本日の【水鏡荘】の最後、
月のことを書いていますが……。
短いですがもしかしたらこのテーマの中で話している【月と星を書けない人】は、悪気があってそうしているわけではなく、本当に無意識に月を見上げる意識が欠落している可能性もあります。
そういう場合、この話を読むだけで、ハッとして
描く作品の世界観が少しだけ変わり質量が増す可能性もありますので、月や星をあまり書くことを意識してない人は読んでみるだけで何か得るものがあるかもしれません。
私は昔から宇宙好きで星とか本当に見るのが好きだったので、
ごく自然と月や星を静かに見上げる習慣があったのですが、
まあ隙さえあればスマホを見とる現代人に頭ごなしに「月や星をたまには見上げろ💢」などと説教をしても仕方ありません。
しかし、電気が無かった時代に月や星が今の我々の何倍も人々に大きな意味を感じさせていたことは事実だと思います。
異世界ファンタジー。
カクヨムでも主流ですよね。
たまに本当に漠然と不思議に思うことがあります。
この人達、電気の無い世界観を書いているのに何故こんなにも月や星の明かりに頼ったり、依存したり、想ったり、救われたりする描写が少ないのだろうか? と。
こういうの考えると、
私たちは本当に「月や星を見上げない時代の人間」なんだなあと思います。
いや私はものすご月や星を見上げる人間なのでそんな同じ時代でもあんな風情を理解しない野暮な連中とどうか一緒にしてくれるなという想いでいっぱいなんですが。
ただ……別に特別な事でもなく、
当たり前のように、
夜になれば月や星を見上げて誰かや何かを想っていた時代の人たちがいるんだよ……。
月を見上げない時代の我々が、
月を見上げる時代の人たちの物語を描く時、
やはり想像力を働かせることと、技術がないと、リアルには描けないんですよね。
現代人が月や星を見上げなくても別にいいけども
仮にも電気の無い世界観にお邪魔するならちょっとくらい夜の暗さに敬意を示して登場人物に月や星を見上げさせる仕草して見せたらどうなんだいと思うことがあるのです……。
異世界ファンタジー書いてるそこのお前のことだぞ。
私は異世界ファンタジー書いてるんだから魔法の世界よ! 竹に字を書いていた三国志の世界観なんて全く興味ないわ!! なんて言ってるお前は多分一生風情のある夜の描写書けねえからな😇
我々なんて電気という力を手に入れ、
夜でも明るい世界を手に入れ、
「月って何のためにあるんだろう?」
くらいに思ってる奴さえいるんだと思うんだ。
しかしな電気が無かったら
月は人間の夜の唯一の生命線なんだよ。
そういう世界に生きてた人たちは逆に
「何故月はいつも我々を照らしてくれるんだ」
と考えていたはずだと思うよ🌙
こういうことが自然と身に付いてる人ってそういう感性一体誰に習ったのかな?
お母さん? 友達?
私はこういう「自分と違う世界を生きた人たちはこうだったんじゃないかなあ」とか考えることって大切だよっていうこと教えてくれてくれたの創作なんだよな
創作の世界はいつも私に大切なことをたくさん教えてくれる
そしてそういうたくさんの魅力的な学びがある創作物が私は好きなのだ
単に面白ければいいわけじゃ実は無い。
これはもしかしたら、違う人もいるのかもね。
ただ楽しけりゃいいんだって思う人もいると思う。
私は違うのだ。
何か読んだり見たりした時に、得るものが欲しいし、
得ることが出来る自分でいたいと思う。
私は他人に指図されるのが大嫌いな人間なので、
尊敬する人の言葉は素直に聞くのだけど、
尊敬しない奴の言葉は立場が上の人間の言葉でも全く聞かない。
「教え」とか「学び」とか、
他人に与えられるのある意味まっぴらごめんだし。
でも創作が相手だと、素直に「教え」や「学び」が出来る。
それは嫌な書き方されたら、無視すればいいから。
受け取らなくてもいいから。自由だから。
創作の中の「教え」や「学び」は果てしなく自由で、自分の感性で、ああ、この話ってすごくいいなぁ✨って思った時に、そこに語られるセリフやキャラたちの言動の中から自分がいいなって「感じた」ものを自由に選び取って頂けばいい。
自分で自由に受け取るものを決められるのが「創作」は最高なのだ。
だから私は創作の中に何か他人が得て糧になるものはあって欲しいと思うし、
自分も常にアンテナを張って、誰かが作品の中に大切に潜ませてくれた素晴らしい言葉とか物語を、見逃さない自分でいたい🌈