
蘭児は髪を洗い終えると、束ねてきれいにまとめあげた。
「殿下、お湯を足しますね」
と言うと、予備で用意してあった桶の湯を浴槽へ少しずつ入れた。
正鵠は甲斐甲斐しく働く蘭児を見た。あの夜以来、様子を注意深く伺っていたが、彼女が自分に対して失望や敬遠といった負の感情や態度を見せることはなかった。
相も変わらず献身的であるし、むしろ何かと傍にいたがっているような気さえする。……勘違いだろうか。拒絶されていないと思い込みたいだけだろうか。
正鵠は確信が持てないまま尋ねた。
〈お前は後悔していないのか〉
「何をでしょう?」
蘭児は桶を置きながら、不思議そうに尋ねた。日々の反省はあっても、円華宮へ入ってから後悔を覚えたことはない。
正鵠は顔を曇らせた。
〈私は醜い〉
欠陥を認めることは、身を切るような痛みを伴う。正鵠の心は赤い血を噴いた。この身体に葛藤していることすら、本当は知られたくない。
続けて彼は憂鬱そうに言った。
〈正常ではない〉
蘭児は驚いた。殿下が醜いなんて考えたこともなかった。外見も内面も立ち居振る舞いも醜さとは無縁の人だと思っている。
「私はそうは思いません」
蘭児は正鵠の目を見てはっきり言った。
「私には、殿下の何が正常でないのかもわかりません。殿下は、初めてお会いした時から何も変わりません。今も殿下以上に美しい人はいないと思っています」
蘭児は語気を強めた。
「その……びっくりはしましたが、男寵になれたこともありがたく思っています。形だけのことではあっても、殿下の情人になれたのですから。嬉しくありこそすれ、後悔なんてするはずがありません。お傍に残れて本当に良かったです」
言いながら蘭児は困ってしまった。抱いてもらって救われたはずなのに、一度限りの美しい思い出にするはずだったのに、いざ本人を目の前にすると愛しさは増すばかりだ。正常であろうがなかろうが、もっと彼に触れたいと思ってしまうし、触れられたいと思ってしまう。この欲深すぎる下心を知られたくはない。軽蔑されたくない。何かおかしなことを口走っても、全部風呂場の熱気のせいにしたい。
〈本当に?〉
「はい」
蘭児は断言した。正鵠は、開いた心の傷がゆるやかに閉じてゆくのを感じた。変な女だとは思うが、阿諛追従の気配はない。したところで何になる。おそらく本心からそう言っているのだろう。
再び湯の中の足を見つめた。醜い身体だが、蘭児は自分と契ったことを後悔していないと言う。傍にいたいと言う。当人が気にしないなら、もう遠慮はいらないか……。
風呂から上がると、蘭児は正鵠の髪を丹念に拭いて乾かした。湯冷めしないよう寝巻きの上に毛織の上衣を着せた。正鵠は寝所へ入った。寝台に横になり、蘭児が淹れた茶をゆっくり飲んだ。
飲み終わると、手燭へ油を注ぎたす蘭児を眺めた。
これを男寵にしたのは、男たちから守るためである。自分の愛人ということにしておけば、少なくとも宮内で手を出す者はいない。これが略取され犯されるとしたら、宮の秩序が完全に崩壊した時である。守るも何も、その頃には自分はこの世にいないだろう。
守ること以外にも思惑があった。正鵠は蘭児を純粋に傍に置いておきたかった。夜は自分以外の男が入れぬところに隔離して、いつでも愛玩できるように侍らせる。本来、女に宿直をさせるとはそういうことである。
無理強いをするつもりはないが、風呂場での反応を見る限り、伽が嫌というわけではなさそうだ。女にした甲斐があったかもしれない。
御寝の時間になった。
「おやすみくださいませ」
蘭児は挨拶をし、控えの間に下がろうとした。
正鵠は腕を伸ばし、去りかけた蘭児の手を掴んだ。蘭児は振り返った。
「殿下?」
正鵠は蘭児をじっと見つめた。
湿り気を帯びたような視線が、蘭児の肉体を透かし見るように這ってゆく。静寂の中に欲望の気配が漂う。
あからさまな誘惑に、蘭児はぞくりと肌が粟立った。彼女はこれまで自分に向けられる性的な視線を嫌悪してきた。生理的に受けつけられず、気持ち悪くて仕方なかった。けれども正鵠から向けられるそれは、まったくもって嫌ではなかった。むしろとても嬉しいような……。
喜びに惑っていると、正鵠はいったん手を離した。優雅に手招きした。
〈おいで〉
蘭児はおずおずと近づいた。正鵠は掛け布団をめくってみせた。寝台を軽く叩いた。
〈入れ〉
蘭児の唇、胸、腰のあたりを指さし、左手の親指と人差し指で輪を作ると、その中に人差し指と中指を入れた。指と指を絡め、千切るように動かした。
〈お前に無体を働きたい〉
蘭児は頬を赤らめた。……違う、これはきっと勘違いだ。自分が勝手に卑猥な想像をしているだけだ。殿下はそんな淫らなことは言っていない。
でも……と蘭児は期待してしまう。この人は優しい人だ。自分から求めても、はしたないことを言っても、きっと許してくれるのではなかろうか。
蘭児は正鵠に顔を寄せた。
「……私もです、殿下。殿下に、思いつく限りの無礼を働きたいです」
ご機嫌を伺うように頬に口づけると、途端に背中に腕が回り、抱き寄せられた。そのまま一気に閨に引きずり込まれる。正鵠は余裕で蘭児を腕のなかに収めた。身体が不自由であっても、篭絡した女を捕らえることくらいは造作もない。予想外の強い力に驚きながらも、蘭児は慌てて靴を脱ぎ、閨の外に放りだした。
抱き合って、何度も口づけを交わす。正鵠の手が蘭児の頬を撫でた。頬から首に、首から鎖骨に降りてゆく。襟を割って衣の中に滑り込んでくる。鷹揚な彼にしては、性急な動きだった。
蘭児は自ら帯をほどいて、襟元をくつろげた。己の意志で脱いだ。肌を晒した。もう好きにしてほしいと思った。どうにかなっていいし、早くどうにかされたかった。高揚する心と肌膚に、己の温かな内側に触れてほしかった。そのための身体だった。愛する男に愛玩されるために、蘭児は女に生まれてきた。
言葉も文字も声もいらなかった。ぴったりと寄り添い、親密に重なっているだけで通じるものがあった。二人の心は縺れ合い、身体は絡まり合った。蘭児は正鵠に無礼の限りを尽くし、正鵠は蘭児に好きに無体を働いた。互いを食み、心ゆくまで貪った。
廃嫡殿下の御膳番 八島清聡 @y_kiyoaki
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