第5話
ある日、佐々木は突如として【進路希望】を変えた。
それまで、進学の欄に丸をつけ、仮志望校には電車で通える比較的有名な大学の名前が二三、挙げられていた。学力的にも難しくはなく、あと一年もあればもう少し上も狙えるかもしれない、そんなレベルをうろうろしていた。
肝心の彼女には大学に入ってしたいことが無いので、ひとまずどの進路でも必要な英語に重点を置き、私が派遣されたのだった。
いつもは放任主義にも近い母親が、玄関をあがってすぐに、私へ進路の変更を打ち明けたのは、業務上の必要情報というよりも、何か私への不信感めいた困惑からだったように思う。
「かえでちゃん、今まで一度だってモデルの話なんか……」
母親が腑に落ちない様子ということは、娘ともろくに話せていないのだろう。はぁと返事のようなものを返し、ひとまず二階へとゆっくりのぼる。足取りが重いというより、むしろパフォーマンスだった気がしてくる。私も困りましたよという先生面。
ノックすると、普段通りの声がかえってくる。いつから決心していたのだろう。思春期の幕をもうまもなく閉じようとしている少女の最後の無茶。私はどうすればいいのか。単純だ、今日も文法を教えればいい。進路指導は私の仕事ではなく、学校の先生がすればいい。第一、いくら過酷な業界とはいえ、佐々木の容姿であればそれほど無理な志望でもないだろう。きっと周りや誰かから勧められたのが、ついに本気になっていったのだ。彼女の母だって、もっと幼い頃にはモデルさんみたいねと褒めていたかもしれない。
そういった言葉の蓄積が、彼女を動かせようとしているんだ。大人には知らない世界が彼女らにはたくさんある。もしかするとパパ活だってしているかもしれない。モデルはその延長線上に浮上した、リスクの少ない職業化とも考えられる。
「聞いたよ、モデルになるんだってね」
「お母さんびっくりしてたでしょ。先生は、なれると思う?」
「ひょっとしてもうなってるとか?」
大きな瞳を丸くして、ノートではなくこちらを見つめる。
「先生、私のこと好きなの?」
たぶん、私が今度は丸い目をしていたはずだ。思ってもみない方向からの突き上げで、まるで恋愛感情など無いのにも関わらず、すぐさまな返事ができなかった。
「それって、私が魅力的ってことだよね」
「……なんか安心したよ。てっきり今日は鬱々としたムードかと」
「ふふ、あ、答えはぐらかした。センセイのくせに」
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