後編
その夜以来、ルキウスの心は乱れるばかりだった。エリオットが他の使用人たちと談笑している姿を見るだけで胸がざわつき、自分がその視線の中にいないことに胸を焦がすようになった。
そんな自分が、ひどく滑稽で、情けない。けれども、エリオットのあの微笑みを見るたびに、次の満月の夜が待ち遠しくて仕方がない自分がいる。
やがて欠けた月が回り、再び
カーテンを少しだけ開け放ち、部屋に差し込む銀の光が、冷たい空気とともに彼の胸を静かに満たしていく。時計の音が響く中、ルキウスは自分の鼓動の速さに気づき、そっと胸に手を当てた。
彼は、扉を叩く音を心のどこかで待ち望んでいる自分に気づきながらも、その期待を振り払おうとしていた。
「馬鹿げている……」
独り言のように呟いた声は、静寂の中で虚しく響く。しかし、その瞬間、扉がそっと開かれた。
「旦那様、お待たせいたしました」
エリオットが姿を現した。彼の立ち振る舞いはいつものように丁寧で、礼儀正しかったが、その瞳には月光を受けてきらめく何かが宿っていた。
「ああ……」
ルキウスは自分の声が震えているのを感じ、思わず視線を逸らした。しかし、エリオットはそれに構うことなく、静かに扉を閉めて彼の元へ歩み寄る。
「あれだけ吸い取っても、ひと月も経つと溢れるくらい魔力が満ちるのですね。毎日わたくしに分けてくだされば、ここまでつらくなることはないでしょうに」
エリオットの声は低く、落ち着いていた。その声を聞くだけで、ルキウスは胸の奥が疼くのを感じた。
「ま、毎日など……無理だ」
弱々しい反論だった。エリオットはその言葉に微笑むと、ルキウスをベッドの端に腰かけさせ、その足元に跪く。その姿勢があまりにも自然で、ルキウスは戸惑いとともに視線を彼に向けた。
「ふふっ、旦那様の目は本当のことを語っていますよ」
そう言って、エリオットはルキウスの手をそっと取り、指先に唇を落とした。その仕草に、ルキウスは息を呑む。
「……やめろ、エリオット」
口では拒絶を告げながらも、ルキウスの体は動けなかった。彼の胸の奥では、抗いがたい熱が沸き上がり、自分が待ち望んでいた瞬間が訪れたことを理解する。
「旦那様、どうかわたくしにすべてを委ねてください」
エリオットの声は穏やかだったが、その瞳は情熱に燃えていた。そして、彼はルキウスの足元に手を伸ばし、そっと履き物を脱がせると、そのつま先に唇を落とした。
「なっ……何を……っ」
ルキウスは驚きに声を上げたが、その声が途切れる。エリオットの唇が触れるたびに、体が重くなるような、甘美な感覚が全身を駆け巡った。
「こんな小さな部分さえ、わたくしにとっては愛おしいのです」
エリオットは静かに言葉を続け、ルキウスの足元を慈しむように手で撫でる。ルキウスの体は抵抗しようとしたが、その力はすでに抜け落ちていた。
「……君は、私を弄んでいるのか?」
掠れるような声でそう尋ねたルキウスに、エリオットは穏やかな笑みを向けた。
「とんでもございません。ただ、あなたが疲れを癒し、安らいでくださることを願っているだけです」
その言葉に、ルキウスは再び息を詰める。
エリオットの手と唇が触れるたびに、彼の体はまるで熱に溶かされていくようだった。
そして、エリオットは顔を上げ、ルキウスの目を真っ直ぐに見つめた。月光に照らされた二人の視線が交わる。
その瞬間、ルキウスは自分がこの男を拒絶できないことを、改めて悟った。
「エリオット……」
その名前を呼ぶ声には、もはや戸惑いはない。ただ、静かな受け入れがそこにあった。
エリオットは微笑み、ルキウスを優しくベッドに押し倒す。
「二人きりの時はルキウス様……とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
エリオットの熱のこもった囁きに、ルキウスはただ静かに頷くことしかできなかった。
「お慕いしております、ルキウス様」
夜の静寂の中、エリオットの手と唇が触れるたびに、ルキウスの心は次第に溶けていき、自分が待ち望んでいた瞬間に満たされていくのを感じていた。
抱き締め合い、ルキウスの胸に顔を埋めたエリオットの髪の香りが、夜の静けさの中で心地よく漂う。月の光が二人を包み、時間がゆっくりと流れていくようだった。
「ルキウス様はどこもかしこも美しいですね」
エリオットは言葉をかけながら、主人のつま先をそっと包み込むように手を伸ばし、優しく撫でた。
ルキウスの顔が一瞬、驚きと戸惑いに包まれる。しかし、次第にその表情が柔らかくなり、エリオットの手のひらに身を任せるように目を閉じる。
「エリオット、それ以上は……」
ルキウスは恥ずかしそうに顔を背けたが、その声には確かな熱が宿っていた。
エリオットはそのまま体をずらして、ルキウスの足元に軽くキスをした。
「あなたが満月の夜だけだというから、じっくりと時間をかけて愛して差し上げたくなるのですよ」
その言葉がルキウスの心に深く響く。彼のつま先に軽く唇を落としたエリオットは、再び顔を上げ、少しだけ顔を寄せた。
「魔力が、溢れる……」
ルキウスが縋るように彼に手を伸ばすと、エリオットはその手を受け入れ、足元から上半身に丁寧にキスを落としていき、そして――最後に二人の唇が触れ合った。
静かに、けれども熱く。お互いの気持ちを確認するように、ゆっくりと深く唇を重ねた。エリオットの手がルキウスの背中に回り、その熱を求めるように引き寄せる。
二人の息遣いが、次第に速くなり、体が触れ合うたびに互いの温もりを感じた。
「エリオット……おかしくなりそうだ……」
「そういう時は、愛している、と言うのですよ」
エリオットが妖しい笑みを浮かべる。
「あ……愛している」
その言葉が、彼の心から自然に零れた。
エリオットはその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せると、嬉しそうに笑った。
「わたくしも、愛しております。ルキウス様のために、ずっとおそばにおりますからね」
二人の心が、完全に重なり合ったその夜、月光の下で、真紅の薔薇のように深い愛が芽生えたのだった。
―了―
゚+o。。o+゚♡゚+o。。o+゚♡゚+o。。o
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
初めて書いたBLなので至らないところもあるかと思いますが、少しでも面白いと思ったら、コメントや評価お待ちしております!
つま先に甘い薔薇の口づけを〜孤独な辺境伯は従者の誓愛に惑う〜 宮永レン @miyanagaren
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