そういうわけで(?)、
【花天月地 短編】の盧江戦集中連載
【異聞三国志】の呂布戦集中連載という
遊撃部隊の波状攻撃が一旦落ち着きましたのでここで満を持して
百万字艦隊再出撃!! ということで
【花天月地】第113話【天秤を戻す】を更新しておきます。
朱然君がこの辺りからいよいよ出て来る感じが私的に第二部感を感じられてなんかくすぐったい感じであります🤗(隠れ第一部にはほぼ出て来なかった)
何回か語っているのでお分かりいただけると思いますが、朱然は史実では孫権、陸遜とほぼ同年。(孫権と朱然が同い年。陸遜が一つ下。※【花天月地】ではこれとは異なる年齢)です。
孫権の同い年の友達ってやつで、ウマも非常に合って、主従関係には当たりますが友情がある感じであります。
私が思うに孫権は潜在的に陸遜とウマが合わないため(※しかしこのウマが合わないのは100%孫権のせい。陸遜は完全なる呉の忠臣だし、出自が複雑なのでそもそももっと気兼ねなくダチになろうぜ✨みたいなことが出来る立場ではない。それ考えるとこんなにも本来ウマが合わないのに約四十年孫権の側近としてしっかりと勤め上げて重鎮となった陸遜のコミュ力の高さは神の域に達していると私は思っている)
一方朱然は養子ですが、養父の朱治(朱君理(名前がとても素敵✨))は堅パパの代から孫家三代に仕えた重鎮。
いわゆる生粋の孫家っ子(?)なのですね!
呂蒙亡き後の流れで台頭して来る呉軍の若い双頭が【陸遜】と【朱然】になります。
ほぼ同い年!
片や孫権の親友!
片や孫権の参謀!
孫権的には気兼ねなく飲みたい時朱然を呼び
軍の話をしたい時に陸遜を呼ぶ感じでしょうか
完全に使い分けてる感じです!
孫権の公私の
【公】の方が陸遜!
【私】の方が朱然!
という感じであります!
しかし孫権的には使い分けていますが、
ひとたび戦場に出れば、この二人、どっちも生粋の武官。
要するに持ち場が同じなんですね。
陸遜は神域のコミュ力の能力者なのでどんな相手とも上手くお付き合いできるタイプですが、
朱然君的には自分こそ孫権様の一番の力になりたい!
陸遜よりも使える男でありたい!
というか何なら少しでもミスして孫権様に迷惑かけたら許さんぞ陸遜!! という感じで常に嫁がミスしないか見張ってる若干小うるさい姑のようなとこがある、孫呉という枠組みの中では同じ一族だし、
呉軍としては一つ屋根の下で暮らしている仲間なのですが、
若干陸遜の行動について五月蠅く注文つけて来る傾向がある微妙な関係にしようと思っています。
というか史実でも多分そんな空気を感じます。
陸遜は何とも思っておらず孫呉を共に守る仲間であり、偉大な重鎮の息子としても朱然にきちんと礼儀は尽くしていていたと思いますが、
なんとなく朱然君からは陸遜に話しかけられても「プン!」みたいな空気が漂うので、陸遜が呉に戻った後はそういうことがあまりにも目についたら甘寧兄貴あたりに「おう 今陸遜が挨拶しただろ。挨拶返せやコラ😊💢」と不良丸出しでこめかみグリグリさせてやろうとは思っています🌸
とにかく朱然君はさすが孫権のいぬ……じゃなかった腹心ですので、なんとなく陸遜に対してきつめの圧で来る方です
そういう、なんとなく陸遜に対して素直に受け取れないウマが合わない感じはもうこの辺りからちゃんと出していきたいと思っています。
しかし忘れないで頂きたいのが、【花天月地】のラストは私その間がどういうことになろうとも必ず二宮の変の陸遜の自死まで描く!!! と固く誓いを立てています。
陸遜は史実でも死因が二宮の変で追い詰められたゆえの(憤死)というこれ現代的には不審死以外の何者でもない死因で死んでいるのが私は許せない上に、孫権この野郎のせいで三国の中で呉が一番影が薄くなったことから、孫呉の内輪揉めである【二宮の変】で陸遜が死んだことになんぞ多分日本、いや地球上の誰もそんな疑問を持たず「ああ憤死ね最後」で済ましていることが更に私の怒りを煽って怒髪冠を衝く勢いなので、
地球上の誰も恐らく書いたことのない陸遜の最高にカッコいい自分の意志で選ぶラストシーンを私が書いたる!!!!!! プロジェクトとしてこの【花天月地】が発動していますので、ラストはとにかく二宮の変まで行きます!
何度も言いますが【二宮の変】は100%孫権のせいで起きたので、
ここで「国を守る意味」に歪みが生じます。
それまで孫権がどんなミスをしても朱然は親友として笑って許して来たと思いますが、心境的には朱然でも絶対許容できなかったのが【二宮の変】。
その彼の複雑な胸の内が二宮の変で陸遜が支持した長幼の序、孫和派に朱然の息子朱績君がいる部分に現われており、二宮の変で呉の重鎮のはずの朱然の動向が一切謎なのが絶対おかしいとはいえ、この辺りから自分は孫権の側にいるが、陸遜ならばなんとかこの事態を収められるはずだと託しているような気配も感じ、
最悪の事変である【二宮の変】で、
奇しくも、
長い間噛み合わなかった朱然と陸遜、生粋の武官にして孫呉の重鎮二人の「国を守らなければならない」という意見が一致、違う場所でなんとか混乱を収めるために国を想いながら戦っていたのではないかと私は思ったりします。
朱然がこの時もし陸遜の方に公についたら本当に国が傾くのですよ。
孫権が圧倒的に間違っているから。
天秤で言ったらもはや孫権一人が片方に残っていても「呉の君主だから」で釣り合わない問題になってしまっているのです。
孫権が君主だからと言って誰も諫めなかったら国に悪しき前例が生まれ、未来が混沌としこれもまた国が傾きます。
だから陸遜が天秤の反対に行きましたが、孫権は間違っているので孫権だけが片方に残っていたら孫権の命が下手すると危うくなります。朱然はこれを防ぐためにあえて孫権のいる天秤の方に、体だけは置いていて、陸遜が何とか揺れを収めてくれるのを待っていたのではないかと。
陸遜ならば例え揺れを抑えても孫権の命や立場が危うくなるようなことはしないはずだという、信頼感があったのかもしれません。
そんな中、敢えて間違った天秤に残り呉が転覆するのを防いでいた朱然君ですが、
孫権があまりにも意固地になり、陸遜を敵視して権限も取り上げ、要するに天秤自体から陸遜を叩き落とそうとしたわけです。
陸遜は孫権がそこから落ちろと言えば落ちる人ですが、自分が落ちたら天秤がバーン!!! って一気に孫権に傾き、悪しき前例が生まれ国が傾いていくだけなので、孫権と自分の主従関係の問題ではないということが分かった。
だから彼は天秤から身を投げましたが、【国を想う魂】だけは天秤に残して、天秤の傾きを押さえたわけですね……。
丞相が自殺したらとにかく大事すぎるので、一旦どうするかを話し合わなければならなくなりますから。
この時、孫権の反応がどうだったかはまだ私もイメージ固まっていませんが……(しかし陸抗君にまで詰問をその後していることから、悼む気持ちは全くなさそうである)この時の朱然君の気持ちはどうでしょう。
自分は孫権に友人として遇してもらったからこそ、国の大事において動かず、陸遜を矢面に立たせて何とかしてほしいと願ったわけですが、
陸遜は確かに、何とかはしました。
しかし命を懸けてです。
どこかウマが合わずいけ好かないと思っていた同僚が、
国も孫権も守り死んでしまった。
自分は何もしなかったわけです。
必死に孫権に嘆願すれば、もしかしたら何か変わったかもしれないのに。
こういう時に何も言えない友情など、結局本当に強い友情でも何でもないんですよね。
自分は何もしなかった朱然君と、国の為に出来ることは全部やって死んだ陸遜。
私はこの描写の対比を必ず【二宮の変】で描きたいと思っているので、
朱然が陸遜の消極性を非難したり、自分の方がいつだって国と孫権の為に命を投げ出す覚悟は出来てる!!! みたいな勇敢さを誇示するような所はコツコツ書いていきたいと思います。
ここを踏まえていると、
【夷陵の戦い】とかでもきっとこの二人の何らかの激しいやり取りが生まれそうだし、
その前の【樊城の戦い】でもきっと色々思いつきそうです。
朱然が陸遜に対して一番敬慕の念を抱いたのは陸遜が死んだという報せを受けた時ではないでしょうかね……全てのわだかまりを解いて、「この世で一番尊敬する友」だと思ったりする描写あると海外ドラマ的には私が号泣するパターンですので、そういう意味で朱然君の描き方は追々、そしてラストまで永続的にかなり意味があります。
ので、何となくこのあたりから朱然君という存在をコツコツ書いていきたいと思っています😊
時に腹立つ朱家の男 朱然君をよろしく!✨
ちなみに、江陵に赴任した呂蒙さんが後任に任じようとしていたのは陸遜ではなく、実は朱然君だったといわれています。朱然君も勿論かなりの立場を負っていましたが、関羽討伐において呂蒙と共に直接的に功があった陸遜が事実上江陵軍の全権を担うことになるのですが……。
私これも、前に言った通り陸遜かなり急の抜擢であり呂蒙の思い付きのように補佐に入っているので、呂蒙が恐らく陸遜よりは軍の中央に位置していた(陸遜はどちらかというと周辺域の山賊討伐で転戦をこなしていたため、主戦場勤務ではない)朱然を推すのは当然だとも思いますけれど、この時に呂蒙が推薦したなら普通朱然になると思うんですよ。この時にそもそも「なんで呂蒙殿の後任が陸遜なんだ」という声があんまり上がらなかったのかが少し不思議な感じがして、なんというか少しでもそういう声が強いなと思ったら陸遜そういうの敏感に感じ取って辞退すると思うんだけど、してないということはむしろ陸遜が引き受けるほど軍部の方というか現場の声として陸遜を支持する意志が強かったのではないかと思ったりする。
とにかく陸遜二十歳くらいに出仕すると瞬く間に戦場に出て以後ずっと軍役についてますからね。前も言ったけどとにかく現場の人なんですよ。人がめんどくさがるような細かい仕事でもちゃんと引き受ける人生なので、相当軍の中では陸遜のことを知っていて、色んな場所に転戦していることから、知り合いとかも多かったのではないかと思う。
朱然は恐らく朱治の息子だし孫権とも親しいことから、そんな僻地に赴任しているようなイメージないんですよね。結構若い時から重要な戦場などを任されて来ていそう。勿論養父がしっかりした孫呉の重鎮ですし、非常に君理さんしっかりした方なので、朱然君もそんな甘やかされた放蕩息子みたいな感じでは無く、この人自体しっかりした武人だったとは思いますが、赴任地に関してはかなり孫権からの恩恵があったのでは。
要するに日本で言うと最初から東京警視庁勤務みたいなエリートな感じです
陸遜は東京以外なら全ての県で勤務したことありますみたいな人手が足りひん言われたらすぐ助っ人に行ってくれそうな感じがある
高官だとそういう扱い出来ないじゃないですか。
一つの場所に留まると、当然出世していくと思うんですよ。
陸遜はやたら移動していたためにどこか一カ所で高い地位を極めるということがなかったのでは。
ある程度平定すると、次の場所頼むって言われて、普通の人はそういうコロコロ赴任地変わるの嫌なはずですが陸遜は何と言っても孫策と戦った家の方ですから何でもやります!!😊💦ってところを見せないと絶対信じてもらえなかったと思うのですよ。
だから何でも引き受けちゃってそうなとこがある。
しかしそういうのを繰り返してるとやはり人脈が出来て来る。
「あの陸遜ってのは色んな場所任されてるがいい仕事してるみたいだな」みたいなのは軍内で絶対出て来ると思うのです。偉ぶってないしよく働くし地位にしがみつかないしで、上からも下からも評価されてそう。
そうなんですよ。地位にしがみつくと元々いた上官とぶつかるじゃないですか。
陸遜は赴任して来てもそこに居座ろうとはしないから、だからぶつからなかったんじゃないかなあ。
朱然は東京警視庁内では有名な高官の息子! さすがである! などと目を掛けられていたかもしれませんが、
陸遜は言うなれば全国を回って軍務をこなした感じなので、そら軍全体から見ると樊城の戦い時点で軍としての信頼感でいうと陸遜の方が広く深く得ていたのではないかなと思うのです。
朱然も呂蒙の後任につきたかったと思いますが、
ここで陸遜の胸倉掴んでひと騒動起こしていない感じからすると、彼自身呉軍の多くの人間と陸遜の広く深い信頼関係を感じて引き下がるしかなかったのではと思ったりもする。
ある程度の人が「朱然殿の方がいいのではないか」と言ったらそうなった気がするんだよね。
つまりそれほどそう言う人がいなかったんだと思う。
この辺りの呉軍のよし!! このまま陸将軍で行こうか!!! ✨✨感私非常に好きなんですよね
私が思うに【夷陵の戦い】でガタガタ文句言ってたの現代で言うと東京警視庁からの増援部隊みたいな連中やろ……多分元々の江陵軍とか各地から増援として江陵軍に回された人たちは陸遜を知ってたり一緒に戦ってきた仲間だから一丸となって戦ってたんだよ多分……。
じゃなきゃそんなみんな陸遜が総指揮取ることに懐疑的だったら絶対一気に総崩れになってるよな
絶対陸遜を信じて戦っていた人も一定数いたと思うわ
朱然君も個人的には【夷陵の戦い】では必死に戦ってくれた方の人だとは思うな
一緒に呂蒙さんと戦ったからね。陸遜とは。
多分その時に若干陸遜の人となりは感じ取った部分はあるのだと思う。
それにとにかく劉備軍を止めて江陵を守り切らなければならないことだけは共通の思いだもんね。
こういうのを考えておくと、【樊城の戦い】で呂蒙と陸遜の様子とかを朱然君がしっかり見ている描写が必要なことが見えて来るんですよね。
そういうのを見ていると、
【夷陵の戦い】で、呂蒙の死を見届けた陸遜がいい加減な戦いをするはずがないというのは朱然は分かったはず。
むしろ朱然君から見ると防衛の意志が固まっている陸遜を理解しているので、攻め手に出ず守りに徹する陸遜の戦法が「臆病から来てるわけではない」ことは分かっただろうね。
むしろ陸遜が何かを考えて仕掛けようとしているのを誰よりも感じていたかもしれない。
朱然というキャラを使って何よりも描きたいのは
【共に戦場に立つというのは何よりも強い共感になる】
ということかもしれないです。
普通にしているとなんか合わなくても、戦場に共に立ったらとにかく相手を信頼し、共に戦うしかなくなります。
最初機械的にそうしていても、
幾度か同じ戦場に立っていれば自ずと仲間意識は芽生えて来るものだと思いますね。
朱然と孫権の違いはそれなのです。
朱然は陸遜と同じ戦場に立ってるから、最後の最後で陸遜を信じたり理解出来る。共感がある。
孫権は陸遜と「同じ戦場に立ってる」わけではない。戦場の戦友ではないのです。
だから最後の最後でそういう同じ戦場に立つ者同士の強い共感が無い。
この三人共に孫呉の為に四十年戦ってきた人たちなのですが、
やはり孫権だけが圧倒的に「共に戦場で戦った共感」に欠けているのです。
私が大好きな作家さんがいるのですが、その方が言っていた言葉があります。
「戦時中は親が子供を生かそうとして必死に生きてくれた。そういう親の姿を子が見ている。そんな親を、どうしたら敬わず、嫌ったり攻撃したり詰ったり出来るというのか」
戦争の記憶が薄れて来た現代では、子が親に対して牙を剥くことも多くなったことについて、話している時のことなんですが、これは私もすごく理屈が分かりますね。
確かに自分がどうなろうと子供を守ろうとしてくれた親の姿を見ていたら、やっぱりその親を殴ったりやたら無意味に反抗したりは、出来なくなると思う。
孫権は陸遜と長い間一緒に仕事して来ましたが、
戦場で陸遜が命を懸けて戦ってる姿とかを実際にはそんな見てないんですよ。
朱然は見てるし、お互い知ってる。
そういうのが最後の最後で人を信じる、の命綱になってる。
「同じ戦場で戦ったことがある」
というのはそれくらい非常に固い絆になるみたいですよ。
もうそれだけでそいつを信じる、仲間だと思う全ての理由になるくらい絶対的らしい。
ほら同じ高校とか大学出たってだけで何となく嬉しいとか何となく親しみ感じることあるじゃないですか人間。
恐らくあれが不思議な共感10くらいなら
「同じ戦場で共に戦ったことがある」と聞いた時の人間の心に感じる共感指数恐らく10000000000000000000000000000くらいなんだと思います。
「同じ大学出身で同じ戦場で共に戦ったことがある」なんてなったらもはや1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000くらいの何かになるんだと思いますね😊
軍人さんの同じ戦場で戦ったことが分かった瞬間
ガシッ✨✨と握手して魂レベルで全てを承知し合う感じ非常に尊いであります
そんな軍人さんの習性を踏まえた上で
心は陸遜そんな好きじゃなくても
魂は陸遜をどんどん信頼して行くような描写を朱然君を使ってぜひ! 表現していけたらなと思っています!