第5話


 ご苦労様です、と声がかかる。

 フェルディナントは応えながら騎士館に戻ろうとして、三十分ほど前にイアン・エルスバトがそうしたのと同じように、倉庫に明かりがまだあることに気付いて、歩いて行った。

 中を見ると、フェリックスとネーリが眠っていて、吹き出してしまう。

 フェリックスが目を覚ました。フェルディナントが歩いて行く。

「ここぞとばかりに甘えていたみたいだな」

 愛竜の額を押さえて声を掛けると、眠っていたネーリも遅れて、目を覚ました。

「……フレディ……お帰りなさい」

「ただいま」

 笑いながら、彼は返す。

「こんなところで眠ったら風邪を引くぞ」

 頭を優しく撫でてやる。

 ふわ、と微笑んでネーリは側の毛布をもう一枚自分の方に引き寄せた。

「平気だよ。毛布いっぱい持って来たし、それにフェリックスが側にいてくれると温かいし」

 確かに、竜は体温が高い。触れればそれが分かる。戦場などでもこの熱は暖が取れるので実は寒い戦場の場合、重宝するのだ。

「今日はここで眠りたいんだ」

 フェルディナントは驚く。

「本気か?」

「うん……。ぼく、フレディほどじゃないけど、今日すごくフェリックスが僕に会ったこと、喜んでくれてるの伝わって来たんだ。それが嬉しくて。寂しがってくれてたのかなあって、思いもしなかった。竜は勇敢な生き物だから、寂しいなんてないと思ってたけど、……違うのかもしれないね。どんなに強い生き物でも寂しい時はきっとあるんだ……」

 少しだけ眠そうに、ゆっくりと長い睫毛をネーリは動かした。

「お前は本当に、フェリックスが少しも怖くないんだな」

「怖くないよ。どうして?」

「いや。お前が怖がってないし、フェリックスが懐いているのも知っていたんだが、今まで『竜の側で寝る』なんていうやつを、見たことが無かったから」

「……だめかな?」

 ヘリオドールの瞳が瞬く。

「いいよ。お前がそうしたいなら、俺が禁じることじゃない。他のやつなら竜を甘く見るなと叱って禁じるが、フェリックスがお前を傷つけたりしないのはもう分かってるから」

 ネーリは安心したようだ。風邪をひかないように、丁寧にもう一度自分に毛布を一枚掛け直す。

「あと、しばらくここに来れなかったから、絵の構想練りたいんだ、今日。こうやってキャンバスを見上げてると、何か浮かんでくるかもしれないから。まだ絵は描けないけど、描けるようになった一気に描きたい」

 何もまだ描かれてない広いキャンバスを寝そべりながら見上げて、ネーリはそう言った。

 フェルディナントは数秒そこに立っていたが、帽子を取り、黒い上着を脱いだ。

 どうしたのかな、と見上げているネーリの前で、ブーツも脱ぐと、彼は側にしゃがんで、同じ毛布に入って来た。寝そべる。

「フレディ?」

「……それなら俺も今日はここで寝る。嫌だとか言うなよ! 向こうの騎士館じゃ……このくらいの距離で寝てるんだから今更……、なんてことはないだろ……」

 今度はフェルディナントが内心ドキドキしながら目を閉じていると、数秒後、ぼふ、とネーリの腕がフェルディナントの身体に回って来た。爆発するように赤面して、フェルディナントが身を起こしかける。

「毛布に、フェリックスに、フレディでいつもよりあったかいくらいだね」

 ネーリは幸せそうに、フェルディナントの胸にもたれかかって目を閉じている。

「……あんまり腕を動かしたら、あぶないだろ……」

 彼は自分の腕も動かして、そっとネーリの身体を両腕で包み込んだ。

 三人で暮らしたら、毎日こんな風なんだろうか?

 寄り添い合って、二人は同じことを考えていた。 


(こんなに毎日温かくて、幸せなのかな?)


 二人が目を閉じて落ち着くと、目を開いていたフェリックスはくわぁ、と明らかに欠伸のような仕草をしてから、もう一度金色の瞳を静かに閉じたのだった。





【終】


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