あたたかなマフラーを

不知火白夜

第1話

 我が家では、昔から秋頃になると祖母がマフラーやセーター、手袋といったものを編んでくれるのが定番だった。しかし、数年前に祖母が病気になりそのまま亡くなってしまうと、誰も編み物をしなくなった。母は忙しいし、姉たちはそんな趣味はないし、祖父、父、兄はそういったことには興味がないようだ。

 自分も、編み物にあまり興味はない。でも、毎年の定番がなくなったのは悲しいなと思っていたそんなある日、ふと思った。

――じゃあ、僕が自分でやればいいんじゃない?

 そう思ったが吉日、僕は、祖母の部屋にあった編み物に関する雑誌や道具を引っ張り出した。


 それから僕は、一人の時間を使って編み物に関する本を読み、祖母が残した道具や毛糸を使って見よう見まねで編み物の練習を始めた。雑誌の写真と、動画サイトで見つけた動画を見ながら、一つずつやっていく。祖母がやっているのを見たときは、とても簡単そうに見えたのに、実際やるとそうでもない。そもそも、かぎ針と棒針があって、更に棒針の持ち方にフランス式とアメリカ式があるなんてことも知らなかったし、祖母がどういう風にやっていたかなんて知らない。なんとなく、祖母は棒針をよく使っていたらしいことは覚えているが。

 色々試してみて、やりやすい方でやればいいのだけど、どっちがやりやすいのかもぴんとこなくてなかなか苦労した。編み方もガーター編みだの鎖編みだの長編みだの色々あるし、想定していたより難しい気がするけど面白い気もする。

 自分の中でやり方が安定してくると、ゆっくりながらも小さい四角形の形に編めるようになってきた。これはなんなのかと聞かれると困るが、それでも一辺が10㎝位の灰色の布ができたのだ。やるじゃないか、僕。と自分で自分を褒めたくなる。祖母に見てもらいたいような気持ちになるが、それは叶わないので折角だから同居する次姉に見せた。すると、次姉は僕が編み物をしていたことに驚いていたものの「いいじゃん!」と笑顔で褒めてくれ、続けて、こう言ったのである。

「もうちょっと色々作れるようになったらさ、誰か大事な人にあげるものでも作ってみたら? もっと楽しくなるかもよ」――と。


 大事な人、と言われて思いつくのはやはり恋人のユーワである。ノルウェーから遠く離れた日本に住む同い年の男の子で、僕とは12歳の頃から明確に恋人関係になり、それから4年遠距離恋愛を続けている。ちなみに、僕とユーワの関係性は家族のみんなは知っており、なんだかんだ受け入れてくれている。だから僕がユーワの為に何かを作っていたとして、特に何も思われないと思うのだが……少し躊躇う気持ちがあった。

 それは、上手く作れるのかというところと、ユーワがこういった手作りのものを喜んでくれるかということだ。恋人の手作りより既製品の方がいいという人はいるし、それにマフラーなどは手作りより既製品の方が綺麗に決まっている。頑張って作って送って、がっかりされることになっては嫌だ。ならば手作りは平気か確認すればいいのだけど、そもそも男なのに編み物なんて、と思われる可能性もゼロではない。……けれど、ユーワに確認する前からそんな風に恐れる必要はない。それに、きっと彼はそんな『男なのに』だなんて思う人じゃない気がする。驚いても、そんなことは言わないだろう。きっと大丈夫だ。

 それならば早い内に確認してしまおう。早速ユーワにメールでこの編み物の話をして、贈り物をしてもいいかと確認をした。ただ確認するだけなのに文を書くのも送信するのもかなり緊張したが、実際の返事は僕の不安を払拭してくれるものだった。

『編み物してんの? すごいな器用なんだな! それでオレにもくれるの? 嬉しいよ、オレで良ければいくらでも受け取るよ! 楽しみにしてる』

 パソコンに届いていたユーワからの明るく前向きな返事に、僕はついガッツポースをした。同時に、編み物に対するやる気がぐっと上がっているのを感じた。


 それから、僕は改めて毛糸を選びマフラーを編むことにした。元気で明るく、でも少々照れ屋なところもある彼に合う色はなんだろうと考えて、オレンジ色と白色の毛糸に選ぶ。派手さを控えるためメインのオレンジは少し落ち着いた色合いにして、白色はマフラーの端にラインを何本か加える感じのイメージだ。

 祖母は、いつも誰にあげるか、あげる人のことを考えながら編むと言っていた。だから祖母は、いつも家族のことを考えて編んでいたというし、中でも祖父にあげるものは相当気合いが入っていた。僕も、ユーワのことを考えながら編めば、いいものができるだろうか。

 ユーワは、僕からのプレゼントを喜んでくれるだろうか、少しでも暖かく思ってくれるだろうか。なんてことを思いながら、休日に自室でマフラーを編んだ。針を入れて、毛糸を引っかけて手前に引き出して、針を引き抜いて黙々と編む。最初は、よく分からなかった編み方も、同じことを何度も一段ずつ繰り返していけば形になるのだと分かれば、それなりにやれるような気がしてきた。思ったより、楽しい。

 オレンジの毛糸で何段も編み、途中で白い毛糸を足して編んでいく。それだけに集中していると時間もあっという間に経過するが、それでも進捗はいまいちだ。これは自分がまだ初心者であることに加え、毎日編み物だけやっているわけにも行かないからだ。

 祖母のようにもっと早く編めたらいいのに。でも、祖母だって何年もやっていたから早くできたのであって、初心者の自分には無理だ。とにかく、少しずつでもやるしかない。

 そんなことを思いながら、毎日地道に編んで行くこと約2週間。無事、オレンジに白のラインが添えられたおよそ2mの長いマフラーができた。


「で、できた……! やるじゃん僕……」


 無事完成したマフラーは、初心者にしては綺麗にできただろう。編み目も細かく揃っていて、最後の糸始末も上手くいった気がする。今僕の胸の内は、無事綺麗にできたことに対する喜びと安堵感、そしてやりきった達成感でいっぱいだった。まさか自分にこんな才能があったとは、とつい打ち震える。もちろん、祖母に比べたらまだまだだろうが、それでも上手くいったし、きっとユーワも喜んでくれるだろう。


「……祖母ちゃんが元気なうちに教わっとけばよかったなあ」


 なんとなくそんなことを口にして、マフラーを撫でる。祖母は、僕が勝手に編み物を始めたことをどう思っているだろうか。喜んでくれているといいけど。

――折角だし、また家族にも作ってあげようかな、祖母ちゃんみたいに。

 なんてことを思いながら、僕は、一旦マフラーをクローゼットにしまうと、ユーワへのメッセージカードを書くことにした。

 そうして、マフラーをユーワ宛てに送ってから一週間後、無事に届いたらしいその品を彼は相当喜んでくれたらしく、マフラー着用時の写真が添付されたメールが届いた。笑顔で首元にマフラーを巻く彼の写真を見て、作って良かったと、また何か編もうと静かにやる気を漲らせたのだった。

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