第6話

「センセイはさ、彼女とかいるの?」

 あの日以来、佐々木は急に距離を縮めてきた。制服ではなく私服で出迎える日も多々ある。そのうち雪が降りそうな季節、彼女のもこもことした服装は、見ているだけで暖かくなる。

「いや、別れてもう今はいないよ」

 理由を尋ねられるが上手く言葉にならない。気に入っていた教え子が死んで、そのショックから疎遠になっていったから?

 いや、そんな能書きなど現実には則さない。もっと単純でいて自己本位な理由だ。

 私は未来の遺言によって“よく生きねば”と感じた。それが彼女の望むところだろうと。それが先に逝った彼女にしてあげられる手向けだろうと。

 なので、恋人は妨げにはならないにせよ、不誠実な気がした。別れることが誠実だとは言わない。だが、私はそこで幸せになるのは違うと感じた、だから別れた。

「あ、センセイとは付き合えないよ。だって目の中が暗いから」

「知ってるよ。それに、暗いのもわざとだ」

「何その逆張り。JKってね、目がキラキラしてる人をまずは候補にするんだよ。だから運動部がヒエラルキー上位にくるわけ」

「昔、私には消えそうなオーラがあるっていわれたことがあるよ」

「ん、それっておかしくない? 言いたいことは分かるけど、オーラって、いいかえれば存在感のことだよね」

 なんてことのないひとことが、私の中で何かを叩き割った。ひび割れなどという生半可な表現は適さない。それは天使の翼が折れる音だった。死人には無念などない。残された人間がそう憶測したり、あるいは反対に往生だったねと言いあう。死とは二人称での偶像崇拝。だからこそ、赤の他人で何の事情も関わり合いもない三人称からの目線は、死を客観的にさせる。

 堀江未来も完全ではない。

 今更、中学三年という幼さを改めて実感した。遺書のたったワンフレーズから。福音にして呪いでもあった彼女の想い出が、十八歳のストレートさによって、十五歳という年齢への補助線となったのだ。堀江未来は死んだ。

「モデル、本当になる気があるなら、私も応援するよ」

 いま死んだのか、もう二年前から死蝋化していただけなのかはまだ分からない。だが、神格化するほどの完全性など、この世にはない。

 私は新たなる、あるいは最後の彼女からの福音に感謝し、割れて砕け散った翼の残骸と共に、自由で無制限な人生ゲームへプレイヤー復帰した。

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昨日までは師匠だったが 綾波 宗水 @Ayanami4869

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